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前方に大波、後方に断崖(Ⅱ)


「そんな、あの魔術を相殺されるなんて……!?」



 突如敵軍団の中央から湧き出た炎によって相殺された自分の最強魔術。


 あまりのことにアリスはただ愕然としていた。



「アリス、ボーっとするな!敵が来るぞ!」


「あ、は、はい!」


「魔力はまだいけるか?」


「はい、できます!」



 よし、と頷くユーリ。


 ユーリとてアリスの最強魔術が相殺されたことには驚かされた。


 だが、同時におもしろくもあった。


 どこに属する人間族か知らないが、それだけの力を持つ敵が目の前に立ちはだかっている。


 ユーリは剣を抜き、迫り来る数え切れないくらいの敵に視線をやった。


 アリスの魔術で葬れたのはおよそ八十人といったところだろうか。それでも見渡す限りの軍勢は減ったようには見えない。


 そしてやってくる人と剣の波。



「いきなり賞金首の登場とは!」


「はっ、これは簡単な仕事だったぜ!」



 口々にそんなことを言いながら降ってくる剣の雨。


 だが、ぬるい。その程度の剣撃ではユーリを倒すどころか指一本触れることすらできない。



「ふん!」



 一振りで四人の傭兵を切り倒す。このレベルなら、何人掛かってこようとユーリは平気だろう。


 だがアリスはどうか。



「くっ、ロリス!」



 アリスを取り囲む兵士たちの攻撃を捌くのは使い魔であるロリスの役目。だが如何せん敵が多すぎる。捌いても捌いてもきりがない。



「障壁が、もたない……!」



 ロリスの攻撃が間に合わないからアリスは障壁を張って凌いでいるのだが、これでは攻撃が出来ないし、なにより障壁とて永遠ではない。



「おらぁ!」


「!」



 ガシャーン!


 氷の障壁がガラスの割れるような音とともに破砕する。ロリスとの距離はわずかに離れ、新しい障壁の構築も間に合わない!



「もらったぜ、女!」



 振り上げられる剣。―――だが、



「させないわよぉ!」



 斬撃。そして発火。


 その男は炎にまみれながら断末魔の叫びを上げて倒れた。


 そのまま奔る影。


 視認すら適わないスピードで奔るなにかはアリスの周囲にいた敵を次々と切っては燃やしていく。


 こんなことができる人物は、アリスの知る限り一人しかいない。



「ミミ様!」


「大丈夫、アリス?」



 ザッ、とアリスのすぐ隣に着地したのはやはり獣人族ミミ。


 そして彼女だけではない。


 上空から光の矢が、後方からは暗黒の矢が飛んできて敵兵を穿っていく。



「お待たせ、ユーリくん、アリスさん」


「もう、二人でこれだけの人数相手にするなんて。あいかわらず無茶なことするのね」



 上には一対の翼をはためかせグランヴェールを構えるオリヴィエが、後ろには弓を構えてやれやれと苦笑している鈴菜の姿があった。



「みなさん……」


「もうみんなこっちにくるわ。さぁ、反撃開始よ」



 鈴菜が指差す先からはユリウスや水菜を筆頭にユーリ軍の兵士や魔物が向かってきていた。



「ユーリやアリスをいじめるやつはミミが許さないんだから!」



 大きく地を蹴るミミに続くようにオリヴィエが、それを援護するように鈴菜が続く。


 アリスも気を引き締め、魔術を唱え始めた。








 


 ぶつかりあう傭兵部隊とユーリ軍。


 乱戦の模様を展開していくそれをよそに、ある者たちも動き始めていた。


 


 























 


 天井が大きく揺れる。



「また戦ってるんですね……」



 地下迷宮の天井が揺れるほどの激戦。どっちに勝ってほしいのか、なかなか複雑で答えの出ないエステル。


 一昔前なら確実に人間側を応援しただろうが、ここにきてその気持ちは薄まっている。


 アリスには死んでほしくない。……ユーリにも。


 だが、魔人族側の勝利を望むと言うことは人間側の敗北を願うのと同義だ。


 ……揺れる心。


 自分はいったい、どうすれば良いのだろうか。


 ふぅ、と小さくため息を吐いて―――、


 ドカァァァァァァン!


 突如大きな爆音と共に地下迷宮が大きく揺れた。



「な、なに!?」



 慌てて寝台から飛び起き、部屋を出て廊下を確認する。すると、



「えっ!?」



 そこには―――魔人族を殺している魔人族がいた。



「うぎゃぁぁぁ!」


「ははは、ユーリ・アジェスターのいない地下迷宮なんて恐るるにたらねぇな!」



 そんな言葉を聞いて、エステルの頭に浮かんだのは強襲の二文字。


 アリスから敵対している魔人族がいると聞いてはいたが、まさか戦闘員がほぼ全員地上に出ているこんなタイミングで現れるなんて……。


 いや、おそらくそのタイミングだからこその強襲か。


 そんなことを考えていると、再び遠くで爆音、地下迷宮が揺れる。


 どうやら各地で侵入されているらしい。



「……このままじゃ!」



 エステルはすぐにアリスに教えてもらった念話の魔術を唱えてこの異常をアリスに送った。


 念話と言っても口でやるような会話が出来るわけではなく、一方通行の、伝達に使えるくらいの言伝でしかない。


 成功しただろうか、届いただろうか。


 ……確認する術はない。だが、今はそう信じて自分のできることをしなくては。



「おや、こんなところに人間がいるぜ?」


「ホントだ。なんだ、家畜か?」



 ハッとして振り向いてみれば、そこにはオークのようながたいをした……しかしそれよりも強い魔力を秘めた魔人族が二人立っていた。


 手には巨大な血のついた斧。その後ろを見てみれば、斬り殺されたのか、魔人族の死体が累々と転がっていた。



「ついでだ。戦利品としてもらっていくのはどうだ?」


「慰み者にでもするか?そいつはいいなぁ」



 無造作に手を伸ばしてくる魔人族のうちの一人。残っているのが非戦闘員だという油断があったのだろう。


 だが捕まってやるわけにはいかない。それに相手は魔人族、しかもユーリやユリウスなどと違い明らかに最低な連中。


 ―――自分だって戦える。


 それに、ユーリやアリスが留守の間にこの地下迷宮を我が物顔で闊歩されるのも、なぜだかすごくイライラする。


 その伸ばされた手を横にかわし、呪文を詠唱しはじめた。



「「な!?」」



 魔術の詠唱、ということに驚く魔人族二人。だが、遅い。これでもこの数日間、それなりに魔術の勉強はしていたのだ。


 新しい攻撃魔術も会得している!



「『突き抜けし水の刃(ウェイブスライサー)』!」



 圧縮された水の刃はどんな刃物より鋭く物体を切り裂く。


 中級魔術ではあるものの操作が難しいことで有名な術で、殺傷能力が高いということで教会では教えられなかった魔術。


 だがそれをエステルは習得し、しかもこれだけ自在に扱って見せた。


 一瞬で身を切り刻まれた魔人族は悲鳴をあげる暇すらなく絶命した。



「う……」



 ……初めて。初めて生き物を殺した。


 なにかを救いたいがために教会に入った自分が、生き物を殺したのだ。


 震え出す身を、しかしどうにか押さえ込む。


 ……守るためには、戦わなくてはいけないときだってある。そう、言い聞かせて。



「……ユーリ様やアリスさんの留守は、私が守らなくちゃ」



 ここに、エステルは生まれて初めて『戦う』という決意をした。


 


 
























 


「ご主人様!」



 乱戦の中、敵兵の中を突き進むユーリのもとにアリスが慌てた様子で駆け寄ってきた。



「どうした?」


「それがエステルさんから念話が届いて、地下迷宮が魔人族によって強襲を受けていると!」


「なに!?……詳しい状況はわかるか?」


「いえ、それが……。ただエステルさんが単体で迎撃に出てくれているようですが……」



 あのエステルが戦っている?


 疑問にも思ったが、それは助かることだ。地下に残っているのはほとんどが非戦闘員。誰かが守らなくてはただ蹂躙されるだけになってしまう。


 ユーリは決断する。



「軍隊を二分する。ユリウス!」


「なんだ?」


「地下迷宮が魔人族に襲われてる。おそらくマクギリスの手の者だろうが、このままではなにもせずに陥落してしまう」


「……あいつら、姑息な真似を」



 ギリッと歯噛みするユリウス。それはユーリも同じ気持ちだった。



「いまエステルが迎撃してくれているようだが、一人で倒せるようなやわな連中をあのマクギリスが送ってくるはずがない。だからユリウスにはミミやオリヴィエ、アリスと二分した兵隊を連れて地下迷宮に戻ってほしい」


「だが、こっちの敵の数は半端じゃないぞ。数で押される可能性が出てくる」


「仕方ないだろ。地下迷宮を抑えられては話にならない」


「……わかった。ミミ、シュテルン、オリヴィエ、ついてこい!」



 後退し、兵隊を掌握していくユリウス。あまり統率などに向かない彼だが、このさい四の五のは言ってられない。


 それに付き従うようにミミとアリス、オリヴィエが続いていく。



「気を付けてね、ユーリくん!」


 一瞬だけ振り向き、オリヴィエはそれだけ言って地下迷宮へと飛んでいった。



「さて……」



 これでこっちの兵の数は五十人。対して傭兵軍団の数はまだ四百をきったくらいだろうか。


 戦力比およそ八倍。さすがに勝率は低いか……。



「だが、やるしかない。俺はこんなところで死ぬわけにはいかないのだから!」


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