17 自分にできることを探そう
「自分にできることを探そう」という自己目標を立てたことなので、私は早速マリカに相談してみることにした。
「奥様にできること……ですか?」
「ええ。お仕事とかができればいいんだけど……どうかな、と思って」
「お仕事ですか」
マリカはもちもちとした自分の頬に指を当てて、そうですねぇ、と呟いた。
「ノックスではどうか分かりませんが、貴族の奥方にできる仕事は限られています。基本的に、体を酷使する仕事や不特定多数の人間の目にさらされる仕事、日に焼ける仕事は不可能です」
「……それもそうね」
確かに、名家の奥様が農作業をしたり衆人の前で踊ったりするのは、色々な意味でよくないよね。
その点はどの国でも共通の認識みたいだ。
「だとしたら……手に職をつけてそれで稼ぐ、ということ?」
「そうですね。裁縫、刺繍、陶芸、絵画、音楽とかが人気ですね。貴族の奥方の中にはご自分の作業場や徒弟を抱えて、自分の名前を銘柄にしてしまう方もいらっしゃいます」
それはつまりノックス風に言うと、貴族夫人が自分用のアトリエを持って自らがブランドを立ち上げる、ということなのかな。そういう活動的なご婦人も結構いたみたいだし。
「なるほど……でも私、仕事にできるほど自慢できる才能はないのよ」
「刺繍はいかがですか? 確か旦那様が、奥様から贈られた手巾をとても大切になさっているようですけれど……」
「あれは……その、自分でもあまりいい出来だとは思っていないのよ」
つい、言葉を濁してしまう。
あの、全ての始まりとなった絹のハンカチ。
私はジン様に、あのハンカチを返してほしいとお願いした。
でも、ジン様は晴れ渡った秋の空のように清々しい笑顔で、「いやだ」とばっさり切り捨てた。今のところ、彼が私のお願いを却下したのはこの一回だけだ。
私があの刺繍の出来を気にしているということはご存じなので、私がハンカチを処分したがっているということはすぐに想像が付いたみたいだ。
しかもジン様は……何を思ったのか、あの謎刺繍入りのハンカチがかなり気に入ったようで、仕事用のシルゾンの胸に入れて毎日出勤時に持って行っているそうだ。
執事からこっそりそのことを教えてもらった私は、卒倒するかと思った。
だって、上級武官用のシルゾンをびしっと着こなすジン様の懐に、あのハンカチが入っているなんて……考えただけで頭痛がしてくる。
しかもそのハンカチの洗濯は使用人には任せず、自分で洗って干しているようだ。
それを聞いた私は干しているハンカチを回収しようと屋敷中を探したけれど、見つからなかった。マリカ曰く、夜のうちに帝城の執務室で乾かしているんだろうとのことだった。
ジン様はそのハンカチについて、「妻からの最初の贈り物で、素敵な刺繍入りの手巾だ」と使用人たちに言っているそうだ。
そしてそのハンカチをじっくり見た人は誰もいないので、マリカたちの中では「とても素晴らしい、旦那様の心を打つような見事な刺繍が施されているのだろう」ということになっているそうだ。
ものすごくいいように解釈されているけれど、とんでもない!
「え、えっとね、確かにジン様はとても気に入ってくださっているみたいだけれど、さすがに刺繍を仕事にできるほどじゃなくて……」
「そうですか? では、他の芸術分野では?」
「音楽は、それなりに得意な方よ。でもやっぱり、仕事にできるほどではないわね」
「そうですか……」
マリカは悩んでいるようだ。
……でも、実際に私にはそこまで尖った才能はない。
伯爵家で私に求められていたのは、音楽や刺繍の才能ではなくて、守護神官としての能力だった。
だから、得意な音楽にしてもさすがに仕事として皆に披露できるほどの腕前ではないし、専門の家庭教師を付けてもらえるはずもなかった。
そう考えると、落ちこぼれではあったけれど私にできるのはやっぱり、退魔武器を作ることだけみたいだ。
矢一束、短剣一本に退魔の力を注ぐことにさえ、私は他の人の何倍もの労力を使った。
どう考えても効率が悪くて、かといって完成した退魔武器の強度や効果は、他の神官がさらっと仕上げたものと大差ない。
神殿では、辛いこともたくさんあった。
そうして、今はそういうものから解放されている状態だ。
でも……だからといってやっぱり、退魔武器や神官の仕事、魔物との戦いについて無関心ではいられない。
それは、まがりなりにも六年間神官として暮らしてきたからなのか、神学だけはきちんと学んできたからなのか、それとも神官としての血が騒ぐからなのか。
ノックスの神殿ではほとんど力を発揮できなかったし、皆のお荷物になるのが申し訳なかった。
その場所がロウエンになったからといって、何かが劇的に変わるわけでもないと、自分でも分かっている。
それでも。
私にできることがあるのなら。
神官として働くことはできなくても、せめて、ロウエンでどのような活動がされているのか、ということは知りたかった。




