56 新しい働き方
適合武器が針という前代未聞の才能を擁することになった私は、社の神子たちの中でも特殊な位置に立つことになった。
階級としては、他の神子たちと大差ない。
ただし私はもう、ろくに魔力を注げない剣やら槍やらを割り振られることがなくなった。
私は、退魔武器ならぬ退魔防具を作る――というか、裁縫用の針に退魔の力を注ぐ専門の神子だ。
私の相談役として、ライナン・キオウ様が抜擢された。
彼はジン様のご友人で近衛兵団にも所属しているけれど、武具や戦術について詳しい。何よりも、ジン様でさえ「変なやつだけど、信頼はできる」と認めたお方なので、彼を助言役兼私の護衛として特別に社にも同伴できるようになった。
そして私には他の神子たちとは別に、作業場所が与えられた。といっても、そこで主に活動するのは私ではなくて、針子たちだ。
ロウエン帝都には数多くの仕立屋が軒を連ねているけれど、魔物との戦闘の際に兵士たちが着用する防具や防具の下に着るのにふさわしい肌着などを取り扱っている店は、それほど多くない。
よって、そういった頑丈な衣類を縫うことのできる針子たちを集めて、退魔武具を作ることにしたのだ。
あれから色々と研究を重ねた結果、色々なことが分かった。
まず、私が縫った衣類と針子が縫った衣類とでは前者の方が圧倒的に退魔の力が強いけれど、効果の持続性という点では後者に軍配が上がった。
ジン様のために縫った帯も、三日ほどすると急激に効果が落ちて、今では普通の帯とほとんど変わらないまでになった。ヨノム導師様曰く、退魔の力の持続性は作成者の腕前に依るのだろう、ということだった。
それを聞いて、「頑張って作ってもどうせ、フェリスが作った下手くそな衣類には負けるんだろう」と最初は不服そうな顔をしていた針子たちも俄然やる気を出したので、よかった。
ジン様も、退魔の力をなくしてもなお私の帯をとても大切にしてくれるし、私としても十分だ。
繊細なシエゾンやシルゾンではなくて、頑丈でかつ伸縮性もあり、洗濯しやすいことが求められる肌着を縫うこともあってか、集まった針子たちの中には男性もけっこういた。
まずは彼らに仕事内容を説明して、防具について詳しいキオウ様が指示を出しながら縫っていくことになった。
私は基本的に部屋の隅っこに座って、ちまちまと作業をしている。最初は私も彼らと同じように戦闘用の肌着を縫おうとしたけれど、ベテランの針子に「フェリス様はやめておけ」と言われてしまったんだ……。
それも叱る感じではなくて、まるでかわいそうなものを見るかのような眼差しで言われるものだから、逆に私の方が申し訳なくなった。
そういうことで私はごつくて大きい肌着を縫うのは早々に諦めて、ハンカチの刺繍や革紐作りなどをすることにした。
ハンカチなら鎧の下に入れられるし、下級兵士のおしゃれ道具らしい革紐は手首に巻き付けるだけで、ちょっとだけど退魔の力を得られるはずだ。
もちろん、針子たちの作業が順調に進んでいるかの確認も怠らない。武具の監修はキオウ様が、縫い方については別のベテランの針子が指導をしてくれるけれど、針へ退魔の力を注ぐのは私にしかできない。
私は作業をする針子たちのテーブルの間を歩きながら、針に込められた力が弱っていないかを確認する。
針は他の武器よりも小さいからか、魔力の持続時間も短い。魔力が落ちた針で作業をしても退魔防具にはならないので、今作業している人たちの様子をチェックしながら、定期的に魔力を注ぐようにしていた。
それにしても……まさか針に魔力を注げるなんて、思ってもいなかった。
ヨノム導師様も驚いたようだけど、「もしかすると、他にもあなたと同じ適性を持つ人がいるかもしれませんね」と言われて納得した。
確かに、これまではそもそも「退魔武器と同じ素材で針を作る」という考えがあまりなかったし、そんな高級な針で裁縫をする神官や神子はいない。
だから、気づかなかっただけで……もしかすると世の中には、私と同じ適合武器を持つ人がいるかもしれない。
そうなったら私の知名度は一気に落ちるだろうけれど、魔物に対抗できる力がより増えるのだから、大歓迎だ。
今のところ、防具に退魔の力を注ぐ方法は他にはない。
いずれ、私のように「武器にならない適合武器」を持つ神子たちが集まって、大規模な工房を作る……なんてことにもなるかもね。
できれば私も、その創始者として加わりたいな。
フェリスが「適合」するかしないか
◎ 簪・レイピアなどの刺突剣・針状の投擲武器 など
△ クナイ・ナイフやダガー・細身の槍・矢 など
× 「斬る」剣・斧・包丁・トゲトゲ棍棒 など




