表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/88

22 ジンと過ごす時間①

 本日は社の内部の案内をしてもらい、神子として働く上での注意事項や就労条件などの書かれた書類をもらって帰宅することになった。


 ひとまず神官長であるヨノム導師様には話をしたけれど私はジン様の妻であるため、改めて彼と話をして神子になることを確定してほしい、と言われていた。


 あくまでも今日の私とジン様は別行動をしているという設定なので、帰りはマリカと二人で帰宅して、ジン様が帰るのを待った。


「……そうか。ヨノム導師とも話ができたんだね」

「はい。是非とも、神子として働きたいとお願いしました。でも改めて、ジン様と話を付けてほしいということでしたので」


 私がそう言って茶の入ったグラスを渡すと、ジン様は礼を言ってそれを受け取り、くいっと呷った。シルゾンの襟元から覗く喉が、なんとなく色っぽい。


「君が神子として働くこと自体について、特に俺から言うことはないよ。君だってずっと屋敷の中にいても退屈だろうし、この国に慣れようと思ったらやはり、様々な人と接するのがいいだろうからね」

「ありがとうございます!」

「ただ、君はガツガツ働いて金を稼ぐ必要があるわけでもないし、女主人として最低限のことはやってほしい。だから、働く日や時間については、俺の方からも意見を言わせてもらうけれど、それでいいかな?」

「もちろんです。ジン様のお許しのある限りで働ければ十分です」


 むしろ、ここまで私の意思を尊重してくださるのだから、感謝の言葉しかない。


 ジン様は微笑むと、ちらっと壁の方に視線をやった。何だろう、と思って見たそちらには、ジン様の愛用の剣が鞘に入った状態で棚の上に置かれていた。


「……いつか、君が魔力を込めた退魔武器を使えたら、光栄だろうね」

「そ、そうですね……でも私、前にも申しましたが適合武器がないので。確か、ロウエンでは剣と弓矢が主流なのですよね? ヨノム様から伺いましたが」

「ああ。俺も子どもの頃から武術は叩き込まれていて多くの種類の武器を扱えるが、やはり得意なのは剣と弓矢だな。……剣はともかく、弓矢はノックスのものとは少し形が違うんだ。見てみるか?」

「是非!」


 マットの上に座っていた私が両手を突いて言うと、ジン様は苦笑して立ち上がり、「こっちに来て」と私の腕を引いた。


 彼は棚の方に向かって、両開きの扉を開けた。私はその棚の扉が開いたところを見たことがなかったので、それが弓と矢の束、その他矢筒やそれを固定する革のベルト、籠手や胸当てなどの道具を入れる武器置き場なのだと今知った。


 革製品が多いからか、扉を開けたことでふわりと獣のような香りと、手入れ用のクリームの匂いがした。


「ジン様も、弓矢が得意なのですね」

「うん。ライカ家では昔から、剣よりも弓の扱いに重きを置いてきた。俺も徹底的に教え込まれたし、俺自身も騎射が得意だ」

「馬に乗って射るのですか……難しそうですね」

「そうだね。弓術だけじゃなくて、馬術もかなり大切だ。矢を射る際には両手を使うから、両脚だけで馬上の体を支えなければならない。その分神経も尖らせるし、的に当てようと思ったら集中力も必要だ。静かな場所だといいけれど、うるさい場所だと集中するのにも時間が必要になるんだよね」

「それもそうですね……」

「……あ、これ、俺たちが愛用する弓だよ」


 私も神殿で働いている時に、様々な武器を見てきた。

 その中にはもちろん弓矢もあったけれど、今ジン様が棚から出した弓は、私がノックスで見かけていたものよりもかなり小さい。


「……ノックスの弓は、もっと大きかったですね」

「そうだろうね。うちは元々騎馬民族で、剣も弓矢も馬上で扱うものだった。だから、持ち運びが便利で馬上でも扱いやすく連射が可能な、いわゆる短弓が今でも愛用されている」

「……あ、そっか。ノックスは重装兵が迎撃作戦を取るのが主流だから、重くても射程距離が長い長弓が使われていて、軽装騎馬兵のロウエンとは戦い方が違うのですね」


 ぽん、と手を打つ。


 ノックス王国の騎士たちは重厚な鎧を纏い、ガシャンガシャンと音を立てながら行進する。そんな彼らが得意とするのは、迎撃――待ち伏せ作戦だ。


 機動力に劣る分、魔物の爪や牙を弾き、邪気をもある程度軽減できる鎧が彼らの最大の守りとなる。

 時には騎乗して出陣することもあるみたいだけど、馬たちもかなりの重装備をさせられるので、足が太くて短い、全体的にずんぐりとした体型の品種が好まれている。


 そのためノックスで使われる弓はどれも大きくて、持ち運びには向いていない。代わりに籠城して敵を迎え撃つ際には、その威力と飛距離が強みになる。


 そんなノックス王国と違ってロウエン帝国の兵士は、ジン様の戦装束を見ても分かるように守りが薄い分身軽に敵陣に切り込み、攻撃をかわすことができる。

 彼らは軽装なので、なるべく攻撃を受けないようにしている。そういう戦法を取るのなら、軽量で扱いやすく、近接での連射も可能な短弓が好まれるのも当然のことだ。


 弓を見ながら考えごとをしていた私は、ふと、ジン様の声が聞こえないことに気づいた。


 あれ、と思って顔を上げると、そこには短弓を手にしたまま、ぽかんとしているジン様が。

 いつもは凛としていて隙のない印象のあるジン様が、男の子みたいにあどけない顔をしているなんて、珍しい。


「……ジン様?」

「……ああ、いや。少し、驚いてしまった。君、結構そういうのに詳しいんだね」

「そういうの……ええと、武器のことについてですか?」

「うん。うちでは、戦いは兵士の役目と決まっている。だから、神子たちは武器を使った戦略や用兵術を学ぶことはないんだけど……ノックスでは違ったのかな?」

「あ、いえ、基本的には守護神官もそうです」


 確かに、見習い神官として授業を受けていた頃は、色々な教科を学んでいた。

 読み書き計算や神学、礼法などは必須教養で、これらの出来があまりにもひどいとどれほど退魔の力を持っていようと守護神官になるのは難しかった。


「私は追加で、色々と教わったのです。その時にちょっと騎士の方から話を聞いただけなので、聞きかじり程度ですが……」

「そうなんだね。……知識は、武器になる。そうやって自分の身を守る剣や盾になる知識を積極的に身につけようとする君はとても偉いし、素晴らしい心がけだと思うよ」

「……そんなものではありません。そうでもしないと、私は落ちこぼ――」

「フェリス」


 きゅ、と小さな音がした。

 それは、ジン様が短弓を持つ手に力を込めたために出た音だった。


 ジン様が、目を細めて私を見下ろしている。

 その灰色の目は、もったりとした雨上がりの空のようにも、荒れ狂う嵐の空のようにも見える。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ