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未定

時刻は既に朝を跳び越えて夜に移り変わっている。



 ……それだけあの戦いは長かった。



 地上、地下共に敵勢力の全滅が確認されたのがついさっき。……全てに決着がつくまで十二時間もの時間を要した事になる。



 そしていま、いつもの作戦室はしかしいつもよりもその人口密度を増していた。



 ユーリの他に参謀のアイン、オリヴィエ、アリス、エステル、ユリウス、鈴菜、水菜。(ミミはさらに封印を掛け、魔封じの間に保管した。)さらに先の戦いで仲間になった時谷、ソニア、シオン、目を覚ました留美。そして突如現れたみなもと、見ず知らずの少女が一人。 



 そのみなもの横で縮こまっている少女は、名をマリーシア=ノアというらしい。目に付くのはやはりその漆黒の翼だった。魔人族のような暗黒の翼。……しかしその少女の気配は魔人族ではなく明らかに人間族のそれだった。



 ……わからないが、いまはとりあえず置いておこう。問題は山積みで、時間が惜しい。



「…………私は納得できかねます」



 おもむろに口を開いたのはアインだった。



「なにがだ?」



「こやつらのことです。人間族の娘……はまぁともかくとして、天音時谷を配下にするなどと。背後から襲われるかもしれないのですよ」



「あぁん?アイン、てめぇのその口うるせぇ態度は昔っから変わんねぇな?」



 椅子にふんぞり返っていた時谷が睨みつけるようにアインを見る。



 だが、アインはそんなことなど微塵も感じないかのように鼻で笑い



「……あなたのその汚らしい言葉使いも相変わらずのようだ。聞いているだけで虫唾が走ってくる」



「それはこっちの台詞だボケ。大した力も持たねぇくせにぐちぐちとうるさいんだよ。てめぇの大将が決めたことだろ。なら頷いて素直に従うのが配下の役目ってもんじゃねえのか、あぁ?」



「だからこうして抗議しているのだ。あなたのような頭ではなく身体だけで生きているような愚者にはわからないかもしれないが」



「……んだと?」



「よせ二人とも」



 殺気立つ二人の間にユーリの声が届く。



 それだけで二人はそれぞれフン、と吐き捨てて視線を外した。



「アイン。時谷を仲間に加えたのは俺の判断だ。変える気もない」



「しかし……」



「くどいぞ」



「………………ユーリ様がそこまで仰るなら私からなにも言う事はございません」



 明らかに納得していない顔だったが、そんなことはユーリの知ったことではない。時谷は戦力になる。それだけだ。



「えっと、わたしから質問いいかな?」



 そう言って手を上げたのはみなもだった。



 ……久しぶりだな、とユーリは思う。



 たしか一番最後に会ったのは父親が殺されたあのときだ。あのときのドタバタではぐれて……ずっと会っていなかった。



 ……ゴタゴタしていて久しぶりの再開の挨拶もろくにしていないな、と思ったがそれは後でも良いだろう。



「なんだ?」



「ユーリがキール相手に戦いを挑んだ、っていうのは風の噂で聞いた。だからわたしはユーリの居所がわかってここに戻ってこれたわけだし。でも、わたしたち昨日キール王国に着いたばっかりで詳しい状況はわかってないんだ。ユーリはいったい誰と戦ってるの?なんかキール以外にもいるみたいだけど……?」



「俺が戦っているのは第一にキール王国だ。あとはそれを邪魔する魔人族と天人族……。魔人族はお前の義父……マクギリスと戦っている」



「え……お義父さんと?」



 それを告げたとき、ユーリはみなもが激昂すると思っていた。



 ……だが、予想に反してみなもはどこか諦めたような、小さな笑みを浮かべるだけだった。



「そっか。……お義父さんは、まだユーリのことを認められないんだね」



「みなも……?」



「まだユーリのお父さんが健在の頃から……お義父さんはユーリを認めてなかったから。半魔半神の子なんて、……ってね。それでもお義父さんはおじさんの子供だから建前じゃユーリに優しくしてたけど」



 それはユーリも薄々感付いていたことだ。いや、おそらく父も気付いていただろう。



 子供の頃、マクギリスから向けられた優しさは虚偽だと。



 しかし、だからといって特に困る事はなかった。それが例え嘘であったとしてもマクギリスはユーリに良くしてくれたのだから。



「それで、ユーリはこれからどうするの?」



 みなもの言葉に、ユーリはその感傷を捨てた。



 ……いまは、昔を懐かしんでいる余裕なんてないのだから。



「先程ここを襲った魔人族は相当な数だった。おそらくマクギリスはあれで決着をつけるつもりだったんだろう。……だろ、時谷?」



「あぁ、多分そのつもりだったと思うぜ。あれは軍勢の三分の二以上を使ったからな」



「ということはフォベイン城に残っているのはあの三分の一、ということになる。……なら、いまこそチャンスだとは思わないか?」



「チャンス……?」



 みなもの怪訝そうな言葉にユーリは「そうだ」と頷き



「向こうは本気で勝ちに来たんだ。まさか負ける、なんて思ってはいないだろう。……なら、今度はこっちが奇襲をし返して慌てさせてやる」



 ユーリを除く全ての者が息を飲み込んだ。



「お考え直しください、ユーリ様。確かにあちらも相当数の兵力を失いましたが、それはこちらも同じことです」



「主要メンバーは全員無事だ。ここに集まっている者が、たかが百程度の魔人族に負けるか?」



「……まさか、ユーリ様はここにいる面々だけで奇襲を仕掛けるつもりで?」



 ユーリは笑みを浮かべた。その笑みは『なにを当然の事を』といった意味の笑み。



「時谷。向こうの手練はマクギリス以外に誰がいる?」



「マリンと速水瞬……の二人だろうが、いま速水はいねぇよ。もともとはぐれ魔人族だったからな、もしかしたら別の魔人族の元に行ったのかもしれねぇ」



「つまりマクギリスと天野マリン以外に手強い者はいない。…はならば俺たちだけで十分だとは思わないか、アイン?」



「………………ご随意に」



 もはや何を言っても不可能、と判断したのかアインは一つ分身体を引いて「異議なし」を体現する。



 それにユーリは頷き、テーブルに座る面々を見回した。



「ユリウス。いけるか?」



「当たり前だ」



「鈴菜は?」



「魔力がちょっとキツイけど、雑魚相手ならなんとかなるわ」



「オリヴィエ」



「ボクは平気だよ」



「アリス」



「いけます」



「時谷」



「左腕がないのはちっとキツイが……、まぁあの天野をボコボコにできるのかと思えばなんでもないぜ」



「ソニア」



「ボクも魔力が少し心許ないけど……、援護くらいならいけるよ」



「シオン」



「連続戦闘への支障は皆無です」



「留美」



「あんたにやられた腹が痛いけど……やれるわ」



 そして最後に、ユーリはみなもを見た。



「……お前はどうする、みなも?」



 傾けた視線に、しかしみなもは笑みでもって答えた。



「もちろんいくよ。お義父さんには、……そろそろユーリの事を認めてもらわなくちゃ」



 よし、とユーリは頷いた。



「善は急げだ。すぐに向かうぞ。時谷、地下迷宮にやって来たお前ならフォベイン城への道もわかるな?」



「あぁ」



「よし。なら案内してくれ」



「あ、あの!」



 立ち上がったユーリの耳に声が届いた。



 その声はエステルのものだった。見れば、その隣に水菜もいる。



 ……先程ユーリが呼ばなかった二人だ。



「あの、私たちは……」



「今回、エステルと水菜はここに残ってもらう」



「そんな、どうしてですか!」



「足手まといだからだ」



 静かに、しかしハッキリとした言葉にエステルの動きが止まる。



「使い魔の残ってない水菜、魔力の残りが乏しいエステルが生き残れるほどマクギリスは甘くない。だから残れと言った」



 ………確かに、エステルは地下に魔人族が襲撃してきた当初一人で迎撃していたせいか魔力がもうほとんど空だ。



 水菜も言われた通り使い魔が残っていない。



 事実を突きつけられ、俯く二人。



 そんな二人に背中を向けて、ユーリは作戦室を後にした。



「……それに、この機に誰かが攻めてこないとも限らない。どの道誰かが残らなければいけないんだからな」



 ……去り際に、それだけを残して。



「……ユーリ様」



「ご主人様は、エステルさんや水菜様を思ってここに残したんです。……そのこと、わかってあげてくださいね」



 アリスがユーリの後を追う前に二人にポソリと残していった。


 


 


 


 席を立ったみなもは、横で心配げに見上げるマリーシアに笑みを浮かべた。



「それじゃ、マリーシア。着いて早々悪いんだけど、ここで待っててくれる?」



「え、と、あ…………よく事情はわからないんですけど、……わ、私は暴力は……反対です」



「うん。いろいろ言いたいことあると思うけど、今回は我慢してね。今度、ユーリにもしっかり紹介するし、ちゃんとお話もしよう」



 でもね、とみなもは続け、



「戦うことでしかわからないこと、理解できないこともあるんだってこと、知っておいて。戦いはなにも怖いだけのものじゃないから。ね?」



「………………わかりません」



 どこか拗ねたようなその表情に、みなもはクスリと小さく笑った。



「そうかもしれないね。でも、きっとそのうちわかるよ」



 ポン、とマリーシアの頭に手を置いて、みなもは反転した。



 そう、戦わなければわからないことがある。



 そして例え力ずくであろうとも、わからせなければいけないことも。



(お義父さん……)


 自分の義父、マクギリスは大きく誤解している。



 半魔半神は、忌むべき存在などではない。魔人族の汚点でもない。



 ……それを知らしめるため、みなもはギュッと剣を握った。

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