52 フェリスの適合武器
適合武器、判明します。
導師様はそこで、私を見た。
穏やかな目に見つめられて居心地が悪くなったけれど、勇気を与えるようにジン様が手を握ってくれた。
「……我々が次に目を付けたのは、縫製です。この帯は、ヘリスが仕上げたとのことですね」
「はい……非常につたない出来ですが……」
「いいえ、あなたが夫君のことを想って縫ったことがよく分かります。……それはよいとして。帯には強大な退魔の力が込められていた。これを縫ったのは神子であるヘリスで、彼女は夫のことを想い丁寧に縫った……」
とんとん、とドアがノックされた。マリカが開けたそこにいたのは、護衛に囲まれて立つうちの屋敷の使用人の一人だ。
彼は下級使用人だから、自分がまさかこんな場所に来ることになるなんて、と言わんばかりの青い顔をしている。
「し、失礼いたします! ご命令を受けまして、奥様の裁縫道具箱をお持ちしました!」
「あ、それ、私の……」
「すみません、ヘリス。あなたが屋敷を発ってからだいたいの真相が判明したので、ライカ家の執事に頼んで裁縫道具箱をお借りしたのです」
思わず声を上げてしまって導師様に申し訳なさそうに言われたので、私は慌てて首を横に振った。
「い、いえ、必要なものであれば!」
「そう言ってくれると助かります」
官僚の一人が箱を受け取って、使用人には城内で飲み物でも飲んで休憩してから帰宅するように告げた。
お義母様から譲り受けた可愛らしい装飾の箱が、てんっとテーブルに載せられた。
開けてもよいかと尋ねられたので、頷く。毎日使い終わった後にマリカが中身を片づけてくれているから、お見せして恥ずかしいものではない。
箱の中はやっぱりきちんと整頓されていて、糸くずとかも入っていない。
いつも通りの裁縫道具箱……と思いきや、導師様が「ほう!」と大きな声を上げた。
「これは……やはり、予想通りでしたか」
「ど、導師様……?」
「ヘリス、あなたも見てみなさい。……ノックスの守護神官の職を経て神子になったあなたになら、『見える』はずです」
意味ありげに言われて、私は箱に視線を向けた。
私には、見える……それはきっと、退魔の力のことだ。
上級神官たちはごく自然に退魔の力が目視できたそうだけど、私は「退魔の光を見たい」というはっきりとした意志を持たないと見られない。
だから少しお腹をへこませるようにして力を入れて、目を細めたら――
「ひゃあっ!?」
「フェリス!?」
「す、すみません! め、目がチカチカして、眩しくて……」
私が絶叫を上げてのけぞったから、ジン様だけでなくてマリカや官僚たちもぎょっとしたようだ。
私が目をパチパチさせているからか、ジン様は心配そうに私の肩を抱いて背中をさすっているし、マリカも「蒸した布をもらってきます!」と急いで出ていった。
ああ……皆に申しわけなさすぎるけれど、それくらいびっくりした。
だって……裁縫道具箱の中が眩しすぎて、目が潰れるかと思ったんだ。
「……やはり見えたようですね」
ヨノム導師様は呟いて、官僚から受け取った手袋を嵌めてから私の裁縫道具箱に手を伸ばし――マリカがきちんと向きを揃えてくれている針の束を手に取った。
「光の出所は、間違いなくこれです」
「縫い針……ですか?」
確かに、導師様が針を持ち上げただけで箱の中の光は消えて、導師様の右手から閃光がほとばしって見えるようになった。
「ええ。……この針はどうやら、普通の金属製ではないようですね」
「あ、はい。そもそもこの道具箱は義母から譲ってもらったもので、針や鋏には――」
ことん、と胸の奥で何かが音を立てた。
針や鋏の材質について……お義母様は、何とおっしゃっていた?
『退魔武器用の鉄鉱石の余りから作られたものだから、たいしたものじゃないわよ』
……そう。つまりこの針は、退魔武器の刃と同じ素材でできている。
それが針の形に加工されたというだけで、退魔の力を注ぐ条件は他の武器と全く同じ。
それじゃあ。
私は、私の力は――
「ヘリスさん。現時点でほぼ確定している仮説をお告げします」
導師様は、どこか厳かに言う。
「ヘリスさんは、類い希なる力を持った神子です。その適合武器は――針。あなたは針に退魔の力を注げる、非常に珍しい神子なのです」
「……わたし、が――」
ことん、ことん、と何かが音を立てて主張している。
そう……私はずっと、適合武器が見つからなかった。
特に剣は相性が悪くて、斧もだめ。まだまともに力を注げたのは……槍と、矢。
どちらも、先端が尖っている武器だ。
私は、針と適合していた。
だから、武器の中では形状が若干針に近い槍と矢はまだましだった……ということ?
言葉を失った私に代わり、ジン様が難しい顔で導師様に尋ねた。
「……妻に神子として類い希なる力があるのでは、ということですが……針では武器になりません」
「そうです。それに、退魔武器と同じ材質でできた縫い針なんてそうそうありませんからね。ヘリスさんの本当の才能が芽生えなかったのも、仕方のないことです」
「そういうことなら、俺の帯は……あっ……」
「……はい。適合武器が針というのは、私も初めてお目に掛かりましたが……他の武器とは全く違う都合があるのです」
それは……針は本来武器ではなく、裁縫の道具であるということ。
針を武器として魔物と戦っても、勝ち目はないだろう。退魔の力はそもそもの武器の強度を高めたりする効果はないから、戦闘に持ち出してもぽっきり折れてしまう。
でも針の本来の仕事は、裁縫だ。
私が……知らないうちに退魔の力を込めていた縫い針。それで縫ったものにも、間接的に退魔の力が注がれることになる――
「だからこそ、ライカ様の帯から眩しいばかりの退魔の力を感じたのです。……退魔武器は、神子たちの想いが形になります。ヘリスさんがご夫君のことを想い、一針一針丁寧に仕上げた帯は、恐るべき退魔の力を宿した。……これをライカ様が身につけて魔物の群れの中に突っ込んでも、退魔の力がライカ様をお守りして、その体に邪悪なる者は傷一つつけることもできないでしょう」
ヨノム導師様の言葉に、ジン様も黙ってしまった。
とくん、とくん、と心臓が緊張を訴える。
ジン様の悩ましげな横顔を見て……私は、小さく手を挙げた。
「……あの。私は、これからどうするべきでしょうか」
「……それなのですが。我々としては、ヘリス様には是非とも、その力をロウエンのために役立てていただきたく――」
「おやめください!」
官僚の声を遮り、ジン様が悲痛な悲鳴を上げた。
ジン様のこんな声を聞くのは初めてで――体を震わせてしまった。
ジン様は顔を上げて、じっと正面を見ていた。
まるで、前にいる導師様や官僚たちが憎き仇であるかのように、彼らに私を渡すまいとしているかのように、灰色の瞳を燃やしている。
「フェリスは……俺の妻です。彼女は自分の意志で神子になり、ロウエンの役に立とうとしてくれました。……しかし、誰かに強制されて妻を働かせることはできません!」
「ほう……侍従兵隊長殿は若いが話の通じる男だと思っていたが、まさか祖国の未来を明るきものにしかねない案件を前に、私情に走ると?」
それまでは落ち着いた様子だったソンリン様がすっと眼差しを冷ややかなものにして、ジン様を見下ろしてきた。




