偽作の館
人のざわめきが、そこにたまりを醸成しているようだった。大通りは、様々な人の往来で満ち満ちていた。疲れた顔、明るい顔、無表情。髭面、バタ臭い化粧面、うら若き面、そして、髭を剃っても、些か精悍さに欠ける僕の面。
人があまりにも多いので、肩と肩がニアミスを起こす。
今は晩秋の暮で、たなびく白い吐息はすぐに千切れて消えてしまう。これらの往来が作り出す情報が、僕の眼前に立ちはだかるので、視界はなかなか開けない。が、行き先はある。歩みを止めることは無い。
今日は、老若男女、貴賤を問わず、多くの作家が集められるパーティーがある。光栄なことか、はたまた数奇なさだめに揺らされた為か、僕はそれの招待状を貰った。だから、こうして、クローゼットの隅で眠っていたスーツを着て、少しは身だしなみを整えようとしたが、ショーウィンドウに映る自分の影を見る限りは、どこか落伍者めいた雰囲気を有している気がしてならない。
もうじき日没を迎える。大通りのあらゆる物体は、片方を橙に染め、もう片方に宵を携えている。丁度、この瞬間にのみ、夕暮れと、闇夜が同居していた。通りに居を構える商店や飯店は、燈火を強くし、人々の潜在欲求ないし、ありもしない渇きを挑発しているようだった。
きっとこれらは、あらゆる科学に裏付けされた商業戦略に基づいているのだろう。この無常たる市場には、もはや雅趣はおとぎ話さながらに。ただ、外来生物のように力強い、フランチャイズばかりが立ち並ぶ。
こうした光景を眺めたとき、何も感じないことが普通なのだろう。そうでなければ、情報の過食で、中毒を起こしかねない。だが、僕は思わずにはいられない。ガワとあんこのギャップの奇天烈さ、グロテスクさが、僕に留飲を発生させているようだった。
大通りの終焉の一歩前で立ち尽くした。そこは、曖昧な境界線上だった。消費と貯蓄。激流と、ドブだまり。こういった対比が頭をよぎり、一瞬間、侮蔑の念を抱いた。が、それはすぐに、いつも通りの自嘲と自虐に変わった。気づかぬうちに、眉間に皴を寄せていた。
僕は、それを振り払うように、首を二、三度左右に振り、こういった雁字搦めの思索を振り払おうとした。そして、おもむろに近くの喫煙所へと出向き、外套のポケットからマルボロを取り出して、安っぽいライターで火をつけた。普段よりも幾ばくか、紫煙を深く吸い込んだ。耐え難き心痛は、耐え得る毒で打ち消す。
二本目のシガレットを、六分目迄短くすると、火を消した。焦げたタールの香気が残留していた。僕の心に張り詰めた緊張は、火の暖かさと、ニコチンの効能で、幾分か和らいだように感じた。
***
アスファルトとタイヤのゴムの擦れる音。二ℓ自然吸気エンジンが捻りだす非力なサウンド。対照的に、無口ともいえるエキゾースト。
後部座席の車窓に映る男の表情は、複雑だった。
ステアリングを握る白手袋。が、運転そのものはあまり紳士的ではない。
***
「着きましたよ」
「ありがとうございます」
僕は礼を言い、代金を支払った。
着いた場所は、喧騒と隔絶された郊外だ。
タクシーが走り去っていくと共に、エキゾースト音と、タイヤが砂利道を蹴る音が遠のいていった。これにより、僕は徐々に日常から隔離されていくのを覚えた。この辺りは、広葉樹が茂っており、どこか幻想的な雰囲気が感ぜられる。が、それ以上にこの或る種の幻惑的な緊張を醸し出すのは、この洋館が一役買っているからだろう。建築されたのは実に五十年ほど前のことらしいが、外観を見るに、中世の建築士が建立したと言われても、信じられる程の荘厳さ──或いは、雅趣に満ちた経年劣化──が見て取れた。
僕はこの洋館を見ることで、今宵の交流会を一層強く意識した。すると、緊張がこみあげてくるのが、自覚的なまでに、強いものになってきた。僕の場合、緊張が過度なものになると、腹痛よりも、頭痛を強く感じる。こういったときの頭痛は非常に厄介なもので、思考そのものを鈍化させ、更には、ネガティヴな舵取りをしがちだ。
僕はこういったことを紛らわせるため、木陰に身を潜め、またもマルボロを取り出して、火をつけた。体調が優れない時の喫煙くらい愚かなことは無いと、重々自覚していたが今ばかりはこの紫煙に縋りたかった。
いつもより深く吸う。火の温度が適正値を超え、いがらっぽい辛さを増した。が、僕が今したかったことは、ニコチンの摂取と自傷に他ならなかったので、これを止めることはできなかった。
額に一筋の汗が流れた。妙に粘っこい気もしたが、この汗は季節外れの厚手の外套のせいだと結論づけた。
***
洋館の内装は奇妙に思えた。外見のゴシックさとは裏腹に、消火器があったりして、どこか現代的な様子がした。天井を飾る煌々としたシャンデリアも無論のことながら電灯であった。これらは現代の法律を考慮すれば、確かに詮方ないだろうが、僕はこの不均衡に或る種のグロテスクさを感じずにはいられなかった。
室内に入った時から外套は脱いだのだが、会場は些か暖房が強すぎた。恐らく、女性のドレスコードが、男性と比べ肌を露出しているから、そちらの方に合わせているのかもしれない。
僕は周りの人が世紀の文豪たちに見えて、些か場違いな気がした。ポケットからもう一度招待状を取り出し、自分の名前が印字されていることを何度も確認した。
***
定刻五分前の大広間。既に人でごった返し、その空気は汚穢に満ちていた。こういった人混み特有のよどんだ空気感は、活気に関係なく苦手だ。僕は再び頭痛を覚えて、こめかみに手をやった。部屋が暑いのでのぼせてもいるのだろう。
やはり僕の脳は、暗愚と侮蔑の思索的シケへと、自殺的な舵取りをしてしまう。この痛々しき脳で思考するに、この空間はまさに「偽作の地球」であった。広間が平面的であることも、それを助長しているのだろう。昔、この世界──すなわち僕たちが棲息しているこの惑星のことだが──が球体であることを述べた哲学者もとい、科学者は自身の命が危ぶまれたことと、対照的に考えてみると、この空間の着飾った人々は、聖職者や陪審員の類に形容することが可能であろう。殊に、この空間の主賓などは、統治者の類ともいえるだろう。
しかしながら、これはあくまでも無為たる抽象化に過ぎず、一銭にもならぬ思考である。僕は職業柄か、はたまた生来の悪癖かこの手の妄想が酷いのだ。付け加えると、今日は作家が集められたパーティーであることも、僕の思索が一層めまぐるしく動くことの要因たり得る。
こういった取り留めのないことを考えているうちに、定刻を迎えた。広間の前方で、司会を担当するとみられる四十代半ば程の男が、無線で音響に接続されたマイクの先端を軽く叩き、テストをしていた。その男は、マイクが正常に機能していることを確認すると、次のような口上をした。
「今日は文藝会にお集まりいただき誠にありがとうございます。お食事を楽しみながら、文化的な会話を弾ませ、親睦を深めていきましょう──
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作家とはいえ、口上にまでに文芸的な響きを用いることは無い。いたって簡単な、文章の中身を少し変えれば、ネットに幾らでも転がっているような、定型じみた内容だった。こちらの方が、世間的な正解なのだろう。が、僕はこういった凡庸なものにも、文学性を求めずにはいられない瞬間が度々ある。
各々の一瞬間を結べば、線分を成すのではないのかという程に────。だからきっと、言葉に詰まることが多いのだ。文学的余情とは、日常生活の場においては、なかなか顔を出さない。
まるで深海まで潜らんとする白鯨のようだ。その甘美たるカタマリは、どうあがこうにも食事用のスプーンで救うには困難にすぎる。引き出すためには、艱難辛苦の波止場に出向き、大いなる顎と対面しながら、自らの手と脳が汚濁にまみれることをも躊躇わぬ銛打ち士になる心算が必要なのだ。
あれこれ考えていたが、とりあえず饗応を受けることにした。今夜は有り体に言えば、立食パーティーだ。ディッシュをつまんで、酒を呑み、語らう。僕もこのフォーミュラに従ってみよう。
向こうのテーブルに置かれていたカプレーゼが目に留まった。カプレーゼを見ると、伊藤計劃の『ハーモニー』を想起せずにはいられない。あれはカプレーゼの色彩が情景描写に一役買っている。赤、白、緑の鮮やかなコントラストは、見る人に食欲を起こすだけではなく、芸術的なモチーフとしても十分機能し得る。そして事実、これは旨いのだ。文句のつけようがないだろう。
僕は自分の小皿に少し多めにカプレーゼを取り分けた。
「カプレーゼ、お好きなんですか」
声をかけてきたのは僕と同様、まだ年若いと思われる女性だった。歳柄に珍しく和服を着ていた。結われた髪は、漆の様に黒いが、絹を思わせる艶やかさがある。ほどいても非常に美しいだろう。瞳は眠たげな一重だった。顔の造形は整っているとは言えないが、ある種の奥ゆかしさがある。芥川の言っていた、月明りの下にいるような女性とは、彼女のような人を指すのだろうか。
「ええ好きです。味は言うまでもなく、僕はこの色彩が好きなんです。小説の小道具に使っても充分、色彩表現の機能を果たす」
僕は、普段こういった文芸的な会話のできぬ反動か、些か堰を切ったかのような饒舌さが顕現した。
「確かに、こういったヴィヴィッドな色合いは、文字媒体に変換しても死ぬことは無いでしょうね。あなた・・・というのも変ですね。名前をお聞きしても?私は、Kという名前で活動しています」
「ああ、Kさんでしたか。作品は失礼ながら拝読していませんが、名前は何度も聞いたことがあります。私は、Zと申します駆け出しの作家です。以後お見知りおきを」
僕はこういう返事をしたが、彼女の作品を読んでいないということに罪悪感はなかった。処世術とはつくづく高慢な自衛だと思った。が、僕は己が信望を捧げる作家以外の作品は読まないことにしている。偉大なる先駆者の言葉を借りれば、間違った井戸から水を汲むわけにはいかないということだ。この「間違っている」という表現は、些か誤謬を生みやすい。あえて換言するならば、腹の性質に合致しないとでも言うべきだろうか。日本人は、普段は軟水を飲んでいるから、欧州のミネラルウォーターを飲むと、腹を下すことがあるそうだ。そういうことなのだ。
「Zさんでしたか。私、この前雑誌に掲載されていた短編は読みましたよ。格式高い調子でしたので、もう少し年を取った方かと思いましたが・・・お若いのですね」
そういうとK氏は微笑した。笑うと一層目が細くなって、名刀のつくった擦過傷のようになった。が、それは随分と可愛らしいものに思えた。
それから我々は、互いの小説観を共有した。彼女は日本文学に精通していた。なかでも、夏目漱石について熱弁していた。僕はというと、海外小説について主に話した。ジョージ・オーウェル、オルダス・ハクスリー、レイ・ブラッドベリ、ザミャーチン。自分で言葉を発した後に気づいたことだが、それらは、おしなべて、理想郷を嘲笑した者達だった。僕もつられたように口の端を曲げた。が、それは幾分かひどい顔だったらしい。K氏は、自身の会話の相槌のために作った表情ではなく、僕自身の空想によることを悟ったのか、怪訝そうな表情をした。それから、
「この会は、まだ時間もあることですし、またお話しましょう」
と言い、その場を去って行ってしまった。僕は、少し悪いことをしてしまったかのように思ったが、辺りを一瞥し、この会場が平面的であることを思い出した。彼女も又、天蓋に被された世界に住まうインクと紙の消費者であると当てつけると、僕の心に一瞬間だけ存在した良心の呵責は、春の残雪のように気づかぬうちに消えてしまった。
***
それから僕は軽く腹を満たし、広間の端で、日本酒を飲み、全体を見渡しながら時間を潰していた。が、これは、時間を消費するという行為ではなく、自分から声をかけるということを、億劫に思っている為であることを自覚し、誰かに声を掛けようと思い立った。どうせなら、自分の知っている人物が良い。いくつか売れた話を書いた人と話してみたかった。
僕は、自分の本棚を頭の中に出現させた。どれか目に着いた本を取り、表紙をめくる。自分の顔をさらすことに抵抗のない、或いは自負している人であれば、大抵そこに顔写真を見ることができる。僕は脳内の書架を漁った。が、それらはどれも欧州の偉人たちであった。そして、それらは大抵、故人であった。しかして、僕は嘆息を漏らした。ああ、この宴は、この建物は、偽作の館なるかな。誰もかれもが──勿論僕を含め──偉大なる大賢者の模倣犯にしか過ぎない。
古き良き時代に大作家はたしかに、模倣をしただろう。しかし、それらは例外なく美しかった。だが、今この世に広がる白夜じみた、静謐さに欠けたる砂漠を見よ!そこには、限りなく茫漠たる意識が横臥している。それらがこの枯れた大地の砂一粒ずつなのだ。したがって、どこで砂粒を拾おうとしても、そこにあるのは単なる正真正銘の砂粒であり、息を吹きかけようものなら、塵芥としてどこかへ消えてゆく。さながら、沙羅双樹の花の色にも劣る──比べることさえ烏滸がましき──色褪せようである。
さらには、この広大な荒れ地には、我が吐息より遥かに凶悪たる風神の息吹が、虐殺的な無窮渦を形成する。もし、これが荒れ地を蹂躙しようとするのなら、我々砂粒如きの陰惨たる砂漠鼠どもは、その干からびた口をせわしなくパクパクとさせ、降る筈もない雨垂れの潤いを待ち呆けるまま、豪風に飛ばされ、永劫の彼方へと消えていくか、昏き深淵へと誘われるか、偽りの雷神の脳が描き出した虚栄の彷徨したる海の藻屑となるしかないのである。
が、我々作家はこれにあらがわなければならぬ。荒れ地にも、ところどころに一筋の草が残っている筈なのだ。我々はそれを血眼になって探し当て、それにしがみつかなければならない。それは、雑草かもしれない。或いは、根の短き新芽かもしれない。併しながら、その中に、未来のユグドラシルたりうる、雲海の上を夢見ることのできる、強大なる種子より芽吹きたる一筋を掴まなければならないのだ。それには、悪魔契約さえ辞さない克己心がなければならぬ。
それこそが、───────
「もしもし、──────
誰かが僕を尋ねる声が聞こえた。そこを振り向くと、老年の男性がいた。力強い白髪をもった男だった。その額と眉間には、思考の研鑽の痕が見て取れた。が、僕が注目したのは彼の手だった。年相応の疲れた手をしていた。
が、そこには確かなる歴史を感じることができた。特筆すべきは、人差し指の爪と指戸の隙間に染み込んだインクである。これにより、彼は、万年筆で、虚構の中の心理を描くものであることが推察させられた。
僕は、どういった言葉を話すべきか分からなかったので、とりあえず
「こんばんは」
と、七度程の会釈をまじえ、挨拶をした。
「パーティーは肌に合いませんでしたか」
と、老人は尋ねた。
「すみません。パーティー自体はとても楽しいのですが、どうも人混みにあてられて・・・」
と僕は返事した。が、内心では会の途中で帰ることすら考えていた。
「わかりますよ、その気持ち。我々は、仕事柄か、人柄か、蓋し後者の為でしょうが、こういった場は、慣れないうちはかえって苦痛なことも珍しいことではないです。あなたも文壇に長く残れば、そのうちこの瘴気じみた緊張感も悪くないと思えますよ」
と、老人は話した。僕は彼の気遣いに心が安らぐと同時に、彼の科白の美しさに或る感銘を受けた。この荒涼たる、偽作の大地にも素晴らしい先達は残っていたのだな、と或る種の、ノスタルジーを感じ、ポエティックな酔いを知覚した。
そのためか僕の心は、今迄忌み嫌っていた自衛的な建前との癒合を果たそうとしていた。
「お気遣いありがとうございます。これからも精進していきたく存じます」
この後、僕は老人といくつか文芸的な対話をした。好きな小説は何か、文学以外に好む芸術は何かなどの、知的な談笑だった。それはまるで、この世を薪にくべ、優しさが息を吹きかけた大火で暖をとるような心地だった。
「もしやZくんは煙草を吸われるのですか」
老人は丁寧な聞き方をした。
「ええ吸いますよ。大抵、赤マルですかね」
僕は、先ほど迄の会話で調子づいていたこともあって、こう得意げに話した。すると老人は先ほど迄の優しい表情とは一転し、侮蔑と憐憫の混ざり合ったような、かげのない目をした。
「今からでも止めといた方が良い。それは貴方にも、貴方の周りにもよくない。第一、作品さえも副流煙に侵される」
老人は比喩的な諫言を残し、この場を去っていった。僕はなんとも言えない心持になった。のみならず、頭痛さえも又、感じていた。僕は老人のアドヴァイスを真摯に受け止めようとも一度考えたが、それは泡沫の思念に過ぎなかった。
やはり、寛容は寛容であるために、不寛容に対しても寛容であるべきだろう。が、それは僕にも彼にも言えることである。今は只、僕のライフタイルと作品を一緒くたに否定されたことに瞋りを感じたし、なによりも哀しかった。なにより僕の敬愛する、敷島をふかす短編作家をも、遠回しに批難されたような気がして──────
あれは砂漠特有の、蜃気楼に過ぎなかったようだ。オアシスは実存するからこそ、砂漠鼠の口唇を潤すのである。幻想が、渇きひび割れた肌に、軟膏を塗る訳などないのである。
僕は煙草を吸いたい気持ちと、会場を立ち去りたいと願うがあまりの頭痛を根拠に、この館を去ることにした。なにも思い残すことは無い。偽作の館の住人は、平らな地球の縁から落ちてしまえばいいのだ。僕は、真理を内包する球へと帰るのだ。
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館を出ると辺りはもう漆黒が満遍なく広がっていた。それで、ここが郊外であることを思い出した。僕は空を見上げた。が、どうやら曇りである様で、星々の輝きは、この眼に収めることができず、そこには只、墨色の筋張った雲がたなびくばかりである。
僕は外套のポケットからマルボロをすぐさま取り出し、急ぎ焦るように煙を肺に流した。頭痛はより意識的になったが、穏やかな気持ちになることができた。
歩みを進める。今宵は、平凡たる幻想に満ち溢れた道を、歩いて帰ろう。
煙の向こうで、人影のあることを認めた。それは、パーティーで会話をした、あの月下美人のように見えた。が、たちまちそれは、西洋的な悪魔へと姿を変えた。僕は、もしそれが本当の悪魔なら、契約を結び、偉大なる芸術のために、魂を契約の担保にしようかと考えた。
しかし、近づくとそこには葉の落ちた、裸の樹木が立つばかりだった。
「狂うなら狂え、常しえに」
自然と、こんな科白が洩れた。月はこういったときも鈍い明りを落とし、地面に薄い僕を投影していた。その影と、黒々とした地面の境界は不明瞭で、自我が拡大していくような心地がした。
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気が付くと僕は大広間の最奥の隅で、壁にもたれかかって寝ていたことをとらえた。照明は幾らか落とされ、人はまばらであり、パーティーは僕の知覚しないうちに終わったようだった。覚醒と共に、僕は強い頭痛を感じた。が、歯車は見えなかった。僕には、英雄的損傷すらないらしい。
館を出ると、辺りは当然ながら暗かった。のみならず今日は新月らしい。こういったときは返って静謐が絶叫しているような気がしてしまう。寄る辺なくして、僕はマルボロに火をつけた。
こんな読みづらい文章を最後まで読んでいただきありがとうございます。
この作品には割とたくさんオマージュを入れたつもりなので、是非コメントを書いて当ててみてください!