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39 届いた声

 よろよろしながら立ち上がったら、また横から誰かがぶつかってきた。

 でも今度の人はよろけた私の腕を掴んで、倒れないようにしてくれた。


「っと、すみません! あの、あなたはライカ様の奥方ですよね?」


 そう尋ねてきたのは、まだ若そうな兵士だ。衣装からして、一般兵だろう。


「そ、そうです。脚を、怪我していて……」

「それは大変です! さあ、しがみついてください!」

「すみません、ありがとうございます」


 ありがたく兵士の手を借りて体を起こしたけれど、周りが人だらけでなかなか進めない。

 兵士が声を張り上げて、「怪我人がいます! どいてください!」と言っても、ざわめきにかき消されて周りに届かない。


 ……分かっている。この人たちも、兵士たちの邪魔をしたくて集まったわけじゃないってことくらい、分かっている。

 きっと、魔物がどうなったのか確認したくて、子どもが無事なのか知りたくて、表に出てきたんだろう。


 でも……それでジン様たちが動けなくなったら、どうするの?

 魔物を逃がしてしまったら、子どもが死んだら、どうするの!?


『静かな場所だといいけれど、うるさい場所だと集中するのにも時間が必要になるんだよね』


 いつぞやジン様が、語っていた。正確に標的を射るためには、集中しなければならないって。

 うるさい場所だと気が散ってしまうって――


 ジン様。

 私はジン様の武運を、お祈りしている。


 そして……あなたの妻として、あなたのためにできることをしたい!


「くそっ、とんでもない人だかりだな……申し訳ありません、奥様。すぐに道を……あっ」


 兵士の声が、途切れる。

 それは、私がそれまで被っていたポルンを引きはがし、結っていた髪も解いたからだ。


 日光を浴びて、私の亜麻色の髪が――とても目立つ髪が、きらきら光っているはず。


 周りにいた人たちが、鮮やかな色を目にして動きを止める。

「あれって……?」「異国人か……?」とひそひそし始める。


 ……今だ!


「皆さん! どうか、家に帰ってください!」


 私は兵士の肩を借りて立ちながら、声を張り上げた。


 皆が、変なものを見る目で私を見てくる。

 なんだこいつ、なんで異国人が、といういくつもの目が、私を貫く。


 ……ライカ家の皆様は優しかったけれど、全てのロウエン人がノックス人を受け入れているわけではないことくらい、分かっている。


 この珍しい髪を見せればすぐに私の生まれが分かり、ノックスなどを嫌う人だったら石を投げてくるかもしれない、ということも予想できている。


 ――それでも。

 もう、後には退けない。退くつもりもない。


 皆の注目を集められたんだから、言わないと!


「私の夫が、あの魔物を射ようとしてくれています! どうか、夫のために皆さん、家に戻ってください! 夫が集中できるように、手を貸してください!」


 ざわめきが、大きくなる。「夫」と聞いて、私の大体の身分が分かったのだろう。

 侍従兵隊長の、異国人が、妻が……という呟きが聞こえてくる。


「お願いします! 道を空けてください! あの子どものことを思うのなら、ここにいないでください! 家に帰ってください!」


 うまい言葉なんて、思いつかない。

 皆が納得するような流暢な文句なんて、何も分からない。


 とにかく、ジン様のために動きたかった。


 彼が魔物を射落とすために、子どもを助けるために、私にできることがある。

 足を挫いていて一人では立てない状態だけど、声を張り上げることはできる!


 私の気迫にあてられたのか、それまでは民衆に押され気味だった一般兵たちもいよいよ実力行使に出たようで、人々を押しやっていた。


「全員帰宅を! 侍従兵隊長たちの作戦成功を願うのならば、道を空けてください!」

「撤退、撤収です! 皆、大路を空けてください!」


 最初はぽかんとしていた人たちだけど、やがてそそくさと数名が動きだし、十名、数十名と人混みが動いて……どんどん、大路から人がはけていった。


 隙間ができたことで兵士たちも動きやすくなり、そこからはどんどん無関係の人たちが追い払われていった。

 家が遠くて困っている人のためには店舗の人々が店の中に誘導して、老人や子どもがいれば皆で協力して物陰に運んでいく。


 ――その様を、私は兵士の肩に縋りながら、ぼんやりと見ていた。

 ちょうど近くを若者がふらふら歩いていたけれど、連れらしい人に引っ張られて路地の方に消えていった。「侍従兵隊長の邪魔になるだろう」という声が聞こえる。


 ……ああ。


 私の声は、ちゃんと、届いたんだ。


 そして皆、今何をするべきかに気づいて、行動してくれたんだ。


「奥様……大変、ご立派でした」


 感無量といった様子で言ったのは、私を支えてくれている若い兵士。

 彼の目元は赤くて、ずびっと洟を啜っている。


「奥様の決死の呼びかけがなければ、こうはならなかったでしょう。……本当に、ありがとうございました」

「い、いえ、そんな……私は夫の……う、痛っ……」

「あっ、そ、そうですよね! すぐに手当をしますので、こちらへ!」

「ありがとうございます……」


 兵士に抱えられて物陰に移動しながら、私はぼんやりと大路の方を見た。


 ちょうどその時、ほとんど人のいなくなった大路を、大きなクッションのような緩衝材を載せた馬車が疾駆していった。

 ジン様が魔物を射落とした後、子どもを受け止められるように、指定の位置まで運んでいるのだろう。


 ……もしあの時私が勇気を出して声を上げていなかったら、あの馬車はここを通れなかったかもしれない。


 私が頑張った意味は、あったはず。

 後は――


「……ジン様」


 あなたの腕前を、信じています。

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