41 正しかった行動
その後、私は女将さんの厚意でしばらく店内で休ませてもらい、兵士が手配してくれた馬車に乗って屋敷に帰ることになった。
とはいえ、さっきの騒動で私は目立つ色の髪を露にしたし、ジン様の妻であることも公言した。
だから好奇心旺盛な市民に突撃されないようにと、ロウエンでは珍しい幌馬車を準備してもらい、裏路地を通ってこっそりと帰宅することにした。
女将さんは「ライカ家に恩を売って損はないからね!」ということで、捻挫に効く薬や軽食なども持たせてくれた。
変に魂胆を隠そうとしないところがとても好印象で、私も後日必ず、ジン様と一緒にお礼に伺うし今度お店も利用させてもらうと約束して、店を出発した。
屋敷に着くなり、私はマリカに抱きつかれた。マリカは私たちが間違いなく騒動に巻き込まれただろうと分かっていて、やきもきしながら帰りを待ってくれていたようだ。
魔物を射抜いたジン様の話はすぐに屋敷にも届いたけれど私の知らせはないから、マリカはいっそう心配していたそうだ。
「心配させてごめんなさい、マリカ」
「いいえ、いいえ! 奥様がご無事ならそれで……ああっ! おみ足に包帯が! あああああっ!」
「お、落ち着いて! 軽い捻挫だし、親切な方に手当てしてもらってだいぶましになったから!」
私の足首の包帯に気づいて、マリカがこの世の終わりを迎えたかってほど嘆くので、なだめるのにかなりの時間を要した。
執事たちはすぐに、私の手当をしてくれた女将さんと肩を貸してくれた兵士の名前を特定して、ジン様名義でお礼をするよう手配してくれた。
そして、「旦那様は帝城で事後処理中ですので、ごゆっくりなさってください」ということで、休ませてもらうことにした。
女将さんがくれた軽食は食べたけれど、ばたばたしていたから体は疲れているしお腹も空いた。
すぐにマリカたちがお湯を沸かしてくれたので温かい湯にとっぷりと浸かって疲労軽減効果のあるクリームも体に塗ってもらった。
そうして疲れた体にも優しい汁物や甘く煮た餅で腹ごしらえをしていると、小姓がジン様の帰宅を告げた。
「お帰りなのね!」
「奥様、どうか座ってお待ちください。旦那様も、奥様には玄関までこさせないようにとおっしゃっていました!」
小姓に言われて、椅子から立ち上がろうと思っていた私は座り直した。玄関に行って出迎えるくらい平気なのに、ジン様はとても心配性みたいだ。
間もなく玄関のドアが開き、居間にジン様が飛び込んできた。
着替える間もなく帝城に参上したから普段着のシルゾンと上着姿のままで、急いでユキアを駆らせたからか風圧で髪もぼさぼさになっている。下衣にも泥汚れが付いていて、いつもの余裕たっぷりで隙のないジン様とは全く違う。
でも、手柄を立てて帰ってきたジン様は、誰よりも格好いい。
泥の染みも乱れた髪もよれた上着も、全てが愛おしい。
「ジン様……おかえりなさいませ」
「ただいま。……ああ、よかった。フェリスが怪我をしたと聞いて、死ぬかと思った……」
「大げさですよ……」
でも確かに、「フェリスが怪我をした」とだけ伝わっているのなら動揺しても仕方ないな。
私だって、「ライカ様が怪我をした」とだけ聞かされたら、心配しすぎて胃が痛くなっているはずだ。
ジン様はすぐさま私に近づこうとしたけれど、その間にすっとマリカが割って入った。
「お気持ちはとてもよく分かりますが……奥様は心身共にお疲れです。どうか、せめて着替えと入浴だけは済ませてください」
「マリカ、いいのに……」
「……いや、マリカの言うとおりだ。今の俺は埃っぽいし汗も掻いている。これで君に触れたら、君まで汚れてしまうな」
「ジン様が頑張った証しなのですから、泥も汗の臭いも気になりませんのに……」
「っ……そこは少しくらい、気にしてくれ。……湯を浴びてくる」
私は正直に言ったつもりなのに、なぜかジン様は少し瞳を揺らして動揺し、さっときびすを返した。すぐに小姓や執事たちが追いかけて、入浴の手伝いをしに行った。
……私としては今すぐに抱きしめられても全然構わないくらいだったけれど、ジン様の方が気になるんだろうな。マリカが主張した気持ちも分かるし、大人しくジン様が戻ってくるのを待とう。
ご無事であることは、確認できたんだから。
その後、いつもよりはかなり入浴時間を短縮したらしいジン様が急ぎ足で戻ってきた。
下ろしている髪はまだ湿っぽくて、タオルを抱えた小姓が「御髪を拭かせてください! お風邪を召してしまいます!」と困った様子で追いかけてきた。
椅子に座ったジン様は後ろに立った小姓に髪を拭かせながら、私を見てくる。
「フェリス……話は聞いた。君はユキアから下りる際に足を捻ったというのにも拘わらず、市民たちを退避させようと声を張り上げてくれたそうだな」
「……はい。その、少しでもジン様のお役に立ちたくて……」
ジン様の声にあまり優しい響きがなかったからつい、へっぴり腰になりながら言い訳がましくなってしまった。
でもジン様はぶんっと首を振った。小姓の手からタオルがすっぽ抜けて、「ああ!」という悲鳴が聞こえる。
「違う、俺は君を責めたいわけじゃない。……怪我をしているというのに無茶をしたことは、無謀だっただろう。だが……君の行動は称賛に値するし、君が痛みを堪えて勇気を出して皆に呼びかけたからこそ、俺は魔物を退治することができたんだ」
「えっ……それじゃあ、ジン様の役に立てましたか!?」
「ああ。最初は民衆の動きや声が邪魔になっていたけれど、途中から人混みが消えて、集中できるようになった。……その時は兵たちのおかげだと思ったが、君だったんだな。本当に……ありがとう。君は、俺の自慢の妻だ」
自慢の、妻。
ジン様から、褒めていただけた。
私の行動は間違いではなかった、私が行動したことでジン様は助かったのだと言ってもらえた。
……嬉しい。




