29 ライカ家本邸にて②
使用人が扉を開けたので、マリカを伴って入室する。肌触りのいい若葉色のシエゾンの布地がやけに冷たく感じるけれど、大丈夫。
「失礼します。フェリス・ライカでございます」
「ようこそ、ヘリスさん。さあ、お掛けになって」
ロウエン風のお辞儀をして挨拶をした私を迎えたのは、実年齢五十そこそことは思えないほど若々しいお義母様と、ジン様の実姉にあたるお義姉様方だ。
ジン様にはお兄様が一人とお姉様が二人いらっしゃって、三人とも既に結婚されている。
次期家長であるお義兄様は奥方やお子様方と一緒に本邸にお住まいで、お義姉様方は結婚して家を出られている。でも今日は私が来るということで、嫁ぎ先からわざわざ戻ってきてくださっているんだ。
ちなみに、ライカ家の女性だけでの集まりは「花園集会」と呼ばれているらしく、ジン様の兄嫁にあたる方も会員らしい。
でも今は第三子懐妊中ということで欠席されていて、そこに次男嫁である私も加わることになりそうだ……とマリカは言っていた。
花園集会――未知数の集会だけど、私を受け入れてくれた義理の家族なのだから、仲よくなっておきたいな。
お義母様に誘われて、私は空いている椅子に腰を下ろした。私の右隣が長女のリンエイ様で、斜め向かいが次女のエリネ様、正面が当主夫人である義母のアイリナ様だ。
三人は私を見ると、親子らしいそっくりの様子でくすっと笑った。
「まあまあ、本当に……ここ最近ですっかりお嫁さんの顔になったわね」
「初めてうちに来た時のヘリスさんはジンの後ろで、すっかり震えてしまっていたものよね」
「ジンとの結婚生活はどう? あの子、ちゃんとあなたのことを大切にしている?」
お義母様とお義姉様たちに言われて、私は「はい」と即答する。
「ジン様には、とてもよくしていただいています。ノックス人で、ロウエンの文化に不慣れな私のためにお心を砕いてくださり、衣食住において私が困ることのないように手配し、相談にもすぐに乗ってくださいます。本当に……私にはもったいないくらい、素敵な方です」
ジン様がいかに素敵な旦那様なのか、一生懸命アピールしようと意気込んで言ったら、三人はきょとんとした後、あらあら、まあまあ、と嬉しそうに笑いだした。
「まあ……面倒くさがり屋な、あのジンが?」
「遊びに誘っても真顔で断ってくる、あのジンが?」
「あの子も成長したのねぇ……お母様、なんだか感慨深いわ……」
リンエイ様、エリネ様、お義母様の順で感想を述べて、お義母様に至っては嘘なのか本気なのか分からないけれど嗚咽を漏らし始めて、侍女に背中をさすられていた。
なんというか……確かにジン様が言うように「個性が強い」方々だな。
でも、なんだかんだ言ってジン様のことを話す時の眼差しは優しいし、言葉からも息子や弟への愛情が感じられる。
……羨ましいな。
「今日は、あなたの話を聞きたかったのよ。この後に夕餉もあるし夫や息子も追い払っているから、女だけの水入らずの空間でゆっくりお喋りしましょうね?」
お義母様がそう言って、ぱちっとウインクを飛ばす。ジン様もウインクが上手だな、と思っていたけれどひょっとしたら、お義母様直伝なのかもしれない。
私が前、試しにやってみたら「目にゴミでも入ったの?」と同僚に言われたことがあるくらいだから、コツがあるなら教えてもらいたいな……。
さて、ライカ家に嫁入りして「花園集会」にメンバー入りしたらしい私は、「お喋りしましょう」と言われたけれど……なんてことない。
私が頭を捻って話題を出さずとも、三人だけでどんどんお喋りが弾んでいく。
最初の話題は「子どもの頃のジン様」だったけれど、それがいつの間にか「子馬が生まれた時のこと」に変わり、さらに「最近市場で見かけた新商品」「旦那の愚痴」「最近シエゾンのウエストがきつくなってきたこと」「二十歳若く見えるようにするために」ところころと話の内容が転換していく。
そして三人は私が置いてけぼりにならないように、適宜私も会話に入れてくれた。
しかも、「ヘリスさんは馬に乗ったことがおあり?」「どんな色がお好き?」「どんな趣味があるの?」といった、私でも答えやすい質問から始めてくださる。
私がおずおずと「一応馬術は習っていて、大人しい馬だったら一人でも乗れます」と答えるとそれだけで話が盛り上がり、「すごいのね」「ジンもそれを聞いたらきっと喜ぶわ」と言ってくれる。
おかげで私も話題に入ることができて、勇気を出して質問することもできた。
「皆様はどんな装飾品に興味がおありですか」と尋ねるととても嬉しそうに答えてくれて、最近購入した宝飾品なども見せてくれたりしたので、私も楽しめた。
……皆様、とても話し上手の聞き上手、もてなし上手だ。
私だったら一方的に自分が喋ったり相手を困らせるような質問をしたりしてしまいそうだけれど、そんなこともない。
やっぱり名家の奥様やご令嬢は、社交性スキルも身に付いていないといけないみたいだ……。
ちなみに「二十歳若く見える方法」で皆様盛り上がっていたけれど、「あなたはどう?」と言われた時にはさすがに返事に詰まってしまった。
だって十八歳の私が二十歳若返ったら、存在そのものがなくなってしまうし……。
ライカ家の皆様
父……家長だけれど、発言権はあまりない。
母……とてもつよい。
長男……次期家長だけれど、発言権は(略)
長男嫁……花園集会の一員。旦那よりも発言権があるらしい。妊娠中。
長女……余所に嫁いでいる。とてもつよい。
次女……余所に嫁いでいる。とてもつよい。
次男……侍従兵隊長だけれど、発言(略)




