24 初出勤①
勤務を決めた数日後、いよいよ私はロウエン帝国の神子として働き始めることになった。
神子には、守護神官のローブのような衣装が与えられる。私が受け取ったのは、普段着のシエゾンよりも活動的な印象のある服とバンダナのような被り物だった。
袖口が大きくて胸や腰の形がはっきりするようなシエゾンと違い、この服は袖口を絞っていて、腰回りや胸周りにゆとりがあるので、形状としては守護神官のローブに近い。
男性も女性も上着の下に穿くのはスラックスで、ジン様たち男性が穿いている下衣と同じように足首のところでくしゅくしゅと絞るデザインになっている。
バンダナは、広げると正六角形であることが分かった。これを半分に折って、給仕の女性が被る三角巾のように頭に当てて首の後ろで結ぶ。髪が長い女性は、その隙間から後ろ髪を流すようにしているみたいだ。
作業中に必要になるので、腰にポーチのようなものを取り付けた。ハンカチや櫛などの他に、いつでもメモが取れるように小さめの紙束や鉛筆も入れている。
これを着る時に手を貸してくれたマリカは、「作業用の衣類なので、どうしても華やかさには欠けますね……」と残念そうに言っていたけれど、とんでもない。
私としてはいつものシエゾンより、こっちの方が着やすいくらいだ。
今日のジン様は朝早くから出勤しているので、顔を合わせることはできなかった。
でも朝食の後で使用人からこっそり渡された手紙に、「今日は初出勤だね。初っぱなから張り切りすぎないように」と気遣う言葉が直筆で書かれていた。
朝の忙しい時間を縫って、ジン様が私のために手紙を残してくださった。声は聞けなかったけれど、十分すぎるくらいだ。
せっかくなので手紙をこっそりポーチに忍ばせて、私はマリカと一緒に屋敷を出発した。
神子の社の前では、初出勤日ということでヨノム導師様が待ってくださっていた。
「おはようございます、ヨノム様。本日からよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします、ヘリス様。神子の衣装は、お気に召しましたか?」
「はい! 新しい衣装もいただけて、いっそう気持ちを引き締められました!」
ぐっと胸の前で拳を固めて意気込むと、導師様はにこやかに笑って入り口の方を手で示した。
「気合い十分で、何よりでございます。現在、作業場の方で神子たちが朝礼を行っております。そちらで紹介をさせていただきますね。……ああ、そうです。これからは私があなた方を監督する立場になりますので、あなたのことはヘリスと呼びますが、それでよろしいですか」
「はいっ」
敬語呼び捨ては神殿と同じだから、全く気にならない。
マリカとは、ここで別れることになっている。神子の中には貴族もいるけれど、神子の力を持たない使用人や従者を作業場に入れることはできない決まりになっているんだ。
マリカには夕方に迎えに来ることを頼み、導師様について社に入る。
この建物に入るのもこれで二回目になるけれど、今日から神子として本格的にここで働くことになると思うだけで、前よりもずっと緊張してそわそわしてくる。前にも通ったはずの廊下なのに、初めて通過しているかのような感じもした。
前回は廊下側の窓から見学するだけだった、作業場。両開きの大扉を使用人がゆっくりと押し開けたそこに足を踏み入れると、数十対の目がこちらに向けられたのが分かった。
長机が並ぶ中、神子たちが整列して朝礼に臨んでいた。
皆、私と揃いの神子衣装姿だけど、よく見ると人によって微妙にデザインが違ったり上着に装飾が付いていたりするみたいだ。きっと神子の中にも階級があるんだろうね。
彼らの大半は女性みたいだけど、ノックスと違って男性も少なからずいる。若い人は十代半ばくらいで、最年長は五十歳くらいかな。
皆は生粋のロウエン人なので、髪の色は黒や茶色、赤色など濃い色合いの人ばかりだ。そんな中でノックス人であり、全体的な色素が薄い私はかなり浮いている。
まずは導師様が前に出て、皆の注目を集めた。
「おはよう、皆さん。昨日も言いましたが、今日から新しい仲間が加わります。ノックス王国の元守護神官である、ヘリス・ライカです」
「フェリス・ライカです。これから神子として、どうぞよろしくお願いします」
簡潔に、はっきりと挨拶を述べて、お辞儀をする。
ここしばらくで、下腹付近で両手を重ねて深く頭を下げるという、ロウエン女性の礼法にも慣れてきた。
既に私のだいたいのことは前日のうちに導師様が説明してくれていたようで、皆は「よろしくお願いします」と挨拶を返してくれた。
顔を上げると皆、しっかりとこちらを見て、中には微笑みを向けてくれる者もいたので、ほっとできた。
「ヘリスはノックス王国でも守護神官の職に就いていて、結婚を機に退職したそうです。皆はロウエンの神子として彼女を導き、そして是非とも、彼女からは異国の文化や神殿の在り方について学んでもらえたらと思います」
「未熟者ゆえ皆様にご迷惑をお掛けすると思いますが、なにとぞご指導ご鞭撻をよろしくお願いします」
あくまでも新人としての態度を崩さず、そう続けた。
才能さえあれば下剋上もあり得る――そんな実力主義なところのあるノックスと違い、ロウエンはしきたりなどを重んじる傾向にある。
年齢もその基準の一つで、たとえ私の方が神官としての経験年数が長かったとしても、年長者には敬語を使いへりくだった態度を取る方が好まれる。もちろん、相手の方から「呼び捨てで敬語なしでいいから」と言われたら、その提案を受け入れるべきだ。
実力のある年少者にとっては苦痛なのかもしれない……と最初は私も思ったけれど、マリカに「私たちはそういう縛りを、特に苦だとは思いませんね」と言われて、国が違えば考えも違うのだと受け入れるようになった。
私は途中から朝礼に参加させてもらい、本日の予定のざっくりとしたものを聞くことになったので、急いでメモ帳を取り出して書き付けをしておいた。
神子の一日は清掃と祈りから始まり、午前の作業、昼食休憩を挟んでの午後の作業、夕食の後の夜の作業に分かれる。
神子たちは基本的に、それぞれの家庭事情や体の都合、休日取得などを考慮して、朝に出勤して夕方に帰るか、昼から出勤して夜に帰るかを選べるようになっている。
繁忙期はそうもいかないけれど、長時間の労働は集中力や作業効率の低下――そして離職率の増加に繋がるかららしい。
私は朝出勤――社ではこちらのことを「朝組」と呼ぶらしい――として登録しているので、朝はきちんと起きなければならない分、日没には帰宅できる。
神殿ではここ以上に規則正しく厳しいスケジュールの中で生活していたものだから、私としてもこっちの方が自分の生活スタイルに合っているし、前よりものんびりできるくらいだな。
私の新人指導係として紹介されたのは、同じ年頃の青年神子だった。
濃い赤色の髪は少しくしゃっとしていて、一重の茶色の目は少しだけ眠そうに半分閉じられている。……眠いんじゃなくて、元々そういう目の形をしているんだろう、多分。
彼は中年女性神子に促されて私の前に来ると、かったるそうにお辞儀をした。
「どうも。……僕が、あんたの指導係になったから。名前は、ソイル。年齢は十九歳」
「ソイル様ですね。どうぞよろしくお願いします」
「あんたも僕と同じ年頃だろう? 様付けとか堅苦しいから、呼び捨てでソイルでいいよ。ていうか背中が痒くなるし、呼び捨てにして。なんかそういうのが嫌だったら、貴様、とかこのたわし頭、でもいいから」
「で、ではソイルと呼ばせてください」
まさか他の選択肢にはできないので、呼び捨てにさせてもらうことにした。
かなり独特の雰囲気のある男の人だけど、去り際にヨノム導師様が「ソイルは真面目な神子だから、安心して彼に教えを請うてくださいね」とおっしゃっていたんだから、信じてもいいはず。




