57 道を選んだ先にあるもの①
ご意見が多かったので、適合武器「針」について追記
フェリスが退魔の力を注いだ針を「武器」として使わないと効果が出ないので、針金を鎧にするなどでは無効です
針を吹き矢で飛ばすとかナックルに取り付けて殴るとかなら効果がありますが、すぐ折れます
休憩時間になり、私は作業部屋から出た。
私が針専門の神子として活動するようになって、早くも十日経過した。
針子たちの中にも最初の頃は、私のことを怪訝な目で見てきたり、「なんでノックス人が……」とぶつくさ言ったりする人もいた。私より年上の人も当然たくさんいるし、ぞんざいな言葉遣いも普通にされた。
でもめげずに、彼らと関わりを持つようにした。
ジン様にも相談して、「針子としては皆の方が先輩なのだから、先達としてしっかり尊敬して、お互いに支え合えるようになろう」というアドバイスをもらった。
確かに私は裁縫師としては最悪の成績だし、若くて未熟、おまけに異国人だ。ライカ家という名家に嫁いだだけのお嬢様が、権力と能力を振りかざして偉そうな顔をしている……と思われても仕方がない。
だからといって、私の髪を黒く染めたら万事うまくいく、というわけでもない。
だから仕方のないことは仕方のないこととして受け入れて、針子たちの気持ちを尊重させるようにした。
見事な肌着が仕上がったら丁寧にお礼を言って、次も是非ともお願いしますとお願いする。
何か指示を出すときも、絶対に敬語を使う。
彼らは職人で、私はただの針専門神子だ。
だから縫うことに関しては絶対に口を出さないで、彼らの流儀に任せるようにした。
そうすると……少しずつだけど、皆の態度も軟化していった。
最初のうちは私が声を掛けても無視していた人も、渋々ながら目を合わせて「……おう」と言ってくれるようになったし、彼が仕上げた見事な肌着を褒めるとまんざらでもなさそうに笑ってくれた。
……大変なこともあるし、困ってしまってキオウ様に対応をお願いしたりジン様に愚痴ってしまったりすることもある。
でも皆、私を見捨てずにアドバイスをして、支えてくれる。
針子たちも、職人としての誇りを大切にして仕事に臨んでくれている。
私、これからもこの職場で頑張れそう。
……そんなことを考えていると、遠くから終業の鐘が鳴る音が聞こえた。
私は今日、昼組として出勤していた。神子たちの中で、朝組の人たちは退勤する時間だ。廊下の向こうからざわめきが聞こえてきて、作業部屋から出てくる神子たちの姿が見えた。
……ここ最近は退魔武器の精度を整えたり針子たちと一緒に作業したりしていたから、彼らと会うのも久しぶりだ。
「あの、お疲れ様です」
そのうちの一人と目があったので、挨拶をした。
彼女は確か三十代半ばで、平民階級だ。家に旦那さんと子どもがいて、「子どものためにも稼がないとね」と笑っていた。
彼女は私を見て、まばたきした。
そして――すっと顔を背けると、そのまま立ち去ってしまった。
……とくん、と心臓が悲鳴を上げた。
彼女に続いて、他の神子たちも出てくる。
でも皆、私を見ると困ったように視線を逸らしたり、そっぽを向いたりして去っていってしまった。
……。
……そう、か。
皆からすると……私の存在は、おもしろくないよね。
数ヶ月前にロウエンに来たばかりの、異国人。
神子としての才能はほどほどといったところの新人だったのに、新種の才能を持っていることが判明するなり重要人物として祭り上げられた。
神子としての仕事を切り替えると決まった翌日、私はヨノム導師様に連れられて皆に挨拶をしている。その時に、「これからもよろしくお願いします」と言って、拍手で送ってもらえたけれど……。
さすがに神子たちの中で、私に対してあからさまに拒絶の姿勢を見せる人はいない。
でも、だからといって積極的に挨拶をしてくれる人もいなかった。
……じわっと目尻が熱くなってきたので、服の裾でぐいっと拭う。
悲しいし、辛いし、泣きたくなってくる。
でも……この道を選んだことは、絶対に後悔はしない。
私は、この力を皆の役に立てると決めたんだ。
だから……たとえ昔の仲間が遠くに行ってしまったとしても、悔やんだりしない。
「……あれ? あんた、ヘリスか」
水をもらいに行こうと思っていたんだけれど諦めて、作業部屋に戻ろう……と思っていた私の背中に、のんびりとした声が掛かった。
のろのろと振り返った先にいたのは、ぼさぼさの黒髪の神子。
彼と会うのも、少し久しぶりだ。
「ソイル……」
「おひさ。あんた、作業部屋はあっちだろ? なんでこんなところうろうろしてんの?」
ソイルはあっけらかんと問うけれど……その言葉が、私の胸を貫いた。
私はもう、このあたりをうろうろする立場じゃない。
私の作業する部屋は、ここではない。
……私がこの近辺にいるのは、おかしい。
ぐっと服の胸元を掴むけれど、ソイルはいつも通りの口調で続ける。
「あんた、偉くなったじゃん? 普通の退魔武器はもう作らなくなったみたいだし、僕もお役御免だよね」
「そ、んなこと……」
「……あのさ。皆、分かってるんだよ」
さっ、と音を立てて、ソイルが私の前に立った。眠そうな横顔に、夕方の日差しが掛かっている。
「あんたが真面目な女の子だってことや、すっごい勇気を出して決断して今の立ち位置にいるってことが分からない馬鹿はいないよ。……皆、分かっているけど、複雑なんだ」
「……」
「誰だって、偉くなりたい。それに……あんたと違って、僕たちはロウエンで生まれ育った。異国人でこの国に来て半年足らずのあんたが、偶然生まれ持った才能を笠に着て、まるで帝国の救世主のような顔をしている……それに嫉妬してしまうのも、仕方ない」
「っ……私は、そんなたいそうなことは……!」
「はいはい、分かってるって。今のは僕の言い方が意地悪だったね、ごめん」
ついかっとなってしまったけれどそんな私をもソイルは軽くいなして、ひらひらと手を振った。
「人間の心って、複雑だよね。あんたが活躍すれば皆助かると分かっているけど、その才能に嫉妬もしてしまう。……ロウエン帝国の人間は、祖国への誇りが強い。だから余計に、生粋のロウエン人ではないあんたに役割を食われているようで悔しくて、素っ気なく振る舞ってしまうんだ」
「……私は!」
気が付けば、声を張り上げていた。
以前、ジン様のために市の人たちを避難させようとしたあの時以来の、大声だ。
ソイルが、驚いた顔をしている。
狭い廊下に声が響いてみっともないと分かっているけれど……耐えられない。




