2 数少ない味方①
後で知ったのだけれど、私の母・イングリッドは神殿の元守護神官で、かなり優秀な人だったそうだ。
私の父は物心付いた時から側にいなかったから、きっともう死んでいたんだと思う。でも母は父のことを、「とても素敵で優しい、あなたに髪と目がそっくりだった人よ」と言っていた。
私の癖のある亜麻色の髪も青色の目も、父から譲り受けたもの。当然、血の繋がりのないオランド伯爵家の義兄や義姉とは、全く見た目が似ていない。
使用人たちの噂話によると、伯爵は元神官の娘である私に目を付けて、無理矢理引き取ったそうだ。
十二歳の時に検査を受けた結果、私には守護神官になる素質があると判断された。私はその時初めて伯爵夫妻から、「よくやった」と褒められた。
伯爵夫妻は、守護神官の資格を持つ娘がほしかった。
私自身には何かを「よくやった」という自覚はなくて、褒められてもあまり嬉しくなかったけれど……それでも、神官としてちゃんと働けば認められる、冷たい義兄や義姉からも「妹」として認められる、と信じて、神殿での出仕を始めた。
でも、そううまくはいかなかった。
見習い神官の少女たちに混じって必死に退魔の力を注ごうとしても、どれもなかなか十分に満たすことができない。
剣が適合武器である神官なら半日でできる作業も、私だと何十日掛かっても同じ量を注ぐことができない。
見習いの練習に使われるような小さな短剣でさえ、丸一日努力してやっと、基準値の半分を満たすことができるかできないかという程度。完全に、神殿のお荷物状態だ。
当然、伯爵も私の不出来を耳にして手の平を返すようになった。
「一族の恥」「せっかく引き取ってやったのに、役に立たない」と罵倒され、伯爵夫人にはヒステリックに怒鳴られ、義兄と義姉からはいっそう憎しみの籠もった目で睨まれて無視された。
でも、だからといって私に逃げ場はない。
実のところ何回か逃げようとは思ったけれど、その度にひどい目に遭ってきた。神殿ではまだ殴られることも怒鳴られることもないから、伯爵家よりはこっちの方がずっとマシではある。
だからせめて、穀潰しにはならないようには頑張りたいけど……剣も槍も斧も相性が悪いし、何をどうすればいいのかも分からない。
そんなことを考えながら私は、重い体を引きずって食堂に向かった。
神官は、適合武器以外に退魔の力を注ぐとかなり体力を消耗するし、作業効率も悪い。私の場合どの武器とも相性が悪いから、他の人よりも役立たずのわりに疲れるのが早かった。
居残りをしたから覚悟はしていたけれど、残念ながら食堂のカウンターにはほとんど料理が残っていなかった。ビュッフェ形式で食べるようになっているここでは、食堂担当の女性たちも神官たちの人数を把握しながら料理を作るので、人がいなくなったら作る料理の量を減らすのも当然のことだ。
「ごめんください。遅れて申し訳ありません」
入り口の箱から「フェリス・オランド」の札を取ってカウンターで呼びかけると、既に洗い物をしていた女性が私を見て、肩を落とした。
「またあんたかい、フェリス。もしかしたら、と思ったけれど、こっちもいつまでもあんたのためだけに残すわけにはいかないからね。あるもんだけ持って行きなさい」
「はい、ありがとうございます」
お辞儀をして、皿に残っていたわずかな料理――それもくしゃっとなった野菜や肉の欠片、小さくて不格好なパンくらいだ――を取り、隅っこの席でもそもそと食べた。
神殿のいいところは、同じ神官である以上同等で、能力のある者がない者を貶すことが許されない、というところだ。
礼法などをしっかり教え込まれた神殿の神官に、弱い者いじめをする者はいない。
もし私のことを「穀潰し」とでも言おうものなら……たとえそれが事実だとしても、その人は即日追放処分を受けるだろう。それくらい厳しかった。
料理は残り物のため脂っこくてカスカスしている部位が多かったけれど、文句を言うつもりはない。食後のお茶だけは十分にあったのでそれで喉を潤し、食器を下げたらすぐに作業部屋に戻る。
他の神官たちは昼食の後に散歩をしたり本を読んだりお喋りをしたりという自由時間があるけれど、私はただでさえ落ちこぼれなのだから、休む暇も惜しい。
……まあ、時間があったとしても一緒にお喋りをしたり散歩をしたりできるような仲の人もいないけれど。
そうしていると、廊下の向こうから賑やかな子どもたちの声が聞こえてきた。どうやら、見習い神官のさらに前段階にある子どもたちが、課外活動から帰ってきたみたいだ。
十歳程度で神殿に預けられた彼女らはまず基礎教養や礼法に神学を教わり、集団生活を送る練習をしている。
きっと、近くの村に慈善事業の手伝いに行った帰りなんだろう、彼女らの服は少し泥が付いていたりするけれど、皆楽しそうに笑っている。
子どもたちの笑顔を見るのは、好きだ。
少女たちを見送っていた私はふと、子どもたちを引率していた背の高い女性神官の姿を見つけた。
それだけで、沈んでいた心がほんのちょっとだけ浮上した。