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1  落ちこぼれ神官・フェリス

 ――おかあさん。どうしてわたしには、おとうさんがいないの?


 ――お父さんは、あなたが生まれるよりも前に、神様の御許に旅立ってしまったのよ。


 ――どうして? どうして、わたしがうまれるのをまってくれなかったの?


 ――お父さんはとても優しくて素敵な人だからきっと、神様が早く手許に呼びたい、って思ってしまったのよ。


 ――……そんなの、ずるい。わたしも、おとうさんにあいたかった。


 ――そうね……もっとずっとずっと先のことになるけれど、その時にお父さんに元気にご挨拶ができるように、フェリスは幸せに暮らしなさい。


 ――わたしがしあわせになったら、おとうさんもよろこぶ?


 ――ええ、きっと。お父さんもきっと、フェリスのお話をたくさん聞きたいって思っているわ。


 ――……わかった。それじゃあわたし、いつかかみさまのところでおとうさんにあえたときのために、いっぱいいっぱいしあわせになって、わたしはしあわせです、っていえるようになるね!


 ――ええ、そうしなさい。あなたならきっと、幸せになれるから……。













 この世界には、闇より生まれる「魔物」が存在する。


 魔物の暮らす魔界と人間が動物たちと共に暮らす人間界は基本的に隔てられているけれど、時空のひずみが生じた箇所から魔物が壁を突き破り、人間の住む世界にやって来ることがたびたびある。


 人間や動物たちは虚弱で、巨大な獣のような見目を持つ魔物の爪や牙の前ではひとたまりもなく、その吐き出す邪気によって土地は枯れてしまう。


 そんな人間を哀れに思った神は、人間に魔物と対抗する力を与えた。

 一部の人間はその、「退魔たいま」の力を持って生まれる。彼らがその力を武器に注ぎ込むことで、退魔武器を生み出す。人間界で暮らす者たちを守るべく神が授けたその力の前に、闇よりの異形たちはなすすべもない。


 こうして人間界の各国では、退魔の力を持つ者たちを教育して武器に力を授けさせ、魔物と戦う力を付けているの……のだけれど。


 たまに、たまーに、いくら修行を積んでも能力が一向に育たない者もいた。


 ノックス王国の神殿で「守護神官」として働く私・フェリスも、そんな落ちこぼれの一人だった。












 神殿内に、澄んだ鐘の音が響き渡る。

 午前中の奉仕時間の終わりを告げる鐘の音を聞き、作業をしていた神官たちは手を止めた。大きく伸びをしたり腕をぐるぐる回したりしながら、同僚と現在の進捗状況を報告し合ったりしている。


「そちらは、いかが? 確か、明日までに聖剣三本とのことでしたが……」

「順調ですよ。あなたこそ、昨日依頼の聖矢を仕上げたばかりでしょう? 無理をしてはいけませんよ」

「大丈夫です。これから冬になったら、騎士様たちの動きも鈍ってしまいます。秋の間にできる限りのことをするべきですもの」


 ローブ姿の女性たちがそんな会話をしながら席を立ち、作業途中の剣や槍、斧などの上に布を掛けた。これから昼休憩のために、食堂に行くみたいだ。


 私はそんな同僚たちをちらっと見てから、手元に視線を落とした。


「あら、フェリス。あなたもそろそろ食事に行きませんの?」


 そう声を掛けてきたのは、十八歳の私より二つほど年下の若い女性神官だ。声は掛けてもらったけれど、今日偶然隣に座っていただけの人だから、特に親しい間柄でもない。


 でも無視をするつもりもないので顔に笑みを貼り付けてから振り向いて、手元を示した。


「ええ。私は、他の人よりも努力しなければなりませんので」

「そうですか」


 相手はそれだけ言うとすぐに興味を失ったように視線を逸らし、そちらで友人の姿を見かけたようで小走りに去っていってしまった。


 なんとなく、彼女の行く先を見やる。

 そっちには、私と同じ年頃の女性神官たちの姿もあった。


 私も本当は、歳の近い同僚と一緒に作業をして、一緒に食事をしたりお喋りをしたりしたい。

 でも、それは叶わないことだと分かっている。


 ため息をつき、あたりを見回した。

 もうじき昼食時間だけど、広々とした作業部屋には私の他にも数名の神官が残って、午前中に終えられなかった作業の続きをしていた。


 居残っているのは皆、私よりずっと若い――十代前半の少女たちばかり。


 ……仕方ない。

 私は……相性のいい武器が見つからない、落ちこぼれだもの。












 大小様々な数多くの国が存在する人間界において、ノックス王国は大国の部類に入る。

 広大な国土面積や屈強な騎士団を擁することなどはもちろんのこと、ノックス王国は「守護神官」の育成に長けていた。


 ノックス王国では数百人に一人ほどの割合で、武器に神の力を授けて退魔武器を作る才能を持った女児が生まれる。彼女らは十歳くらいになると「守護神官」になるべく神殿に集められ、教育を受ける。

 そうして十代の半ばくらいから、神官としての仕事――己の体の中にある退魔の力を武器に流し込むという作業を行うことになる。


 神官たちは訓練を受けることで、自分と相性のいい武器を見つける。

 剣、槍、斧、弓矢、投擲とうてき、短剣など色々ある中から特に自分の力を注ぎやすいものが見つかるので、それを適合武器として退魔の力を授けるようにする。


 私はやっと退魔の力を注ぎ終えた短剣を班長に預け、重い足取りで神殿の廊下を歩いていた。


 他の十代後半の女性神官たちはとっくの昔に適合武器を見つけて、騎士たちにどんどん退魔武器を授けている。中には順当に出世して班長になり、次期神官長候補とまで言われる人もいるくらいだ。


 私の父であるオランド伯爵も娘が守護神官として活躍して出世できると見込んで、私を神殿に送り込んだ。それが今から、六年前のこと。


 といっても、私は伯爵夫妻の娘として生まれ育ったわけではない。私は八歳になるまで、田舎で母と共に暮らしていた。そこまで裕福でもないしお腹を空かすこともあったけれど毎日楽しくて幸せな日々だった――はずだ。


 でも……八歳くらいの頃に母が病死して、近くの村のおじさんたちの手を借りて葬儀をした、数日後。


 私のもとに知らない人たちがやってきて、どこかの大きな家に連れて行かれた。

 そして怖い顔の知らないおじさんがやってきて、言った。


『今日から私たちが、おまえの家族だ』と。


 当時の私は幼くて思慮も足らなかったので馬鹿正直に、「こんなこわくてえらそうなおじさんなんて、親じゃない。お母さんを返して」と言ってしまった。


 おじさん――オランド伯爵に、しこたま殴られた。その後やって来たおばさん――伯爵夫人の取りなしで暴力は一旦やめてくれたけれど、伯爵夫人は私を怖い顔で睨むだけだった。その後で兄と姉だと説明された二人の子どもたちも、私をゴミ虫でも見るような目で見てきた。


 私に、拒否権も選択肢もなかった。

 私は、オランド伯爵夫妻の養女になった。

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