60 戦果と今後のこと
翌朝、ジン様はユキアに跨がって城に行き、昼頃には討伐部隊員として帝都を出発したという連絡を受けた。
そして二日後の、昼前。
「お戻りになったのね!」
社で仕事中に知らせを受けたので別室に向かうと、連絡を持ってきてくれたダイタが嬉しそうに頷いた。
「はい! 旦那様は見事、四体の魔物を弓で仕留めて帰還なさいました。討伐部隊員の中にも軽傷者はいますが、重傷者や死者はおりません」
「ああ、よかった……! あ、そうだ。今回の戦果について、退魔防具についての報告もされるのよね?」
それは私のみならず、作業部屋で仕事をしている針子たちも気にしていることだ。
皆にも、いい知らせがしたいところだ。
「はい。僕も旦那様からざくっと伺っただけですが、負傷者にしてもこれまでとは比べものにならないほど少なかったそうです。皆が着用していた退魔武具も後ほど、社の方に届けるはずだ、とおっしゃっていました」
「そう、ありがとう」
一通り報告を受けたことでダイタを屋敷に帰らせて、私はヨノム導師様に会いに行った。
「失礼します、導師様。フェリスです」
「おお、ヘリスですか。そろそろ来ると思っていましたよ」
神子長の部屋で書き物をなさっていた導師様は椅子から立ち上がって、私を迎えてくれた。
以前は神子長の部屋に来る必要もなかったけれど、退魔防具を作るようになった今は諸連絡や相談のために、たびたび訪れるようにしていた。
「先ほど、ライカ家の小姓から連絡がありました」
ダイタから聞いた内容を告げると、導師様はゆっくり頷いた。
「うむ、ほぼ私たちが想定していたとおりの結果ですね」
「……ということは、退魔防具の効果が明らかになったらこれから、防具が各国に売り出されることになるのでしょうか」
「それは難しいでしょうね……何といっても、他の退魔武器と比べて退魔防具には魔力が消えるまでの制限時間があります。今の段階では、防具を輸出するのは難しいでしょう。下手すれば、運搬途中に効果が切れてしまいますからね」
「た、確かに……」
もしそうなったら、交易相手からするとただの防具を高値で買わされたことになる。武器や防具に退魔の力があるかどうかは、神官や神子が見ればすぐに分かる。
……そういうことだから、この社で作った防具を今すぐに輸出するというのは難しそうだね。却下却下。
「では、退魔防具を作れてもロウエン国内でしか使えないということですかね……」
「それはまだ、分かりません。今はまだ研究を進めている段階です。あなたが針に魔力を込めて、その針を通して退魔の力が防具に注がれるという特質ゆえに、他の武器ほど効果が長続きしないのは決定でしょうが……たとえば防具の素材を変える、保存方法を変えるなどの工夫をすれば、長続きするかもしれませんからね」
なるほど……確かに退魔武器も、専用の箱に入れて輸出入するようになっている。
この箱の外に出すと劣化具合が早まるということだから、退魔防具も同じように専用の箱を作って入れたり、そもそもの素材を変えたりといった工夫をすれば長持ちするかもしれない。
「何にしても、すぐに決められることではないんですね」
「そうですね。なんといっても針に退魔の力を込めるということ自体が新発見で、交通が麻痺する冬という季節柄もあって、この情報もまだ諸国に届いていません。……下手に諸国に情報が漏れるよりも前に、様々な研究を進めるべきですね」
「そうですよね……」
何事も、「初めて」には試行錯誤が必要だ。
今では「猛毒持ちだけど、加熱すれば食べられる」ということで知られているキノコだって、過去に何人もの人が毒の餌食になっているはずだ。
そのまま生食すれば毒だけど加熱すれば普通においしい、ということが分かるまでに、一体どれほどの年月と犠牲者が積まれたんだろう。
……何にしても、この冬が勝負どころだ。
屋敷に帰ると、遠征帰りのジン様は既に帰宅なさっていて、私は玄関のところでがっしりと抱きしめられた。
「ただいま、フェリス! いや、今の場合はおかえりかな? とにかく、会いたかった!」
「お、おかえりただいまです……びっくりしました。今日は私がお迎えされる立場になりましたね」
「ああ。……いつもフェリスにおかえりなさい、と言われているから今回は俺が言ってみることにしたけれど、これ、なんだかいいね。心が満たされる」
「ふふ、そうでしょう? あ、ジン様はもう、お風呂に入られたんですね」
抱きしめた体から石けんの匂いがしたので尋ねると、なぜかジン様は少し残念そうに頷いた。
「うん。……ダイタたちに、奥様をお迎えしたいのならまずはきれいになってください、って言われたんだ」
「そ、そうですか」
「夕餉までまだ時間があるから、フェリスもお湯を浴びればいいよ。……あ、それとも俺と一緒に入る? 仕事帰りの奥様のために、しっかり奉仕するよ?」
「もう……一人で入ります!」
冗談を言うジン様の胸を叩くと、「ごめんごめん」と謝られた。
……さすがに一緒にお風呂に入るのはまだ早いけれど、いつかご一緒して、お背中を流せたらいいな……。
マリカを連れてフェリスが浴室に向かった、その背後には。
「……。……くっ」
「旦那様……ご自分で誘っておきながら照れないでください……」
「……ごめん」
真っ赤になって柱にもたれかかる麗しの侍従兵隊長と、呆れ顔の執事の姿があった。
「なんというか……想像したら結構胸にきて……」
「……それはそれは」
ライカ家の若夫婦が混浴するのは――主に旦那側に理由があり、まだまだ道が遠そうであると感じた執事であった。
ジンのへたれー




