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三人娘


 キール王国の老兵、小林源三郎の死去。


 それはすぐさま風となってキール王国を回っていった。


 あの源三郎が魔人族に負けた。


 ならば、その魔人族たちはいままでの魔人族とは比べ物にならない力を持っているということになる。


 国の者は恐怖する。


 前魔王の再来だと。


 ……とはいえ、現在王都キールに魔人族討伐に振り分けられる人材はいない。


 いや、数だけならそれなりにいるのだが、源三郎が敗れたとなるとそれなりのレベルの兵では太刀打ちできない。


 絶対の勝利を手に掴みたければ、獅童玲、齊藤香澄、いまは遠方にいていないがエスネア・イングリッドなどを総動員しなければならないだろう。


 だが、ここ最近キール大陸の各国に無差別に攻撃を仕掛けてくる北にあるハーウェイ大陸最南端の離れ小島に存在する国、アズマの襲撃に備えるという点でも玲や香澄を城から離すわけにもいかなかった。


 そして王都キールはある処置をした。


 ……賞金をかけたのである。


 









 


 


 アーフェンを越えて北、アストラス街道沿いにある街、エフィランズ。


 アストラス街道がシュレイル、キール、ハーウェイの三国(正式に言えばハーウェイは王国ではなく自治領だが)を結ぶ大街道であるため、エフィランズも人でごった返している。


 ここはそんな状況もあってかキール王国内でも王都キールに次ぐ大都市となっていて、ここでは大抵の物が揃うようになっていた。


 もちろん、そうなれば旅人や傭兵、冒険者などもよく訪れることになる。


 そんなエフィランズの一角。


 とある酒場の中、男ばかりのその中で異様に目立つ三人の女がいた。



「にゃんにゃん♪やっぱりお魚はおいしいねぇ~」



 丸テーブルに座る三人組の中、最も背の低い少女が目を輝かせながら焼き魚を箸で突っついていた。


 端を突っつくたびに揺れる体はあまりに幼げで、そして一緒に揺れる大きな二つのリボン、金髪のツインテールがさらにその少女を幼く見せていた。



「ソニア。食べながら喋るのは行儀良くないわよ」



 そう言ってピッと手に持つフォークで注意を促す青髪の少女。こちらもさきほどの少女同様髪を二つに結っているが、その鉛色に光る鎧のせいか纏う雰囲気のせいか、幼いというよりむしろ凛々しかった。


 そんな青髪の少女に、金色のツインテールを揺らせてその少女―――ソニアはぷぅと頬を膨らませた。



「むぅ。そう言う留美ちゃんこそフォークで人を指すの行儀良くない」


「そ、そんなことをいちいち言わないの!」



 ソニアの言った意外にも正しいことに一之瀬留美は少し顔を赤くさせて机を叩いた。



「お風呂上りに腰に手をつけて牛乳飲みながら『ぷは~』とかいうのも行儀良くないと思う」


「あんたそういうことこんなところで言う!?」



 バチバチと睨み合いを続ける二人。



「留美もソニアももう少し静かにできないのですか」



 そんな二人を仲裁するように口を開いたのはいままで傍観を決め込んでいたどこか落ち着いた感じの少女。


 紫色の髪を編み込んで後ろに垂らせた少女は口に運んでいた飲み物を机に置くと、瞼を開ける。



「酒場の中なのですから多少行儀が良くないのもありです。ソニアも留美もそのような些細なことでいちいち文句を並べなくても良いでしょうに」


「最初に文句言ったの留美ちゃんだもーん。ボクはな~んにも悪くな~い。ねぇ、メデス?」



 その呼び名にソニアの右肩でだれていた猫が鳴き声で答える。



「でも乙女としては許せないことなのよ!シオンにだってわかるでしょう?」


「わかりませんね」



 あっさりと即答で答える彼女の名はシオン・アナムネシス。


 この大陸ではあまり見かけないような独特な衣装。静かで理知的な雰囲気はどこか学者然としていた。


 そんなシオンはお摘みとしてテーブルに置いてある枝豆に手を伸ばすと、二人に等分の視線を向けた。



「それで、これからどうするのです。これ以上のらりくらりとしていたら資金欠如で野垂れ死にですよ」



 う、と動きを止める留美。にゃんにゃん言いながら現実をスルーして焼き魚を頬張るソニア。


 そして重いため息を吐くシオン。


 ……この三人、見た目も性格もどこまでも違う。



 ソニアは南のキャロル大陸、キャル王国から。留美はこの大陸の東、ハーウェイ保護領から。シオンはここよりずっと南東にあるヴァール大陸のセントラルからそれぞれやって来たのだ。


 三人は縁あって出会い、そしてここキール王国までやってきたのだ。


 目的は各々違う。留美は王都キールの騎士になるために、ソニアはいまだ見ぬ魔術を発見するために、シオンは自分に掛けられた呪いを解くための古文書を探すために。


 だがまぁ、全てにおいて金が掛かることは言えること。


 とりあえず傭兵家業を続けながらここまでコツコツと歩を進めてきたが、シュレイル王国からここまでこっち、いまだに一個の仕事も見つかりはしない。


 このままではシオンの言うとおり金欠で日干しになってしまう。



「ねぇねぇ、二人とも」



 重い思考にどっぷりと浸っていた二人にソニアがどこかを眺めながら声を掛ける。



「どうしたのよ」


「あれ見て」



 ソニアが指差した先、そこには酒場独特の掲示板があった。


 酒場はもともと傭兵の集いやすい場所ゆえ、賞金首やなにかの依頼といった情報が掲示板に載せられる。


 が、ここの酒場の掲示板は入ってすぐに確認したのだ。今更なにを……。



「うん?」



 と、顔を向けてみたらちょうど掲示板に店主がなにかを貼り付けているところだった。



「…………ん~?」



 目を擦る留美。いま一瞬見えた金額は通常考えられない額で。


 そしてしっかりともう一度見てみる。



「一、十、百、千、万…………一億ゼニー!!?」



 どかーんと、テーブルがひっくり返るくらいに(実際留美たちが座っていたテーブルがひっくり返ってソニアが「うにゃぁ!?」とか言ってずっこけている)大声を上げ、早足に貼り付けられる寸前のその紙を店主から取り上げる。



「魔人族、ユーリ・アジェスターの首をとった者には一億ゼニーの賞金を与える。……ってこれ、王都キール直属の賞金じゃない!?」


「本当ですね。王都に目を付けられるということはどれだけのことをしたのか……」



 隣にはいつの間に来ていたのか、シオンもその紙を伺い見ていた。



「軍勢、およそ百と少し。アーフェンの村襲撃の後、討伐に向かった王都キールの兵士二百人を抹殺。その時に王都キールの誇る老兵、小林源三郎も死去……ですか。なかなかな暴れっぷりですね」


「感心してる場合じゃないでしょ。これはキールに限らず近隣諸国にとっても由々しき事態よ」


「そうですかね……」



 シオンの生まれはヴァール大陸。


 その中のセントラル王国と言えば、魔人族の女性が統治している国だ。魔人族と言うだけで人間が忌み嫌うことは知識として知ってはいたものの、こうして他の大陸に来るとそれが如実に見えてくる。



(これが生まれの差……というものなのでしょうね)



 まぁ、そこらへん留美は他の人より気にしないし、ソニアに至っては魔人族だろうが天人族だろうが魔術を知っているなら誰でもOKの人物だ。


 いままでさほど気にならなかったのはそれのおかげもあるんだろう。


 そこでシオンはその掲示板にもう一枚の紙が貼ってあることに気付いた。



「留美。あれを」


「え?」



 そこにあったのは傭兵募集の張り紙。


 内容は、魔人族の軍勢は百人弱。個人で行っても勝ち目がないのは明白だからみんなで集まって叩こう、といったものだった。


 賞金は平等に山分けではなく、ユーリ・アジェスターの首を取った者のみとする、といった注意書きも下に書いてあった。



「要は……」


「周りの人間を利用して戦え、といったことでしょう。荒くれ者の傭兵たちが好んで参戦するようにとの配慮でしょうね」



 傭兵と言うのは我が強い連中が多い。


 自分の力に絶対の自信を持ち、他人を過小評価する者が多いのだ。故に力があれど国の騎士などにはなれず賞金稼ぎになったりするわけだが。


 余談だが、留美も騎士志望だったりする。が、彼女の場合あまりにもがさつという理由でハーウェイ保護領の騎士になれなかった過去があった。



「これは、おもしろくなりそうね」


「やはり行くのですか?」


「もちろんよ!集合時刻は…………明後日の夜か」


「とすると、戦闘は深夜か夜明け。相手が魔人族であることを考えれば夜明けでしょうが」


「そうなるとこれは強襲ってことになるのかしら?」


「でしょうね」



 魔人族の単体キャパシティは人間族のそれを大きく上回る。本気で勝ちに行くのなら向こうよりも数を揃えること、また魔人族の苦手な時間や場所で戦うことが前提になるだろう。


 魔人族は闇に生きるもの。太陽の光が苦手な者も少なくないのだ。



「それじゃ装備を整えないとね」



 どこかうきうきとした表情で紙を店主に戻す留美。そして振り返った瞬間、



「あら?」



 なぜか数人の傭兵のような格好をした男たちに囲まれていた。


 しかもその顔に下卑た笑みを浮かべて。



「これはどういう状況だと思う、シオン?」


「さて、わかりかねます。私にこのような野蛮な者たちを理解する思考は持ち合わせておりません」


「ひどい言いようだなぁ、おい、お譲ちゃんたちよ」


「そうだぜ。あんたらみたいな女はそんな物騒なとこ行くもんじゃねえな」


「だな。どうしても貢献したいんなら俺たちの疲れを取ってくれよ」



 そう言って笑い始める傭兵たち。


 ……なんと愚かな光景か。


 それだけの行動でその者たちがどれだけの力も持っていないのは明白だった。


 なぜなら誰も気付いていない。


 ―――刺すような留美とシオンの怒りに。


 いや、それに気付かない鈍感さはある意味幸運とも呼べるだろうが……。



「シオンは手を出さなくて良いわ。こいつらはあたしがぶちのめす」


「それはこちらの台詞です留美。あと仮にも乙女を夢見るのなら『ぶちのめす』はやめたほうが良いでしょう」


「これだけなめられて引き下がるほうが乙女じゃないわ」


「この際あなたの乙女という観念がどれほど間違っているかは置いておきますが、私はゴミの処理はしっかりとしておく主義ですので」



 留美は腰から通常のものよりやたらと長い剣を抜き放ち、シオンは手首の腕輪からなにか糸のような物を引っ張り出す。



「なんだよ、やろうってのか?」



 馬鹿にされたと思ったのだろう。皆その顔に怒りの表情を浮かべ各々に剣を抜いていく。


 店を支配していく緊張感。おろおろする店主をよそに、床を蹴ろうと―――、



「ボクのご飯をぐしゃぐしゃにした~!」



 突如がしゃーんと、そんな音と共にテーブルを吹っ飛ばして起き上がったのはソニア。それ呆気に取られ動きが止まる両陣営。


 そういえばその存在をすっかり忘れていたなぁ、と留美。シオンは気付いていて無視していた。


 どうやらごっ立腹の様子で頬をぷんぷんと膨らませながら、



「もう怒ったもん!ボクの食事時を邪魔するなんてすっごい良い度胸だよ!そんなことする悪いやつらは地獄にGoだよ!」



 ソニアのいる場所は留美たちからこの荒くれどもを挟んで向こう。ソニアの足元には床に散らばった食事とそれを踏んだような跡があった。


 ソニアは食事の邪魔をすると見境がなくなるのだ。


 そうしてソニアは手を翳し、魔術の詠唱に入る。本気らしい。



「まずいわね……。ソニアが怒るとこの店なんて簡単に消し飛ぶわ。逃げましょうかシオン―――ってもういないし!?」



 振り返ってみれば割れた窓の向こうにすでに逃走しているシオンの後姿。さすがはマルチタスクを常とするセントラルの魔導師か。


 ……というか感心してる場合ではなかった。


 ソニアの詠唱はすでに三小節目に入っている。



「本気みたいね、ソニア……。あたしも早く避難しないと……!」



 事の推移がわからずボーっとしてる目の前の男たちや客は放っておいて留美も割れた窓から身を投げ出した。


 周囲を見れば何人かは店から逃げ出している。そのほとんどの者の服装は魔術師関係のものだった。


 そりゃあ、魔術をほんの少しでもかじったことのある者ならソニアのやろうとしていることは怖いくらいにわかるだろう。


 魔術の詠唱は大気のマナを取り込み、この世界の理に干渉して神秘を起こす媒体となる。


 無論、その詠唱が長ければ長いほど、威力、ないし効果は大きくなっていく。


 だが、ただに長くすれば良いというものではない。


 魔術の難しい部分はマナの収集ではなく、むしろ詠唱にあった。


 魔術の行使には多大な集中力を要する。そうなれば、詠唱が長ければそれと比例して集中力も必要になるのは自明の理。


 上級の魔術を使うにあたって難しいのは主に三つ。それだけの魔力を紡げるキャパシティを持つか、それだけのマナを取り込むことのできる器があるか、そして長い詠唱をできる集中力があるかどうか。


 そしてソニアの行っていた魔術工程は三小節。簡単な分類として一小節で初級魔術、二小節で中級魔術、三小節で上級魔術にわけられる。


 他にも四~五小節で形成される超魔術、詠唱などすっとばしてただ多大な魔力のみを使用して行使される古代魔術というものも存在するが、それこそとんでもない話だ。


 そして現在ソニアが唱えていた詠唱は三小節目。魔術師なら誰もがその威力に恐れをなして逃げることだろう。


 他に逃げている剣士や一般人は魔術をかじったことがあるか、身近に魔術師がいたか、もしかしたら上級魔術の威力を知っているのかもしれない。


 だが、わからない者にはとことんわからないのが魔術というもの。実際留美も身近に瑞希やソニアといった大魔術師がいなければいまごろはあおの店の中でボーっと突っ立っていただろう。


 ピリピリと肌を焦がすようなマナが店を中心に渦巻いていく。


 素人目にもわかるほどの強大なマナ。魔術の完成が近い証。ここまできて、ようやく店の中が騒がしくなってきた。


 しかし、もちろんそんなものは遅い。


 留美も十分な距離を取ったとは言いがたいが、仕方なくその場で頭を伏せた。そして次の瞬間、



「『灼熱の烈火(インフェルノ・エグゼ』!」



 轟音と共に店を吹っ飛ばし、空にも届かんばかりの大きな紅の火柱が立ち昇った。


 























 


 


 風の噂で聞いた話によれば、あの事故による死者は奇跡的にもいなかったらしく、全員重傷ですんだらしい。

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