13 ロウエン帝国のフェリス①
ロウエン帝国での生活、始まります
ロウエン帝国はノックス王国よりも東、広漠とした荒れ野と緩やかな大河を越えた先に広がる、肥沃な大地を国土として抱えている。
元々このあたりには大小様々な国が密集していたけれど、皇帝がそれらをまとめて地方ごとに統治を任せるようにしているのが、現在のロウエン帝国だという。
領土は東西に長いノックスと違って南北に膨らんだ菱形をしていて、東側は海に面している。
山脈よりも平地が多く、河川も多いためか全体的に風はしっとりとしていて、雨が降りやすい。
そういう環境的な問題もあり、ロウエン帝国の伝統衣装であるシルゾンやシエゾンはゆったりとした造りで、雨粒を弾くような光沢のある布地で作られることが多い。
大雨や大風も多いからか建物も全体的に背が低めで、民家の多くは平屋、貴族の屋敷もせいぜい三階建て。四階建て以上の背丈のある建物となると、見張り塔や帝城くらいしかなかった。
主食は小麦を使ったパンではなくて、米を粉にして練り込んだ餅。
食事の際にはナイフとフォークではなくて、スプーンとフォークが一体化したような形の匙と、食物に刺して口元に運ぶのに使う串のような食器を使っている。
そんな異文化情緒溢れるロウエンの風土に、私も最初はかなり戸惑ったものだ。
でも結婚して一ヶ月もするとそういった「違い」にもだんだん慣れて、少しずつロウエンの文化を楽しめるようになっていた。
――ロウエン帝国の皇妃を輩出した家系でもある、ライカ家。
そこの御曹司で、帝城で侍従兵隊長を務めるジン様が異国出身の婚約者を連れて帰ったとなり、最初はそれなりに悶着が起きた。
私はその時期屋敷の奥に隠されていたから知らなかったけれど、結構あれこれ言ってくる人も多かったようだ。
でも文句を言ってくる者を叩き潰したのは、ジン様だけではなかった。
彼の家族は私が最初に顔合わせをした時から大喜びしてくださって、私の義母になった彼の母なんて、「息子が、剣と馬以外のお嫁さん候補を連れてきてくれた!」と涙を流しながら私を抱きしめてくれた。
隣に座るジン様はお菓子と間違えて酸っぱい木の実を食べてしまったかのような顔をしていたけれど、ひとまず受け入れられたようでほっとできた。
胸の豊満なお義母様に抱きしめられて、窒息しそうになったものだ。
こうしてライカ家の皆様が協力して結婚の後押しをしてくれたので、一ヶ月前に無事私はジン様と結婚し、フェリス・ライカとなることができた。
純白の美しいシエゾン姿になった私を見ると、灰色の婚礼用シルゾン姿のライカ様――ジン様は微笑んで、「とてもきれいだよ」と言ってくれた。
夢のような時間だったけど、あまりにもばたばたしていたから夢にじっくり浸ることはできなかった。
ノックスとは全く形の違う婚礼の最後に飲んだお酒があまりにも酒精がきつくて、一口飲んだだけで真っ赤になってしまいジン様がおろおろと慌てていたのが、懐かしい。
……そんな結婚式のことを思い返しながら、薄紅色のシエゾン姿の私は屋敷の縁側に腰掛けて、秋の空を見上げていた。
ロウエン帝国の人は直毛が多い一方、私はうねりがあって薄い色の髪をしている。その髪はハーフアップのような形で一部まとめるだけで、ほとんどを背中に垂らしている。
ノックスでは社交界デビューを迎えた貴族令嬢は髪を結い上げるものだったけれど、ロウエンでは長く伸ばした美しい髪を垂らして風に靡かせるのが趣深いとされるようだ。当然、ロウエンに嫁いだ私は異国のやり方に従っている。
女性の衣装であるシエゾンは、胸や腰の形を整えるコルセットのような硬い素材の下着の上に薄手のキャミソールのような肌着を着て、ぴったりと体に沿うような上衣とハイウエストスカートのような下衣を着ることで完成する。
足元は大抵平べったい靴で、丸い大粒の砂利が敷かれた道を歩くと足の裏にはっきりと地面の感触が伝わってくる。
最初にシエゾンを着ることになった時、ジン様からの贈り物を拒否するわけにもいかなくて袖を通したものはいいけれど、ぴったりとした上衣によって胸の膨らみやウエストの太さまでがはっきりしてしまうのがどうにも恥ずかしくて、なかなかジン様の前に出られなかった。
それでもジン様は衝立の向こうでニコニコしながら待っているようだったし、使用人たちにも窘められて私は緊張しながら、衝立の向こうに出た。
胸や腰のあたりを隠して俯きながら登場した私をじっくり見たジン様は、「よく似合っているよ」と褒め、「ノックスでは胸元や肩が丸出しなのに、こっちの方が恥ずかしいんだね」とおもしろそうに笑っていたっけ。
どういう格好が恥ずかしいと思うのかも、国によって違う。
最初は戸惑っていたことも次第に慣れて、その変化が楽しめるようになっていた。
……といってもまだ、シエゾン一枚で表に出る勇気は出ない。だから、ロウエン人の女性は冬でもない限りは上衣の上に何も着ないのを了解した上で、私はもう一枚だぼっとした上着を着る許可をもらった。
なかなか異文化に馴染めなくてごめんなさい、とジン様に謝ると、「君のシエゾン姿を知るのは俺だけ、っていうのもなんだかいいよね」と言っていた。
その意味はよく分からないけど、ジン様としては特に気にならないようなので安心できた。
見上げているとそのまますっと吸い込まれてしまいそうなほど青い空には、ちり紙を引き裂いて撒いたかのような雲が浮かんでいる。ノックスも今頃、紅葉を迎えている頃かな。
ロウエン帝国用語
シルゾン……男性用衣装。デール(モンゴルの民族衣装)みたいな形
シエゾン……女性用衣装。アオザイ(ベトナムの民族衣装)みたいな形




