25 初出勤②
朝礼が終わると、神子たちはすぐに掃除場所に向かう。
私はどうしよう……と立っていると、ソイルが私の上着の袖を引っ張った。
「ほら、あんたはこっちに来て箒を持つ。というか新人は基本的に掃き掃除だから」
「ありがとうございます」
「あんた、ライカ家の奥様らしいけど、箒の使い方は分かる?」
「はい、故郷でも普通に使っていましたので」
ソイルが渡してきた箒は、ノックスで使い慣れたものよりも小さくて穂先がまとまっている。
よく見ると穂の素材も細い木の枝ではなくて、柔らかい繊維のようなものを束ねているみたいだけど、箒は箒。使い方は同じだろう。
ついでに他の神子たちの様子を確認させてもらおう、とあたりをちらちら見ながら作業場を掃除する。
昨日の作業の名残なのか何かのくずや紙ごみ、細かい繊維や金属片のようなものもあるのでそれらを掃いて集める。同時進行で他の神子が雑巾で作業台を拭いて、新しいテーブルクロスを掛けていた。
掃除を終えるとよその掃除をしていた人たちも作業部屋に集合して、ロウエンの神に祈りを捧げる。
今日も一日元気に作業できますように、国のために尽くせますように、という願掛けのような効果もあるので、掃除の間はだるそうにしていたソイルも真剣な様子で祈っていた。
そうしていよいよ、作業開始だ。
ノックスの神殿と同じように、神子の中でも部下を監督するリーダーのような立場の人たちがいて、彼らが皆に指示を出したり仕事を割り振ったり、完成した武器を確認したりするようだ。
またソイルが私を引っ張ってくれる。向かう先は……神子たちが一列に並んでいる場所だ。
「僕たちもこっち。ほら、ここに並んで、割り当てをもらう」
「は、はい。よろしくお願いします」
「うん、それじゃあこっちの剣をお願い。何かあれば、ソイルに聞いてね」
リーダーの中年女性神子が渡してきたのは、鞘に収まった剣三振りだった。
ジン様がいつも持っているものもそうだけど、ロウエンの剣はノックスの騎士剣よりも刀身が短くて、重量も軽い。
あちらは私の力では一度に一振り抱えるのが精一杯だったものだけど、ロウエンの剣はうまく重ねれば一度に三振り運ぶことができた。
手ぶらのソイルの指示でそれらを空いている作業台に運んで、並べる。
「さてと、じゃあ作業開始だけど……まず参考として、ノックスの神殿でのやり方を聞いてもいいかな?」
「はい。まずは割り当てられた武器に大きな傷などの不備がないかを目視で確認して、表面をよく磨いてから魔力を注ぎます。注ぐ間は……ええと、砂時計のような形の測定器を側に置いて、一度に多すぎる量を注いで武器を破壊したりしないように気を付けます。そういうの、ありますか?」
「ある。これだよ」
そう言ってソイルは、台の下から振り子のような装置を出した。
ノックスで使っていた測定器とは全く形が違うけれど、使い方はほぼ同じみたい。近くから感じる魔力量で振り子が振れるので、その振れ幅が大きくなりすぎないようにすればいい。
……まあ私の魔力程度なんてしれたものだから、振り子の振れ幅なんて気にしなくても、困ったことにはならないだろうけれどね。
ソイルは上着の袖に手を突っ込み、じっと私の手元を見ている。特に何も言わないけれど多分、他国で退魔武器を作成した経験のある私のお手並み拝見するつもりなんだろう。
……久しぶりの退魔武器作成だ。頑張ろう。
正直なところ、私は剣とはかなり相性が悪い。でも私は「適合武器なし」で登録したから、様々な武器が割り当てられるのは仕方のないことだ。
上着の袖を少し捲り、剣を鞘から外す。それを台の上に置き、まずは明らかな刃こぼれや傷がないかを確認する。
ここに運ばれてくる前に専門家が一通り確認はしているけれど運搬途中に刃が欠けることもあるから、念のためだ。
ソイルが渡してくれた布で表面の汚れを拭ってから、刃の上に手をかざした。ここから少しずつ、退魔の力を注いでいく。
目を半分伏せ、脇に置いている振り子を確認しながら静かに、精神を集中させる。
体の中にある魔力を手の平に集め、刃に注ぎ込んでいく。
剣の刃は長いので、まんべんなく力を与えられるようにしないと、ぽっきり折れてしまったりする。
少しずつ、退魔の光が刃に染みこんでいく。隣でソイルが「へえ……」と小さな声を上げたようだけどそちらを見やれるほど余裕があるわけではないので、振り子を横目で見ながら作業を続ける。
刀身がこれくらいの剣に私が力を注ぎ終えるには、二時間……いや、三時間は掛かるだろう。
ある程度注いだところで、私は退魔の光を注ぐのを止めた。
それを見ていたソイルが頷いたのが、気配で分かった。
「さすが、経験者だね」
「いえ……まだ三分の一も注げていません。お昼休憩までに一振り完成させられるかも怪しいくらいです」
「そんなこと分かってるし。僕が言いたいのはそっちじゃなくて、今ここで手を止めたことについてだよ」
「えっ?」
ハンカチで額の汗を拭いながらソイルを見ると、彼はぽんと手を打ち、「ほら、それ」と私が持っているハンカチを指差した。
「あんた、ちょっと疲れたなーと思うくらいでやめたじゃん? それが正解なんだよ」
「……」
「僕はね、あんたが変に背伸びして初っぱなからぶっ飛ばしたり、無茶したりしないように見張る役目を受けてんの。あんた、大人しそうだけどちょっと承認欲求高そうだし頭も固そうだから、無茶するんじゃないかって思ってたんだ。ごめんよ」
ごめん、と言うわりにそこまで悪いとは思っていないような口ぶりだ。
私は思わずまばたきして、ハンカチを持つ手をゆっくり下ろした。
「……私、承認欲求が高そうですか?」
「あ、そこ気になった? なんか、そんな感じがしたんだよ。でも、もしあんたがぶっ飛ばしすぎて倒れたりでもしたら、あんたの旦那が血相を変えて討ち入りに来るだろうからね。そうならないために、ある程度のところで待ったを掛けるつもりだったんだけど……大丈夫そうだね」
のんびりとソイルに言われて、私は思わず苦笑をこぼした。
「ソイルは、私が引き時や休憩するタイミングをちゃんと把握しているかを気にしてくださったのですね」
「まーね。ノックスの神殿って結構厳しいらしいし、そういうのちゃんと分かってんのかなぁ、って思ったんだ。うちは、ぶっ倒れるまで働くのは禁止だからね」
ソイルはそう言うと、私が途中で作業を止めた剣の刃にツンツンと触れて、「うん、いいんじゃない」と呟く。
「この時間で注げる量としては、ロウエンでは平均くらいだな。でもノックスの神殿の成績はうちとは比べものにならないくらいらしいし……あんた、あっちではそこまでできる方じゃなかったんじゃないの?」
「……お察しの通りです」
……な、なかなかぐさっとくることを言われた。
でも事実なので私が渋々頷くと、体を起こしたソイルは「だよね」とぼさぼさの頭を掻いた。
「でも、自分の能力や疲労具合をよく分かっているあんたなら、大丈夫だと思うよ。僕も楽できるから、助かった」
「……正直なのですね」
「それが僕の生き方なんでね」
ちょこっと皮肉を込めたつもりだったんだけど、このマイペースな青年には効果がなかったみたい。




