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38 魔物退治

 黒い鳥形の魔物は、十分ほど前に西の見張り台の者が発見した。

 だがその時の風向きが悪くてすぐに射落とせず、鳥は西の市周辺で屋根に上って遊んでいた幼児に狙いを定めてかっ攫ったという。


 あの種の魔物は、人間の子どもを餌にするために巣に持ち帰る。

 だから、帝都の外に出られたらおしまいだ。


 そうならないために、兵たちはすぐに各外壁部分に設置している見張り台で、煙筒というものを準備した。

 この筒の中には魔物が嫌う臭いを火薬に混ぜたものが入っており、魔物を追い払ったり、逆に魔物の進路を乱したりするために使う。


 今回の場合、煙筒を見張り台から発射することで魔物の行く手を封じ、帝都の外に逃がさないようにしていた。後は、行き場を失った魔物を弓矢で射落とせばいい。


 あの魔物は妙に知能があり、「生きたままの人間を取り込んでいれば、人間は自分を射落とせなくなる」と学習しているようだ。そのため素早く射落として、体内で気絶している子どもを救出する必要がある。


 だが当然、魔物の腹部に子どもがいる状態であるため狙いを定めにくい。万が一にでも子どもに命中してはならないし、無事に射落とせても子どもが落下した衝撃で死亡するようなことがあってはならない。

 だからロウエンに数多くの優秀な弓使いはいるが、今のような状況で討伐に挑める者はほとんどいない。


 ジンは、その数少ない射手の一人だった。


 ライナンたちに指示を出したジンは一人、ユキアを走らせた。

 不必要な馬具や装飾品を全部取り除いているので、ユキアは風のように市街地を疾駆して、そのまま南の外壁までたどり着いた。


 外壁は堅牢な作りになっているが、元々騎馬民族の国であるロウエンらしく、外壁の内側には滑らかな斜面が作られている。ここを上がっていけば、馬ごと外壁に上がることができるのだ。


 細い斜面を駆け上がり、そのままジンとユキアは外壁の頂上に着いた。高い建物がほとんど存在しないロウエン帝国で馬ごと立ち入れる最も高い場所が、この外壁だ。


 晩秋の風を受け、ジンの髪の房とユキアのたてがみが靡く。

 普通の馬ならば恐怖ですくんでしまいそうな場所ではあるが、乗り手のことを何よりも信頼する名馬は高所でありながら、落ち着いて主の指示を待っていた。


 ジンは目を細めて、青く晴れた空を見つめた。

 黒い点は、まだ遠い。ライナンたちが煙筒の調節をさせて、魔物をこちらまで追い込んでくれる手はずになっている。


 誰か一人でも失敗して魔物を外に逃がしてしまったら、もう子どもを助けることはできなくなる。

 たかが幼児一人、と片づけられるかもしれないが、ジンは、ジンたちロウエン兵の矜持は、それを許さない。


 矢筒を腰に取り付けて、弓の弦を何度か引っ張って強度を確かめる。愛用の弓ではないので少し扱いづらいが、何度か手の中で弦の張りを調節するうちに手に馴染んできた。


 ――黒い影が、だんだん近づいてくる。


 ジンは矢筒から、矢を取り出した。

 ジンには魔力がないので普通の矢にしか見えないが、これには神子たちの退魔の力が注がれている。これでなければ、魔物を消滅させることはできない。


 ……もしかするとこの矢に力を込めたのは、妻のフェリスなのかもしれない。


 ジンは矢を弓に当てて、矢を射る機会を窺うべく制止した。


 彼の遥か下方で市民たちが大騒ぎする声が、遠くに聞こえてきていた。














 ジン様たちの迷惑にならないように隠れようとした私だけど、両脚に力を入れた途端、ずきっと左足首が痛んで座り込んでしまった。


「っ、く……!」


 とっさに羽織の袖を噛んで悲鳴を堪えたけれど……これはかなり、痛い。


 さっきまでは緊張とかで痛みがましになっていたけれど、こうなると左脚を使うのは無理だ。ふらふらするだろうけど、右脚だけでジャンプしながら移動しないと……。


 なんとか立ち上がった私だけど、左脚を庇うために右脚一本立ちになった途端、後ろから誰かにぶつかられて前のめりに倒れてしまった。


「あうっ……!」

「ちょっとあんた、邪魔だよ! ……魔物ってのは、どこにいるんだ!? 子どもは大丈夫なのか!?」


 私にぶつかったおばさんは悪びれた様子もなく、喧噪の方に行ってしまった。……って、ええっ!?

 さっきジン様は、市民を避難させるって言っていたんだけど!?


 下級兵士らしい人たちが声を上げて、「家に帰ってください!」「侍従兵隊長たちの活動を阻害しないでください!」と注意喚起しているけれど、なかなか皆の耳に届いていない。

 むしろどんどん人だかりが大きくなっていくようにさえ感じられて……ぞっとした。


 ジン様はきっと、高い場所からあの魔物を射落とすつもりだ。

 となったら、落ちてきた子どもを受け止めなければならない。さっきジン様が言っていた緩衝材は、子どもを受け止める時に使うんだろう。


 それなのにこんなに人がいっぱいだったら、緩衝材を広げることもできない。

 それどころか、兵士たちの動きも鈍くなって、ジン様たちが動きにくくなる――

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