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21 フェリスの申し出

 導師様はまず、私を連れてぐるっと社の建物内を案内してくれた。


 建物は上空から見ると六角形に近い形をしていて、中央の一番広い部屋が神子たちの作業部屋になっている。

 その外側には建物をぐるりと一周するように回廊があり、食堂や書庫、遊戯室や神子たちの私室があるという。


「こちらから、作業部屋の様子が見られます」


 そう言って、回廊を歩いていた導師様に手招きされた。彼の隣に立つと、丸いガラスの窓越しに作業部屋の様子を窺うことができた。


 内部は天井の高い舞踏会ホールのようで、いくつもの長机が並ぶ中で神子たちが作業をしていた。

 その様子は、ロウエンの神殿とよく似ているけれど……テーブルに並んでいる武器は、剣と矢が多いというのが違っている。


「ロウエンでは、剣と弓矢がよく使われるのですか?」

「ええ。ロウエン帝国の始祖である初代王ハルサは、馬上で剣と弓を巧みに操る勇士でした。そのため、異国との交流が増えて様々な武器が輸入されるようになった今でも、剣と弓矢が伝統的な武器として重宝されているのです。ジン・ライカ様も、優秀な騎馬兵でいらっしゃいます」

「そうなのですね……」


 ジン様が戦う姿は見たことがないけれど、彼がいつも連れている白い愛馬に跨がり、馬上で弓を構えて弦を引き絞る姿は……きっととても絵になる光景だろう。


 それはいいとして――導師様の言うように、ロウエンの神子にはノックスの神官ほど効率よく退魔の力を注げる人は、少ないみたいだ。


 どうやらロウエンには少なからず男性神子も生まれるようだけれど、彼らの手際は守護神官たちほどよいわけでもなさそうだ。


 私はまごうことなき落ちこぼれだけど適合武器が見つからないだけで、一応神官としての素質は持っている。

 だから、少し体に力を入れて目を細めると――退魔武器に注がれている魔力量が淡い光となって溢れているのを、目視することができた。


 ノックスの神官たちが仕上げた退魔武器はどれも、眩しいくらいの輝きを擁していたけれど……うん。

 やっぱりここの作業台に並んでいる退魔武器の光はどれも、それほど強くない。


「……ヘリス様がご覧になって、神子たちが作る退魔武器はいかがですか。率直なご意見を伺えれば」


 導師様は、私が退魔武器に注がれた魔力量を見ていると気づかれたのだろうか。

 ちょうど考えていたことを問われたので、私は言葉を選ぶためにちょっと時間を取ってから、口を開いた。


「……ノックス王国の同僚だった守護神官たちが作ったものよりも、退魔の力が弱いように見えます」

「やはりそうですよね」


 導師様は苦笑して頷き、壁にそっと手を当てて窓の向こうで作業している神子たちを見つめた。


「土地の問題なのでしょうが、ロウエンではノックスほど能力のある神子が生まれにくい傾向にあります。我々も未来の神子たちに教育を施しているのですが、すぐに上限が来てしまうのです」

「……」

「普段の魔物退治であれば、神子たちが作った退魔武器でも十分事足ります。しかし、もし一度に魔物の大軍が押し寄せてきたら、国内のあちらこちらで同時に時空のひずみが生じるようであれば……他国産の高価な退魔武器に頼らざるを得ません」

「あまり効率のいい話ではないですよね」


 私が呟くと、導師様はゆっくり頷いた。


「それに、冬になるとノックス王国などは自国の備蓄の都合もあり、退魔武器の輸出量を絞ってなおかつ価格もつり上げます。……ここよりも冬の寒さが厳しいノックス王国は、そうしなければやっていけないでしょうから、それについて責めるつもりはございません。現在のところは、自国産と他国産のものでうまく需要に見あうように調整しているのですが……」


 もしも、がいつどこで起こるか分からない。

 だからノックス王国も、いくら稼ぎになるからといって限度量を超えた退魔武器を売り出すことはできなかった、ということになっている。


 それに導師様がおっしゃったように、ノックスは真冬になると各地で雪が積もる。雪で重装備な騎士たちの動きが鈍ったからといって、魔物が襲撃の手を止めてくれるわけではない。

 むしろ、時空のひずみが生じたとしてもそれに対処するのが遅くなった結果、穴が広がってより多くの魔物が溢れ出てしまう事態が毎年よく起こるんだ。


 ……私は拳を固めて、導師様を振り返り見た。

 導師様は、私の次なる言葉を大体予想しているのか、穏やかな眼差しで私を見返している。


「導師様。お願いしたいことがございます」

「伺いましょう」

「私を……ロウエン帝国の神子にしてくれませんか?」


 息を吸って、一言一言はっきりと口にする。


 それまではどこからともなく聞こえていた鳥の声が、ふと止んだ。

 まるで、鳥たちさえ私の決意を真剣に聞こうとしているかのようだ。


 導師様は目を細めて、白いあごひげを指先で撫でた。


「……確かに、神子の中には貴族の令嬢やご婦人もいらっしゃいます。神子は特殊な力を持つ者だけが就ける名誉職ですからね、異国人であるあなたも歓迎されるでしょう」

「……はい」

「私としても、戦力が一人でも増えるのはとても嬉しいことです。しかもあなたはノックスで神官だった経験がおありということで、経験者は即戦力になります。……ちなみにこちらの話、ライカ様はご存じで?」

「はい、夫には既に相談しております」


 ジン様のことを夫、と呼ぶのは少し気恥ずかしいけれど、彼をその名で呼ぶことが許されているのは世界中で自分ただ一人。

 そう思うと、誇らしいような多幸感のような感情が募ってくる。


 私がはっきりと言うと、導師様は安心したように微笑んだ。


「それはようございました。まさか、ライカ様のいらっしゃらぬ間に私が奥方を拐かした、なんて言われれば、たまりませんからね。私も、ライカ様の剣の錆にはなりたくありませんので」

「え、ええと……さすがにそこまでご心配なさらなくても、大丈夫だと思います」


 ひとまずそう答えると導師様はくすくすと笑ってからシルゾンの裾を払って、ロウエン風のお辞儀をした。


「……あなたのお申し出を、ありがたくお受けします。是非とも、我が国の誇る神子たちの一員となり、ロウエン帝国の未来を輝かしいものにするために手を貸してください」

「ヨノム様……こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」


 差し出された皺だらけの手を取って、しっかり握る。


 こちらこそ……私に役目を与えてくれて、ありがとうございます、という気持ちを込めて。

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