58 道を選んだ先にあるもの②
「私はっ……たとえ立場が変わったとしても、皆の同僚としてうまくやっていきたい! 私は、自分にできることをしようと思ってこの道を選んだけれど……それで皆との距離が開いてしまうのは、辛い……!」
「……」
「私が皆と違う見た目で、生まれも違って、よそ者扱いされるのも仕方ないと分かっている。でも、私は立場は変わっても、皆との距離は変えたくない――」
「ヘリス」
「……」
「いいよ、今の啖呵。それ、皆に聞かせてやれよ」
「えっ?」
いつの間にか俯いていた顔を上げると、にっと笑ったソイルの顔が。
「皆も、不安なんだよ。これまで仲よくしていたヘリスが、遠くに行っちゃうんじゃないかって。嫉妬心もあるだろうけれど、やっぱり皆……あんたのことを気にしていたよ。がちむちの針子にいじめられていないか、泣いていないかって、休憩室で皆、喋っていたんだ。差し入れに行こうかな、でも迷惑かもしれないしな……っていうのも、今日の休憩時間に聞いたよ」
「……そ、んな……」
「だから、あんたの方からばしっと言ってやれよ。今のあんた、すっげぇ格好よかったから」
ソイルの言葉に、頬を打擲された気持ちになる。
私は……そう、道を選んだ。
それに、ジン様の時にも決めたんだ。思っていることはきちんと、声に出そうって。
またじわじわとしてきた目を思いっきり擦って、私は頷いた。
「……ありがとう、ソイル。なんだか目が覚めた気分よ」
「そりゃよかった。じゃ、明日にでも皆に――」
「ううん、今行くわ。まだ間に合うよね!」
「え? そりゃあ間に合うだろうけど……えっ、走るの!? あんた、走れたの!?」
ひっくり返ったソイルの声はもう、遥か後方から聞こえるのみ。
ここ半年くらいはお淑やかにしてきたけれど、元神官として雑用をしてきた体を舐めないでほしい。
明日筋肉痛になるのは必至だけど、その気になれば走れるし、階段を何段も飛ばして駆け下りたり高いところから飛び降りたりするのも平気だ。
私はふわふわで動きにくい靴を脱いで両手に持って、裏道を使いながら社内を走り――途中ですれ違った使用人たちには目を丸くされつつ――裏口から外に出て、すぐに表に回った。
まだ、そこに神子たちの姿がある。間に合った。
「っ……皆さん!」
やや運動不足になっていた体に鞭打って、声を張り上げた。
神子たちは何事かとあたりを見回して……そして裸足で歩いてくる私を見て、皆絶句した。
最初に私に困惑の眼差しを向けてきた女性神子も、まだいた。かくんと顎を落として、私を見てきている。
……ぼさぼさの髪によれた服、しかも裸足の女が歩いてきたら、そんな顔をしてしまうのも仕方ないだろう。
「……私! これからも皆の仲間として、頑張りたいです!」
体は限界を訴えているけれど、今、言わないと。
皆の視線を集めながら、私は続けた。
「私は自分で、この道を選びました! 私は、退魔防具を作る道を選んだことを、後悔しません! そしてこれからも、皆と同じ神子として頑張りたいです! 頑張ります! だから、どうかこれからもよろしくお願いします!」
一気に叫んでから、頭を下げた。
……あまりに疲れすぎていて、お辞儀の衝動で前につんのめりそうになったので、たたらを踏むことになってしまったけれど。
顔を上げると、神子たちはまだ、私の方を見ていた。
皆、何も言わない。
でも、だからといって視線を逸らして歩きだしたりもしない。
そうして――あの女性神子が小さく手を挙げて、「よろしくね」と言ってきた。
とても小さな声だけど、ちゃんと私の耳にも届いた。
彼女に続き、ほかの神子たちも手を振ったり、「こっちこそ」「頑張れよ」と声を掛けてくれて――安心のあまり、私はその場にへたり込んでしまった。
すぐさま、慌てた様子で数名の神子が駆けつけてきて、私の腕を引っ張って起こしてくれた。
「お、おい、大丈夫か!?」
「ちょっと、汗だくじゃない! 無理して走るからよ!」
「偉くなったと思ったのに、相変わらず世話の焼ける子だね……」
「す、すみません……」
ある人には焦ったように、ある人には叱るように、ある人には呆れたように言われる。
……その言葉が、眼差しが、手つきが、とても嬉しかった。
そんなフェリスの姿を、少し上の方から見る者の姿があった。
フェリスを見送った後、わざわざ社の二階展望台に上がって一部始終を眺めていたソイルは、ふっと笑ってぐしゃぐしゃの髪を掻いた。
「……そういうあんただから、皆あんたのことを気に懸けたくなっちまうんだよ」
まさかすぐに走り出すと思わなかったが、そんなフェリスだからこそソイルだって憎まれ口を叩きつつも面倒を見てやりたくなってしまうのだ。
「……あんたとはちょっと別のところで働くことになるけど……あんたはずっと、俺たちの仲間だよ」




