48 ままならないこと
もうすぐ、冬になる。
ロウエン帝国は比較的温暖な地域が多くて積雪量もたいしたことがないけれど、ノックスは違う。
ノックス国土の大半は山岳地帯で、冬になると豪雪に見舞われる地域も多くあった。私も神殿にいた頃、大雪のために流通が麻痺した地域への支援物資を詰め込む手伝いをしたことがあった。
当然、冬の間はノックスと他国間の交易も鈍る。
ノックス産の絹や鉱石が届かなくなることも痛手だけれど、何よりもロウエンにとって困るのは高品質な退魔武器がなかなか届かないだけでなく、かなり値段が高くなることだった。
「こちらに、先日ノックスから輸入した退魔武器を並べています」
そう言って私たちを案内してくれるのは、ヨノム導師様。
導師様はもう高齢なのでご自分が退魔武器作成に携わることはなく、来客者の対応や財政管理、渉外などを請け負ってらっしゃる。
数日前、ノックス王国から退魔武器が届いた。
これから冬の季節に突入するので、ノックスからまとまった数の武器が届くのは今年ではこれが最後だろう。冬の間は、まともに手に入らないと思った方がいい。
ヨノム導師様についていった先は、普段私たちが作った退魔武器を収めるのとはまた別の倉庫だった。
廊下に兵士が控えていてドアにも立派な錠前が掛かっていることから、ノックス産の退魔武器がどれほどこの国で重宝されているかが分かる。
倉庫の内部は広くて、様々な武器が並んでいた。
ノックスからの輸入品の中でも退魔武器は一旦帝城ではなくて神子の社に届けられて、私たちの手で検品する。そうして神子が作ったものとは別の枠で、帝城に輸送されることになっている。
ノックス産の退魔武器は強力でかつ貴重なので、城でも厳重に管理される。滅多なことでは持ち出せないから、皇帝陛下も退魔武器の出しどころにはとても気を遣ってらっしゃるという。
私と一緒に倉庫に来た神子の一人であるソイルが室内を見回して、ため息をついた。
「……ふう。ここに来ると嫌でも、自分の力不足を実感させられるよ」
「……」
ソイルの言いたいことは嫌というほどよく分かるので、私は何も言えなかった。
世界各国に守護神官や神子に値する者たちはいるけれど、その中でもノックスの守護神官の才能はぬきんでている。
別にソイルが特別力が劣っているわけでもないけれど、守護神官の作った退魔武器を前にするとどうしても、劣等感がにじみ出てしまうのだろう。
……私も、他の同僚のようにうまくいかなくて歯がゆい思いをしていた。けれどそれもいつしか諦念に変わって、悔しいとさえ思わなくなったな。
ヨノム導師様が、今回届いた退魔武器について説明を始めた。
武器は剣が六振りと、槍が四本。二十本で束ねた矢が十束で、その他戦斧やナイフなどの武器が届いたという。
まずは、それぞれの武器の点検だ。
私も点検作業はノックスでもやってきたけれど、今回ロウエンで行うのは初めてなので、ソイルの指導のもとで点検を始めた。
今回私たちがするのはあくまでも、「退魔武器にきちんと力が注がれているか」を確認することのみ。間違っても、既に製品として完成している武器に自分の魔力を注いではならない。
一つの武器に複数人の魔力が注がれると武器の中で魔力が喧嘩して、退魔の力が落ちたり最悪武器が砕けたりしてしまうからだ。
目を細めてお腹に力を入れるようにして集中すると、ソイルから渡された槍に込められた魔力量が見えてくる。
これは……本当に、完璧に仕上げられている。
退魔の光は眩しいくらいだし、槍の穂先にまんべんなく注がれている。
「よさそうです。魔力量も浸透具合も完璧ですね」
「うん。それじゃあこの物品票に記入して」
そう言ってソイルが渡してきたのは、この槍について記録した票だ。
そこには退魔武器製作責任者として、ノックス人女性の名前が――私が神官を辞めたときにはまだ見習いだったはずの少女の名前が、はっきりと書かれていた。
……うん、まあ、仕方ないとは分かっている。
私よりも四つも下の女の子だったけれど勤務態度はとても真面目で、才能もあった。彼女も最初はジャネット様に師事していたけれど、指導する必要がないくらい優秀だったからすぐに独立できたんだっけ。
――私と違って。
……。……いや、だめだだめだ。
私が守護神官としては非常に劣っていたのは事実だし、今の私はロウエンの神子だ。私情は挟まないようにしないと。
受け取ったペンで「点検者」の欄にサインをして……ふと、「希望輸出価格」の欄が目に入った。
ここには退魔武器を輸出する際に、ノックス側が最初に提示した値段が記される。
ロウエンの退魔武器商人はこの欄の数値をもとに、右隣の「希望輸入価格」に金額を書き入れる。そうして交渉をして最終的に、「決定価格」が確定するんだ。
この価格は……かなり、高い。
ロウエンの商人も慎重になったのか希望輸出価格よりも少し安めの金額を提示しているけれどあっさり蹴られたようで、決定価格は希望輸出価格そのままだった。
「……かなり、値段をつり上げられていますね」
私が呟くと、別の作業をしていたソイルがこっちに来て物品票を覗き込み、「ああ」と力が抜けたような声を上げた。
「確かに、今年は例年以上にぼったくられているな。……武器商人も必死なんだよ。なるべく安く仕入れたいけれど、それ以上にノックスのご機嫌を伺わないといけない。交渉が決裂した場合、痛い目に遭うのはこっちばかりだからな。……あ、ああ、ごめん。ノックスを悪く言うつもりはないんだ」
「分かっていますよ。……お互い、仕方のないことですものね」
私がノックス出身であると思い出したらしく慌てたソイルをなだめて、私は横並びになった三つの数字を眺めた。
ソイルが言うようにノックスはここ最近、退魔武器の値段をじわじわと上げていっている。
ソイルたちは「ノックスの冬は厳しいから」「ノックスにも事情があるのだろうから」と受け止めているけれど……案外そうでもないだろうと気づいたのは、最近のこと。
ノックスの冬が寒くて交通が麻痺するのは、いつものことだ。特に積雪量が増えているわけでもないし、急いで国庫を潤沢にする必要があるわけでもない。ましてや、魔物の出没が増えているわけでもない。
ではなぜかというと……簡単に言うと、「ケチりたいから」だ。
ノックスの国王陛下は愚王ではないけれど、昔から若干ケチ臭いところはある、と神殿でも噂されていた。
資金を貯めるのは悪いことじゃない。でも……ノックスは十分にある資源を、溜め込む傾向にある。
その気になれば諸国にもっと流通させることもできるだろうけれど、ノックス側に大きな利益があるわけでもないから関心を向けていない、そういうことだ。
ノックス側はこの値段で売り出す、嫌なら買うな、がまかり通ってしまう。
しかもノックスの戦い方はどちらかというと専守防衛タイプで、ロウエンの騎馬兵のような俊敏な動きを苦手とする。だから、魔物が生じる時空のひずみを積極的に叩いて潰すこともしない。
魔物の被害で苦しんでいるのはどの国も同じで、ロウエンは近隣諸国が助けを求めたときにも積極的に支援に向かうけれど、ノックスは騎士の戦闘タイプと合っていないので滅多に援軍を出さない。
仕方ないと言えば仕方ないけれど……だったらもう少し、武器の融通をするべきじゃないかとも思う。
ただこの国家間での違いも、ロウエンに来てから知った。
だからノックスの守護神官はもちろん、国民は……場合によっては上層部も、他国の現状や戦闘スタイルをうまく理解していないかもしれない。
もっとお互いの理解を深めれば、効率よく魔物を倒せそうだけど……やっぱり難しいよね。




