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18 フェリスのやりたいこと①

 その日のジン様は泊まり込みだったので、次に彼が帰宅し、食事を取ってゆったりしているところで相談を持ちかけることにした。


「ジン様。お尋ねしたいことがございます」

「うん? 俺で答えられることなら何でも答えるよ。どうぞ」


 長椅子にしどけなく座ってお茶を飲んでいたジン様は目をこちらに向けて、穏やかに促してくれた。


 靴を脱いで彼の向かいにあるマットの上に座っていた私は体を起こして、正座――ロウエンで改まった話をする際による姿勢だ――になり、深呼吸をした。

 私の様子を見て思うところがあったのか、ジン様はお茶の入った焼き物のカップをテーブルに置いて、長椅子に座り直した。


「……ロウエンでは、ノックスで言う守護神官や神殿はどのようになっているのか、教えてくれませんか」

「……」


 私の言葉を聞き、それまでは穏やかな眼差しをしていたジン様の眼差しがスッと冷えたのが分かった。


 美形が真顔になると、怖い。

 これまで怒られた経験がたくさんあるからつい怖じ気付いてしまいそうになるけれど……違う。


 ジン様は、私を威圧しようとしているわけじゃない。

 きちんと、話を聞いてくださる。


「わ、私はノックスで守護神官の職に就いていました。その時にも他国での神官の在り方などは教わっていたのですが……ロウエンではどのように退魔武器を作っているのか、もっと詳しく知りたいのです」

「知ってどうするのかな?」

「……」

「ああ、すまない。責めるつもりじゃないんだ」


 そう柔らかく言うとおり、ジン様の言葉には責めるような響きはない。ただ純粋に、「どうしてそのことを知りたいのか」と私に問うている。


「君もある程度は知っているようだけど、うちの国には守護神官の代わりに『神子みこ』と呼ばれる人たちがいて、神殿の代わりに『神子のやしろ』がある。……それで、君は神子たちのことを知って、どうしたいのかな?」

「……。……もし私にできることがあるのなら、やりたいのです」

「マリカが言っていたね。君は、自分にできることを探しているようだ」


 ジン様は静かに言うとカップを手にとってお茶を口に含み、静かな眼差しを注いできた。


「つまり君は、神官として働いてきた経験を活かし、できることならロウエンでも同じように神子として活動してみたいと?」

「……そ、そういうことです。あの、ごめんなさい。ただ、思いつきで言っただけで……」

「フェリス」


 ゆっくり、名前を呼ばれた。

 癖でつい、びくっと身を震わせて俯いてしまう。


 ぎしりと籐編みの椅子が軋む音がして、そっと私の肩に大きな手の平が乗った。


「すぐに謝るのは、よくないよ。今まではその方がよかったのかもしれないけれど、謝ってばかりだと……自分の願いを叶えられなくなるし、自分の行動に責任を持つこともできなくなるかもしれない」

「……」

「俺は、君を責めるつもりはないよ。だから、顔を上げて。もう少し、話をすり合わせよう」


 促されておずおずと顔を上げると、そこには穏やかな微笑みを浮かべたジン様の顔があった。


 伯爵家では、我が儘を言うと殴られた。

 ごめんなさい、許してください、私が悪かったです、と言わない限り、伯爵の怒りが収まることはなかった。


 でも、全ての人間がそうではない。

 ……そうではないということを、ジン様が指摘してくれた。


 ……今まで私の周りにも、話を聞いてくれる人がちゃんといた。

 母や、ジャネット様。そういう人たちもいて、私を守ってくれた。


 でも私はもう、守られているだけの子どもじゃない。

 成人済みの十八歳で、ジン様の妻としてロウエン帝国に嫁いだ身だ。


 自分の願いは叶えたいし、自分の行動には責任を持たなければならない。

 そのためには、俯いていてはならない。


「……ありがとうございます、ジン様」

「どういたしまして。それで、神子のことだけど……」

「あ、はい。……ジン様たちに大切にしてもらえる日々には、とても感謝しています。それでも……いえ、それだからこそ私は、何らかの形で恩を返したいのです」


 異国人である私を受け入れてくれた、ロウエン帝国。


 ほんの少しでもいいから、帝国民として国のためになることをしたい。

 ありがとう、あなたがいてくれてよかった、と言われたい。


「それで君は、神子について興味を持ったんだね。……俺たちは、君が守護神官や神殿、退魔武器についてあまりいい印象を持っていないと思って、わざと君から情報を遠ざけていたんだ」

「そうなのですね」


 何となくそんな感じはしていたけれど、今ジン様の口からはっきり言ってもらえて、ほっとできた。


 ジン様は頷くと、それまではマットに片膝をついた中腰状態だったけれど靴を脱いだ。そうして、私の向かいであぐらを掻いて座った。


「でも……つまるところ君は、退魔武器の話や神殿、神子とかの話を聞いたことで気分が悪くなるとか、昔のことを思い出して辛くなるとか、そういうことはないんだね?」

「そうですね……全く辛くないわけではないですが、耳を塞ぎたくなるほど嫌ということはありません」

「うん、それを聞けてよかったよ。……ロウエン帝国は、ノックス王国ほど退魔武器の生産が活発ではないのは知っているよね?」

「はい。ノックスは世界中でも特に優秀な守護神官が生まれやすく、その教育環境も整っています。ノックス産の退魔武器はどの国でも重宝されるので、主要輸出物となっていました」

「そういうこと。当然ロウエンもノックスより退魔武器の生産量は少なくて……いや、むしろ世界規模で見ても、ロウエンは劣っていると言わざるを得ない」


 ジン様は言葉を濁しつつも、そう教えてくれた。


「まず、神子の素質を持つ者があまり生まれない。そして生まれた神子候補を社に迎え入れて教育を施しても、ノックスほど能力が伸びないんだ。これは国の力や教育能力というより、その土地の特徴と割り切るしかない」

「……そのようですね」


 神学で結構いい成績を修めた私だけれど、神様がどのような采配で退魔の力を赤子たちに授けるのかについてのはっきりとした記述は、どの文献にも載っていない。ただし統計的に見ても、国による差が激しいのは確かだ。


 ノックスは守護神官の才能を持つ女児が生まれやすくて、その才能も伸びやすい。

 一方のロウエンは神子候補の子どもの数も少なくて、その能力を伸ばそうとしてもすぐに頭打ちになってしまう。


 そういう国による差があまりにも激しいから、今から百年くらい前にはノックスの守護神官を積極的に他国に嫁がせて、能力のある子を生ませようという計画もあったそうだ。

 でもなぜか異国に渡ると生まれる子どもの能力や神官になれる可能性も、その土地の傾向に引きずられてしまうという。


 おまけに、優秀な神官を生ませようと妻にひどいことをする夫も後を絶たなかったそうで、やがてこの計画は潰された。今ではその計画そのものが、ノックスの歴史における汚点として資料にも記されている。


 つまり……ええと、まだそういう話は早いけれど、もし私がジン様の子どもを産むことになったとする。

 元々私の守護神官としての才能はしょぼいものだけれど、私の産んだ子が神官や神子になれる確率はロウエンのそれに準拠するはずだ。


 どういう理屈なのかは分からないけれど、国際結婚をすれば神子の人数問題がうまく解消されるというわけではないのは確かだ。

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