6 感謝の贈り物を①
ロウエン帝国からやって来た使者一行は、もう一ヶ月ほどは城に滞在するらしい……ということで私は、今後一ヶ月の自分の予定を確認した。
王城に滞在するライカ様に会おうと思ったら、神殿暮らしの私が王都に行く機会を利用しなければならない。
神殿の神官たちは外出を禁じられているわけではないけれど、さすがに馬車で移動する距離にある王都まで一人で行くことは許されなかった。
でもちょうどよく、十日後に王都の教会へ礼拝に行く機会がある。
丸一日かけて神殿を離れることになるこの日、礼拝を終えた後の数時間は自由行動が許されている。王都に家族や友人がいる神官はたいてい、この時に軽食を摂ったり家族団らんの時間を過ごしたりする。
……もちろん私は、伯爵邸に里帰りなんてしない。
そういうことで今までは自由時間は王都の公園でぼーっと時間を潰していたこの時間、贈り物を渡すだけなら何とかなるかもしれない。
ライカ様に渡すものは、昨日ベッドでごろごろしながら考えて――絹のハンカチに決めた。
ノックス王国の貿易で一番の利益を出しているのは退魔武器だけど、上質な絹も引けを取らない。ロウエン帝国では蚕の餌になる植物が育たないそうなので、絹製品を欲しがるロウエン人は多いそうだ。
ハンカチなら、男女問わず使用用途がある。絹製となると普段使いは難しいだろうけど、ぺらっとしているから邪魔にはならないはず。
市販のハンカチを贈るだけではちょっと味気ないから、隅っこに刺繍を入れるといいかもしれない。
そうして私は小遣いで真新しい白のハンカチを買って、古い裁縫道具箱を棚から下ろした。
これは数年前に結婚を期に退職した先輩神官から譲ってもらったもので、穴の空いた靴下や少し破れたシーツなどを繕う際に使っている。
裁縫はともかく刺繍は、貴族女性にとっても守護神官にとっても嗜みとされる技術だ。
でも……正直私は、そこまで手芸全般が得意ではない。むしろ下手な自覚がある。
真っ直ぐ縫うくらいなら何とかなるけれど、穴を繕うとなると縫い目がボコボコ飛び出て不格好になるし、布地が引っ張られてしまう。
刺繍をしようと思っても、最初に練った構想とは全く別の代物が完成してしまうことがしばしばある。
要するに私は不器用だから、複雑なデザインを試みなければいい……はずだ。
母は魔法のように針を操って靴下やテーブルクロスを縫っていて、ワンピースの裾に可愛い刺繍もたくさん入れてくれたというのに、私はその才能を一切受け継がなかったみたい。どうしてだろう。
とにかくハンカチに刺繍をすることにして、仕事を終えて自室に帰り消灯時間になるまでのわずかな時間を使って、頼りない明かりの下でせっせと刺繍針を動かすことにした。
自分が不器用なのは自分が一番よく分かっているから、速度よりも正確さを大切にして、王都に行く日までに完成するように計画的に刺繍を入れていった。
模様はシンプルに、青と赤の二本のラインにした。青はノックス王国の、赤はロウエン帝国の国旗の色になっている。
緩やかに伸びた二本の線が交わる……これからもノックスとロウエンが仲よくあれますように、という願いを込めたデザインだ。
そうして五日かけて完成させた刺繍入りのハンカチを目の高さに持ち上げ、ぱん、と軽く叩いて広げる。
……うん。まあ、私にしてはちゃんと刺繍できたし……これくらいなら及第点だよね?
もし気に入られなかったとしても、雑巾や顔拭きタオルにでもしてくれればいいし。
小さな糸のくずを払い、完成したハンカチを丁寧に折り畳み、ラッピング用の袋に包む。あえて派手なデザインではなく地味な生成り色の袋にしたから、ライカ様も受け取りやすくなるはずだ。
……まあ、まずはライカ様にお会いできることが一番だけれどね。
もし受け取ってくれなかったとしても、もう一度あの爽やかな微笑みが見られれば。
「ありがとうございました、助かりました」ということが伝えられたら、私としては十分すぎるくらいだ。
欲張らずに行こう。