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46 両想い夫婦の朝

 ジン様と結婚して、二ヶ月。

 私たちはお互いの想いを告白し合って、夜は一緒に寝るようになった。


 ジン様の仕事は夜勤の時もあるので別々に休む日もあるけれど、時間が取れたら一緒に寝て、一緒に起きる。


 どうやらジン様は朝に強い方らしいのでどうしても私の方がぐずぐずしてしまうのだけど、「眠たそうなフェリスも可愛い」と、朝っぱらから甘やかしてくれる。

 ――けれどあまりにも長い時間寝台でごろごろしているとマリカたちが入ってきてしまうので、ほどほどで切り上げていた。


 朝ご飯も一緒に食べて、それぞれの仕事の仕度をする。

 出発の時には「いってきます」「いってらっしゃい」の挨拶を欠かさず、今日はいつ頃帰宅できそうかの確認も怠らない。


 仕事を終わってタイミングが合えば、晩ご飯も一緒に食べる。

 お風呂上がりには居間のマットに座ってお茶を飲んだり身を寄せ合ってお喋りをしたりして、また一緒に寝る。


 全体的な一日の流れはこれまでとあまり変わらないけれど、ジン様と一緒にいる時間が増えたし……触れている回数も多くなった。


 ロウエン帝国は、ノックス王国ほどスキンシップが盛んではない。

 ノックスでは人前でもキスやハグをしていたし、恋人同士や夫婦なら手を繋いで歩くのも当たり前だった。


 でも、ロウエンも最近は国際化が進んでいるとはいえ硬派な人も多くて、「人前で肌を触れ合わせるなんて、けしからん!」と目くじらを立てる人も少なくないそうだ。


 そういう点も考慮して私はジン様と、「どこまでのふれあいをするか」という気持ちのすり合わせを行った。


 異文化の知識や使者として他国を訪問した経験も豊富なジン様だけど、やっぱり基本的な考え方はロウエン寄りだ。

 そんなジン様だけれど、「人前だと口づけは少し恥ずかしいけれど、二人きりの時なら何でも大歓迎」とのことだった。ちなみに私はノックスで見慣れているからか、人前での軽いキスくらいまでなら全然平気だ。


 そうしてジン様は、ノックスで生まれ育った私のことを考えてスキンシップの取り方についての意見を言ってくれた。

「屋敷の中では、君の好きなように触れていいよ」ということなので……せっかくだから、たくさん甘えることにした。


 今日、私たちはそれぞれ仕事に行く。

 でも私とジン様それぞれの出勤時間がちょうどいい感じに重なったので、途中までユキアに一緒に乗り、屋敷に近い神子の社の前で私だけ降ろしてもらうことになった。


 ちなみにマリカは、私たちの後を馬車で追ってくれる。手間になってしまうので申し訳なかったけれど、「お二人が幸せそうなのでよいことです」と、マリカたちは笑ってくれた。


 ユキアの前に私、後ろにジン様が乗って、お喋りをしながらゆっくりと歩を進める。

 ユキアは元々軍馬なので本当はジン様だけを乗せて全速力で駆けたいんだろうけれど、私の我が儘を聞いて渋々ゆっくり歩いてくれた。


 そうしていると、朝靄の中で堂々と佇む社の影が見えてきた。

 ジン様と一緒にいられるのも、ひとまずここまでだ。


「ああ、もう着いちゃったか。フェリスとお喋りをしていると、時間が経つのもあっという間に感じるね」

「私もです。でも、今夜は夕食をご一緒できますよね? その時に続きのお喋りをしましょう」

「……うん、そうだね」


 ジン様は微笑むと、手綱を引いて社の門の前でユキアを停まらせた。

 門の周りには私と同じ朝組の神子たちの姿があり、立派な白馬を見て慌てて道を空けてくれた。


 先にジン様が下りて、私が下りるのに手を貸してくれる。

 以前、ユキアの背中から下りるのに失敗して足首を捻ったことがあるからか、馬に乗り降りする際は過保護なほど世話を焼かれていた。

 ……我ながら鈍くさい自覚はあるし、意地を張った結果に怪我をしたら元も子もないから、ジン様の気遣いに甘えている。


 私を下ろすとジン様はすぐにユキアの背に戻ろうとしたので、そのシルゾンの裾を軽く引っ張った。


「ジン様」

「ん? どうし――」


 振り返ったジン様の腕を引っ張って背伸びして、左耳に唇を寄せる。


 ジン様は人前での過度なふれあいは苦手らしいけれど、言葉だけなら構わないとおっしゃっていた。

 だから、屋敷のように抱きしめたりできない分、言葉で今の気持ちを伝えたい。


「送ってくださり、ありがとうございました。あなたの胸に身を預けていると、とても安心できます。今日も一日頑張ろうって思えたので、張り切ってお仕事をしてきますね」

「……。…………」

「……ジン様?」


 ジン様はしばらくの間固まっていたようだけど、数秒待つといつものようにそつのない笑みを浮かべた。


「……ああ、うん。そう言ってもらえたなら俺も嬉しいよ。可愛い奥さんに負けず、俺も格好いい侍従兵隊長として頑張るね」

「あなたはいつだって格好いい、私の自慢の旦那様ですよ」

「…………」


 あ、また黙った。


 ジン様は左手で顔を覆って十秒ほど沈黙した後、「よし」と顔を上げた。

 いつも通りの、爽やかな笑顔だけど……ちょっとだけ、耳が赤い。


「嬉しい言葉をありがとう。……それじゃあそろそろ、行くね」

「はい、いってらっしゃいませ」


 私が手を離したので、ジン様はひらりとユキアの背に戻った。そして器用に片手で手綱を操りながら私に向かって手を上げたので、私も小さく手を振った。


「……ほーん。あれがあんたの旦那だっけ?」

「わっ、ソイルですか。おはようございます、今日は外泊だったのですか?」


 後ろからぬっと顔を覗かせてきたソイルにびっくりしつつ聞くと、彼は頷いていつも以上にぼさぼさになっている髪を掻き、くあぁ、と猫のような大あくびをした。


「ん、そんなところ。昔なじみが経営する煮売にうり屋で飲んでいてね……賭けに負けたから仲間全員に奢る羽目になるし、酔いつぶれて気が付いたら酒場で寝ていたし、参った参った」

「そ、それって外泊になるのですか……?」

「社にある自室以外で寝たら、僕にとっては外泊だね。……それで? 朝っぱらから人前でいちゃいちゃして、やる気を蓄積したってところ?」

「いちゃいちゃ、というほどではないと思いますよ」


 ソイルの目に私たちがどう映っていたのかは分からないけれど、ただ少し会話をしただけだ。

 私が触れたのはジン様のシエゾンの裾部分だけだから、肌にも触れていないし。


 でもソイルは首を捻って、「そっかー?」と不思議そうに言った。


「でもあんたの旦那、顔をすっげぇ真っ赤にしてたよ。本人は隠していたようだけど、僕の位置からはよく見えたな」

「……え?」

「僕、侍従兵隊長っていかなる時でも冷静で、強敵を前にしても涼しげな微笑みを崩すことなく剣の一閃で敵を屠り、豆粒ほどの大きさの標的をも正確に射抜く勇将だって聞いていたんだけどねぇ……。噂が間違いなのか、それとも僕の聞いていた『侍従兵隊長』とあんたの旦那は別人なのか」

「ロウエン帝国に、ジン様以外の侍従兵隊長がいるのですか……?」

「いないよ、ただの言葉遊びだってば。……はー、これも異文化交流ってか。ノックスはすごいところだねぇ……」

「え、あの……待ってください!」


 なんだか色々と気になることを言われたけれど、ソイルはさっさと歩いてしまったので、私も慌てて彼の後を追ったのだった。

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