34 一緒にお出掛け①
数日後の私もジン様もお休みをもらった日、私たちはロウエン市街地に出掛けることになった。
「フェリスも休みの日に、マリカたちを連れて散歩に行ったりしているよね? それならもうロウエンの町並みにも慣れているだろうし、結婚してからずっと慌ただしくて、二人で出掛ける時間も取れなかったからね」
ジン様がそう言って提案してくれた時には嬉しくて、うまく返事ができなかった。
ジン様と、お出掛けができる。夫婦として一緒に行動できる。
それが……とても嬉しい。
「髪は、どうします?」
お出掛けの準備のために化粧をしているとマリカに聞かれたので、少し悩んだ。
「……やっぱり私の髪、目立つわよね」
「そうですね。……いい意味で目立つのはよいことですが、悪い意味で目立つかもしれません。奥様が異国人と知って心悪しき者がよからぬことを企む可能性も、なきにしもあらずですね」
ロウエンの人たちはおしなべて、髪の色が濃い。私の亜麻色の髪はノックスでは濃い部類に入ったけれど、ここではものすごく目立つ。
変な人に絡まれたら嫌だし、せっかくのジン様とのお出掛けが台無しになるかもしれない。
「今日はまだ、隠していきたいわ。帽子とかでなんとかなるかな?」
「そうですね……御髪を櫛でまとめてポルンを被るのはいかがでしょうか? 今の季節にぴったりな、生地は厚手で装飾が華やかなものがございますよ」
ポルンとはロウエン帝国の帽子の一種で、ノックスで言うボンネットに似ている。ポルンを被っている女性は多く見かけるから、髪を隠すために被っても不自然にはならないはず。
「……そうね、そうしてくれるかしら」
「かしこまりました」
マリカは手際よく私の髪をまとめて、焦げ茶色の布地に白い糸で花の模様が刺繍されたポルンを被せてくれた。
前髪だけは見えるけれど、ポルンの色のおかげで淡い色合いが分かりにくくなっている。いい感じだ。
そろそろ冬になろうという季節なので、厚手のシエゾンの上に羽織を着た。
そしてシエゾンの下はいつもはハイウエストスカート風の下衣だけど、今回はだぼっとしたズボンのようなものを勧められた。どうやら、ジン様が馬に乗せてくださるそうだ。
マリカを伴って表に出るとそこには既に、ジン様と立派な白馬が待っていた。あの馬はジン様の愛馬で、帝城に出勤する際にも連れて行っているはずだ。
ジン様は冬用のシルゾンの上に、動物の革で裏打ちした上着を着ていた。いつも通り後頭部で一つに結った髪の紐からは飾りの玉がぶら下がっていて、耳にも玉飾りが美しいイヤリングを着けている。
いつもの武官姿はもちろんだけど、私服姿も決まっていて……本当に、どんな格好をしても素敵な人だ。
「お待たせしました。寒くなかったですか?」
「確かに少し肌寒いけど、震えるほどじゃない。それに……」
ジン様は持っていた馬用のブラシを小姓に渡して、しげしげと私を見つめてきた。
「……きれいに着飾った妻を見られたのだから、待った甲斐があったというものだ。とても美しい。よく似合っているよ」
「ジン様ったら……大げさです」
にっと得意げに笑って言われるものだから、つい視線を逸らしてしまう。
マリカは、「絶対に旦那様は褒めてくださいますよ」と言っていたし、私もその気にはなっていたけれど……真正面から褒められるとやっぱり照れるし、素直じゃない私はひねくれた返事をしてしまう。
でもジン様はそんな私の態度もどこ吹く風で、馬の手綱を引いてこちらに寄せてきた。
近くで見ると……大きいな。私より高い位置に顔があって、つぶらな黒い目でじっとこっちを見てきた。
ええと、馬は相手を値踏みするから、気弱な態度でいたら馬鹿にされてしまうんだよね。
私がじっと馬とにらみ合っていると、ジン様がくすっと笑う気配がした。
「こいつ、俺の愛馬のユキア。ここらでは白馬はちょっと珍しいけど、賢くて勇敢なやつなんだ。フェリスとも仲よくしてもらいたいな」
「は、はいっ!」
「はは、そんなに力まなくてもいいよ。……ユキア、おまえの二人目の主人だ。とても優しくていい人だから、大切に乗せてやれよ」
ジン様がそう言って首筋を撫でると、それまで私を怪訝な目で見ていたユキアはブルッと鼻を鳴らして、ジン様の手の平に甘えるように身をよじらせた。
そしてちらっと私を見て……仕方ない、と言わんばかりに頭を下げてくれる。
「……認めてくれたのでしょうか?」
「うーん、それは俺からは何とも言えないな。ユキアは誇り高い名馬だから相手を見るけれど、丁寧に接してくれる人は基本的に認めてくれるよ。フェリスもこれからこいつに乗せるから、挨拶も兼ねて撫でてやってくれるかな」
「はい。……ユキア、よろしくお願いします。ちょっと重いと思うのですが……なるべく負担を掛けないように乗りますね」
馬術はノックス貴族の基礎教養だから、伯爵家で徹底的に仕込まれた。
一方神殿で働く女性神官は平民も多かったので馬に乗れない人も多くて、馬の扱いに慣れている私はなにかとあちこちで用事を言いつけられたものだ。
……といっても私が相手をしてきたのは荷運び用のずんぐりとした種のものや、人なつっこくて遠乗りに向いている馬だ。
伯爵家にも神殿にも、ユキアのような立派な軍馬はいなかった。
ユキアの機嫌を損ねないように気を付けながら、そっと体を撫でる。最初は体中の筋肉を緊張させていたユキアだけど、だんだんほぐれていったのが手の平から伝わってきてほっとした。
「よし、これで安全に乗れそうだね。……それじゃあ一緒にユキアに乗って、町に行こう」
「はい」
予想はしていたけれどやっぱり、ユキアに二人乗りになるようだ。
重量制限的に大丈夫かな……と思ったけれどジン様曰く、「出兵時には俺もユキアも武装する。だから軽装な今はフェリスを乗せても大丈夫」ということだった。
小姓が手早くユキアに馬具を付けて、私用の踏み台も持ってきてくれた。ノックス騎士のように鐙に足を引っかけて跨がるような技はできないので、ありがたく踏み台を使って鞍に乗せてもらった。
私を前の方に座らせて、ジン様がひらりと私の後ろに乗った。そして右手で手綱を取り、左手を私のお腹に回してくる。
羽織とシエゾン越しにジン様の大きな手の平の感触がして、思わず腹筋に力を込めてしまった。背後で笑う気配がする。
「そんなに固くならないで。フェリスは下の……鞍に付いている持ち手を掴んでいてくれる? そっちの方が俺も安定するから」
「はい。これですね」
「そうそう。……それじゃあ、行こうか!」
ジン様がユキアの横腹を蹴ると、忠実な馬はジン様の命令通りに脚を動かし、少しずつ速度を上げていった。
ジン様は私用にふわふわのクッションを鞍に置いてくれているから、あまり振動は気にならない。
背後でマリカや小姓が「いってらっしゃいませ!」と叫ぶのを微かに聞きながら、私たちを乗せたユキアは屋敷の前の庭を駆け、門をくぐった。
ジン様の屋敷は帝都の東側にあり、目抜き通りに着くまでにいくつもの貴族の邸宅の前を通っていった。それがだんだん庶民向けの家並みに変わり、そしてしばらくするとにぎやかな市場が見えてきた。
これまでマリカたちと一緒に行った時は馬車を使っていたから、馬上から見ると市場の様子もまた違ったものに見える。なんといっても、視線が高いからね。




