45 まずはここから
薄暗い室内で、テーブルに広げている布地をそっと手に取る。
ジン様用の、帯。
まだ布を裁って縁部分をぐるっと縫っただけのそれの表面に手を滑らせてから、私は部屋を出た。
足には包帯をぐるぐる巻きにしているけれど、左側を庇うようにゆっくり歩くくらいなら問題ない。
そうしてしばらく廊下で待っていると、小姓を連れたジン様が上がってきた。
先に自室に上がったはずの私が廊下に立っているからか、彼はぎょっとしたように私を見てきた。
「フェリス……どうかした? 立っていたら、足を痛めてしまうよ」
「……ジン様」
ネグリジェ代わりのふんわりとした部屋着の裾を躍らせて、一歩前に出る。
そしてジン様の胸元に手を伸ばして、そこを軽く掴んだ。
「お願いが、あります」
「ん? 明日じゃなくて、今聞いた方がいい内容かな?」
「はい。……これからは、私と一緒に寝てくれませんか」
「……。…………ん、んん?」
「もう一度言った方がいいですか?」
「あ、いや、大丈夫だよ。……ああ、そっか、うん、一緒に……うん、そうだよね……俺たち、両想いだし……」
ジン様はもごもごと口の中で言葉を転がして、ほんのりと赤い顔を隠すように手で覆った。
ちなみに彼の背後に控えていた小姓は訳知り顔で微笑むと、「では僕はここで」と、さっさと来た道を引き返してしまった。
彼、まだ十歳程度だったと思うけれど、すごく大人の反応ができている……。
ジン様はしばらくその場で思案にふけった後、手を下ろした。顔の赤みは、だいぶ引いている。
「……そうだよね。俺も実はずっと、君と一緒に寝たいって思っていたけれど、いきなりこんなことを言って変態扱いされたら嫌だから黙っていたんだ」
「さすがに夫を変態扱いはしないですよ」
「俺、君のことになると臆病になってしまうんだよね。……でも、君の方から言い出してくれたから正直、すごく助かった。……俺も、君と一緒に寝たいよ」
ジン様が笑顔でそう言ってくれるので、ぽっと心にランタンの火がついたかのように温かくなった。
勇気を出して、よかった……!
「ありがとうございます。あ、あの、でもできれば……その、まずは一緒に寝るだけから始められたらと……」
「あはは、分かっているよ。俺もしばらくは、君と一緒に寝るだけでいっぱいいっぱいになりそうだからね」
ジン様はおどけたように言うと、私の手を取った。
「それじゃ、今日からは一緒に寝よう。一緒に寝て、一緒に朝を迎えて、最初に君におはようって言うからね」
「……はい。私も一番にあなたに挨拶がしたいです。……あの、でもできれば、寝顔は見ないでいただければ……」
「えー……無理かも」
「ジン様!」
「努力はするけれど、うっかり見てしまったら許してね?」
ウインクを飛ばしてそう言われると……「許しません」なんて言えるはずもなくなる。
ジン様は、ずるい。
……でも、そういうところも結構好き。
ジン様に促されて、私は主寝室に足を踏み入れた。
……毎日ベッドメイクをしてくれるマリカたちには悪いけれど、これから私が自分の部屋の寝台を使うことは、ほとんどなさそうだ。
次話からストーリー後半で、前を向いて歩けるようになったフェリスが頑張っていきます。
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