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19 フェリスのやりたいこと②

「だから退魔の力を持っていて、なおかつ守護神官として活動した実績がある君は……おそらく、神子の社でも歓迎されるだろう」

「私でも戦力になれますか!?」

「なれると思うよ。実は君と出会ったあの夜会で俺は、ノックス人の神官を数名帝国に招く打診をするという目的があったのだけれど……あっさり蹴られてしまってね。それくらい、うちは神子の力が足りていないんだ。魔物の脅威に怯えているのは、どこの国も同じなんだけどね……」


 ジン様の言葉に、思わずごくっと唾を呑んだ。


 私は幸運にもこれまでに魔物というものにお目に掛かったことはないけれど、僻地などではいきなり出没した魔物に村が襲撃されたり、旅人が襲われたりする、という話はよく耳にしていた。


 魔物が飛び出してくる時空のひずみは、いつどこで生じるか分からない。

 人間の多い場所や神殿の近くは生じにくい傾向にあるけれど、一度穴が空くとそこからわらわらと魔物が出てきて、退魔武器で討伐しなければどんどん被害が拡大してしまう。


 それじゃあ、ノックス王国がもっと積極的に他国に退魔武器を売り出せばいいのではないか、と言われそうだけれど、そういう簡単な話でもない。


 ノックスの守護神官は、優秀だ。でもそれは無尽蔵に生み出されるものではなくて、上質な武器を作る鍛冶職人や退魔の力を込められる守護神官たち、その他多くの人たちの努力のもとで完成する。


 退魔の力は、そこらの安っぽい鉄の剣などには注げない。魔物を倒すべく鍛冶職人が上質な金属を打ち、剣や槍として鍛えたものにのみ守護神官たちの退魔の力が宿る。

 だからノックス王国としても、安請け合いしてほいほいと武器を輸出することはできないんだ。


 そういうことでロウエンでは、ノックスにおいては落ちこぼれの烙印を食らっていた私程度の守護神官でも十分戦力になるんだろう。

 神子たちの平均的な才能がどれくらいなのかは分からないけれど、きっと……ノックスの同僚たちとは比べものにならないくらいなんだろう。


「残念ながら、俺は退魔武器を作る側ではなくて使う側だから、詳しい事情は分からない。だから、もっと話を聞きたい、神子として働くための知識を付けたいのなら、社に行って神子長たちに会った方がいいだろう」

「神子長……そのお方が、社の責任者なのですね」

「そんなところだ。うちの兵団も世話になっているから、俺も神子長であるヨノム導師とは面識がある。君が望むなら、面会を申請するよ」

「いいのですか?」


 ジン様の話を聞いてすっかり乗り気になっていたけれど、夫に甘えすぎるのもよくないだろうからさすがに面会申請や準備とかは自分でするつもりだった。


 私はきっと、困った顔をしていたんだろう。

 ジン様はふっと笑うと体を少し前に倒して、私の眉間にとんっと軽く指を押し当てた。


「ここ、皺になっている。ほら、もっと表情を緩めて」

「え……え、ええ?」

「うん、それでいいね。それよりも……これくらい、俺に任せてくれればいいよ。君一人を行かせるつもりはないし、俺がいた方が話も通しやすくなる」

「……でも、ジン様にもお仕事が」

「それもそうだね。それじゃあ、俺の仕事といい感じにくっつけてしまおうか」


 そこでジン様はいたずら少年のような笑みを浮かべると、それまで私の眉間に触れていた指先を自分の方に引き寄せて、とんとんとその薄い唇を叩いた。


「もうじき俺は、うちの隊で使う退魔武器に関する打ち合わせをするために社に行くことになっている。君は自分の目的のために社に行き、偶然俺と鉢合わせたので一緒に導師に会いに行って、その後の活動中は別行動を取る。……うん、それなら俺はちゃんと仕事をしているし、君は遠慮なく俺と一緒に社に行けるね」


 どうだい? といわんばかりに自慢げに言われるものだから、私はつい、ぷっ、と小さく噴き出してしまった。


「ふふ、確かに妙案ですね」

「あ、笑ってくれたね。君はやっぱり、そうやって笑っているところが素敵だよ」

「……え?」

「ということで、俺が社に行く日時をもう一度確認しておくよ。それで君もいい感じに屋敷を出発して、ほぼ同時にあちらで合流できるようにしよう。そうすると、『偶然社で夫婦が顔を合わせたから、ついでに少しだけ一緒に行動した』って言い訳ができるからね」

「……」

「フェリス、今の説明、分かった?」


 ……。

 ……あ、い、いけない! 今、頭の中が凍結していた!


 えっと、ジン様が言っていたのは、私たちが偶然社の前で合流したかのようにする、ってことで……!


「わ、分かりました! えっと、えっと……では私は、マリカあたりをお供に付ければいいでしょうか!?」

「そうだね、彼女なら武術の心得もあるから、護衛としても信頼できる。……それじゃあ、君が自分のやりたいことを定められるように、頑張っていこうね」

「……は、はい。ありがとうございます、ジン様」

「どういたしまして」


 立ち上がってそう言うジン様は、いつも通りの如才ない笑みを浮かべていらっしゃった。

 ……でも、私はそうもいかない。


 彼がカップを手に去っていっても私はしばらくの間、マットの上から動けなかった。


 きっと今日は、これまでで一番ジン様と長く会話をすることができた。その会話を通して、ジン様の優しさや気遣いに触れて、飄々としている彼のちょっと意外な面も見ることができた。


 そう、意外な言葉も――


『そうやって笑っているところが素敵だよ』


 笑いを含んだジン様の声が、耳の奥に蘇る。

 その声が胸の奥にある何かをくすぐってきて、じわじわと頬が熱くなっていく。


 笑っているところが素敵、なんて、生まれて初めて言われた。


「……ジン様」


 ぽつん、とこぼしたけれどなんだか気恥ずかしくて、私はそっと膝を抱えて丸くなった。

 ジン様が私の願いを聞き入れてくれた、素敵な提案をしてくれた、ということももちろんだけど、それ以上に。


 あのさりげない言葉が、とても嬉しかった。

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