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51 フェリスが呼ばれた理由

 考えているうちに、馬車は帝城の前に到着した。

 立派な門の前では長剣を携えた兵士たちが何十人も警備に当たっていて、最初は私たちの馬車も停車を命じられた。でもマリカが私の身分を告げてジン様の書状を見せると、すぐに道を空けてくれた。


 ロウエンの帝城はノックス王城ほど威圧感はなくて、ロウエンらしく平べったい造りをしている。

 庭園に植えられた木々や東屋の背も低いからか、広々としていて明るい雰囲気があった。


 舗装された馬車道を進み、やがて複数ある玄関の一つの前で停まった。マリカ曰く、ここはいわゆる通用口みたいなもので、ジン様が待つ客間へ行くにはこの玄関を通るのが最短距離になるそうだ。


 玄関前で馬車から降りた私だけど、なんとドアをくぐった先でさらに乗り物に乗ることになった。

 しかも今回は城内を進むので馬ではなくて、籠に入った私を体格のいい男性が四人で運んでくれるという。


 ……正直ちょっと乗るのに躊躇ってしまったけれど、ロウエンではごく普通に使われる乗り物らしいし、裾の長いシエゾン姿の私では城内を走ることもできない。

 こっちの方が効率もいいのは明らかなので、遠慮しつつ籠に乗せてもらった。


 マリカは後からついてくるそうなので、私一人が入った籠はすぐに持ち上げられ、えっさほいさと帝城内を進んでいった。

 籠にはすだれが掛かっているので、私の姿は周りからは見えないし私の方からも周りの景色はよく分からないけれど、私を運んでくれる男性たちの姿が見えない方がよさそうなので、これでいい。


 階段を上がるときには私が籠の中でずるっと滑らないように気を付けてくれつつ、私は帝城二階にある客間にたどり着くことができた。


 男性たちに礼を言って、部屋に入る。

 私の顔を見ると、椅子に座っていたジン様がはっとした様子で立ち上がり、小走りに来てくれた。


「ごめん、フェリス。わざわざここまで来てくれて……それに、心配させてしまったよね」


 私の手をがっちりと掴んでジン様が辛そうに言うので、首を横に振った。


「私は大丈夫です。ジン様こそ、お変わりはないですか? お疲れではないですか?」

「昨夜は色々な人たちにもみくちゃにされたけれど、夜はしっかり寝たし食事も取った。……ああ、ごめん、君と一緒に昼餉を食べる予定だったのに……」

「帰ってから一緒に食べられるので、大丈夫ですよ。それより……」


 そこで私は、今のジン様の格好に気づいた。


 シルゾンと上着、下衣に関しては昨日お召しになっていたものと同じだけど、帯だけが違う。

 私が不器用ながらに縫った青緑色の帯ではなくて、専門の針子が作ったことが分かる丁寧な縫製の水色の帯に替わっていた。


 ……なぜ帯だけが違うのかについての理由がすぐに思い当たってしまい、胃のあたりがぐっと押さえつけられたかのように苦しくなった。


「帯……途中で解れてしまいましたか? すみません、つたない出来で……」

「帯なら問題ない。……いや、問題あると言えばあるけれど、破れたりしたわけじゃないよ」

「……」


 今のお言葉……どういう意味だろう?


 ジン様は表情を改めるとひとつ咳払いして、私を椅子に座らせた。もちろん、座るのはジン様の真横で、そうしながらもジン様は私の手を離そうとしない。


「落ち着いて聞いて、フェリス。……昨夜俺は式典の後の立食会で、君が縫ってくれた帯を見せびらかして自慢しまくった」

「え、ええ」


 それに関しては事前予告もされていたしそういうものらしいので、突っ込むのは諦めている。


「皆も褒めてくれたのだけれど……途中からなんだか妙な視線を感じるようになってね。てっきりフェリスが作ってくれた帯を強奪しようとする輩がいるのかと思って身構えたけれど、そうではなかった」

「は、はい」


 着用中の帯をかすめ取れるような凄腕の盗人はそうそういないだろうけれど、それにも突っ込まないことにした。


「俺に話しかけてきた老爺ろうやがいたんだが、彼は元神子だった。そして……彼や彼の同伴者たちが言うには、俺からとんでもなく強い退魔の力を感じたのだそうだ」

「……。……う、んん?」


 退魔……退魔?

 ジン様から、退魔の力を感じた?


「え、ええと……昨夜お持ちになっていた剣は儀典用で、退魔武器ではないですよね?」

「うん、俺もそう思ったから、勘違いじゃないかと申し出た。でも間違いなく、そこらの退魔武器とは比べものにならないほど強力な力を感じると熱弁を振るわれるし、野次馬たちも寄ってくるしで……仕方ないから老爺たちと一緒に会場を出た。俺に魔力がないのは明らかだから、ひとまず身につけているもの全てが没収されて研究施設に送られて、俺は仮眠室で休むことにした」

「……それで、帯だけ没収されたままなのですね?」


 ジン様の服装を見ながら言うと、「俺も驚いた」とジン様は難しい顔で頷いた。


「どうやら、退魔の力の出所は君が縫った帯だったようだ。……それは妻が縫ったものだと大声で自慢していたから、製作者を呼ぶようにという命令が朝に下されて、ダイタに書状を持たせたんだ。……本当にごめん、フェリス」

「いいえ、あなたが謝られることではありません」


 そう、ジン様には何の瑕疵もない。

 妻が縫った服を自慢するのはロウエンでは当たり前のことらしいから、ジン様は当たり前の行動をした結果、巻き込まれただけ。


 原因は……私の帯。

 ひいては帯の製作者である、私だ。


「帯は今朝、社の方に送られたそうだ。そこで神子長たちの検査を受けて、昼頃には城に持ってくるとのことだったんだ。だから、検査の結果が分かるまでもうちょっと待たなければならないかも……あっ」


 そこで客間のドアがノックされたので、遅れて到着していたマリカが応じてくれた。


 そうして入ってきた一行の先頭に見慣れた白髪のおじいさんがいて、体の力を少しだけ抜くことができた。


「ヨノム導師様!」

「おお、すみませんね、ヘリス。わざわざ城まで来てもらいまして」

「いいえ、構いません。……あの、私が縫った帯に問題があったようで」


 導師様は立ち上がろうとした私をやんわりと止めて、私たちの正面に座った。周りにいる人たちは、立ったままだ。

 見たところ……社で一緒に働いている同僚の神子ではないみたい。立派な装束を着ているから、城仕えの官僚あたりかもしれないな。


 そうしていると、推定官僚の一人が丁寧な仕草でお辞儀をした。


「ジン・ライカ殿におかれましては、ご機嫌麗しく。昨夜から無理を言って城内に留まっていただいたことに、お礼とお詫びを申し上げます」

「ソンリン様方のお気になさることではございません」


 ジン様もそう言って、お辞儀をした。

 私も慌ててジン様に倣うと、ソンリン様と呼ばれた男性が私を見た。


「そちらが、奥方ですね。お初にお目に掛かります、ヘリス・ライカ殿。わたくし、宮廷官僚長のビンガ・ソンリンと申します」

「お初にお目に掛かります。ジン・ライカの妻のフェリスでございます」


 私の挨拶にソンリン様は小さく頷いて、それから導師様を手で示した。


「昨夜お預かりしたライカ殿の帯について、ヨノム殿を交えて検査をした結果をお伝えしに参りました。……ヨノム殿」

「はい。……昨夜、元神子のタガンがライカ様から比類なき退魔の力を感じたということで、帯を検査しました結果……不思議なことが分かりました」

「不思議なこと……ですか」

「ええ。……我々は帯から退魔の力を感じたということで、その布や糸に特殊な効果が込められているのではないか、ということで調べたのですが……違いました」


 それは……そうだろうとは思っていた。

 だって、布は帯用にマリカが買ったもの、糸は最初から裁縫道具箱に入っていたものだ。


 お義母様も裁縫道具箱を町の市で買ったものだとおっしゃっていたから、退魔の力が込められた布や糸、なんてものがそこらにごろごろ転がっているとは思えない。


 でも……原因が布と糸ではないとしたら――

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