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いつだってキミが世界の真ん中だ!  作者: 憚 岩三
「あかんのか?平和を夢見ちゃ、あかんのか?」
8/12

第8話

ある学園の、あるクラスに、同じ夢を抱く少年たちと少女たちが偶然集っていた。

彼らの夢は「世界平和」。


夢を実現するために、彼らの戦いが始まる。


「あかんのや、平和を夢見ちゃ、あかんのや」


悔し気に表情を歪ませ、秋葉七は言った。



放課後。


秋葉七は、教壇の前に立っている。


教室内には、七の他に数名の生徒がいる。


皆、自分の席や、適当な席に座っていた。




秋葉七は、自己紹介にて、『夢は世界平和』であると発言した。


その後の自己紹介で、何名かの生徒が、七の自己紹介に触発され、同調した。



一人は、桃園誓。


小さくて可愛らしいお団子頭の女子生徒だ。


七の自己紹介を聞いて、涙ながらに拍手を送り、自らの夢も世界平和であると発言した。



一人は、祖谷納屋牢。


長身かつ細身、真っ黒い髪と不健康そうな色白の肌をした男子生徒だ。


世界が平和な方が、自分にとって都合がいいから協力する、と発言した。



一人は、道上野運子。


特に目立つ顔立ちではないものの、女の子好きな七から『美少女』と判断される雰囲気を醸し出す女子生徒。


世界平和は実現不可能で、あり得ないことであると思い込んでいたが、願ってもいいことに気付かせてもらい感動した、と発言。



一人は、六釣米助。


短髪で茶髪、二枚目でも男前でもハンサムでもないが、口調は軽く、態度は陽気で柔らか、『女の子が大好き』と言い切る男子生徒。


世界を平和にした男になることができれば世界中の女の子からモテる、という理由で世界平和を夢とする、と発言した。



クラス全員の自己紹介が終わったところで、秋葉七は改めて話し始めた。


それは、自分の夢に共感してくれた人に対する礼であった。


そして、『世界平和を願わないで欲しい』と、自身の夢に相反するようなことを言った。


そこで一時限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。


運子、誓、米助は首を傾げて理解できないというポーズを取った。


牢はニヤニヤと笑っていた。


七は説明のための時間を要求した。


以前から七のことを知る舵浜命はその場の空気を読み、担任教師に対し、放課後に教室を利用する許可を求めた。


担任は、利用できるのは下校時間までであることと、教室内を散らかさないことを条件に、許可をした。



そして、現在に至る。



教室内にいるのは、七と命、2人とは以前からの友人である半田鶴、牢、米助とその友人2人、さらに誓と松、そして運子の10人だった。



「ねぇ、なんで平和を夢見ちゃいけないの?」


改めて、世界平和を夢見てはいけない、と言った七に対し、誓は、穢れ無き純粋な眼差しで見つめながら訊ねた。


あまりの可愛らしさに、つい財布を出してお小遣い(千円)を渡しそうになった七だったが、命と、自称『誓の保護者』(誓曰く『お嫁さん』)の梅竹松に睨まれたので、止めた。



七は、教室にいる他の面々を観ると、皆が皆、自分の回答を待っているような表情をしていることに気付いた。


「そんな心配せんでも、ちゃんと話すから安心してぇな」


そういうと、制服の懐から何やら取り出し、操作をしてから教壇の上に置いた。


小型のICレコーダーである。


会議やインタビューなどの会話を音声データとして記録することができる電子機器だ。


「理由あって、これから話すことは録音させてもらう」


理由を知っているのか、それを聞いた命は軽く頷いた。


何か聞きたそうな表情をしている誓や運子の顔を観た七は説明をした。


「理由っちゅうんは、要は、ここでの会話を記録として残しておきたい、っちゅう話や。録音した音声をネットに公開とかせんから、気になることがあったらドシドシ質問して欲しい」


七がそう言うと、軽く右手を挙げながら、牢が訊ねた。


「ちなみに、記録した音声は何に使うんだ?大人になってから青春の思い出として聞き返す、ってわけじゃないんだろ?」


相変わらず顔面にはニヤけた表情が張り付いている。


牢からの問いに、七もニヤけた表情を返してみせた。


「質問されたからには回答せにゃならんのう」


おっさんのような口調だった。


「要は、文字起こしをするために必要なんや」


「文字起こし?秋葉の話だけじゃなくて、例えば、今の俺との会話も文字に残すってことか?」


「なんや、物分かりがええやないか、多少の編集はするが、概ねその通りや」


「ふーん、本名は出すのか?」


七は即座に回答しなかった。


牢の言葉に驚き、回答できなかった、というのが正しい。


僅かな会話で、自分が言おうとしていることを理解されたような感覚を受けていた。


「いや、名前は匿名にする」


「なるほどね、いーんじゃないの」


合点がいったのか、牢は挙げていた右手を下ろした。


その表情はニヤけてはおらず、どこか涼し気であった。


七の表情からも、ニヤけたものは剥がれていたが、不満げな表情をしていた。


牢に対し、何か言いたい、聞きたい気持ちが少なからずある。


しかし、今はその時間ではないと理解していた七は、牢以外の生徒に話し始めた。


「思い出して欲しいんやけど、ウチさ、自己紹介が終わった後、放課後に、世界平和を願ったらあかん理由を説明する、って話をしたやん?」


牢以外の生徒は頷いた。


牢は両手を枕にし、机に突っ伏すような体勢をしていた。


「あんとき、まだ授業終わったばっかりやったし、クラス内に生徒って全員いたはずやん?」


誓が、何かを思い出したような表情をした。


どこか苦し気な、嫌な記憶が蘇ったかのような、後ろ暗い表情だった。


それに気づいた松は誓の様子を伺った。


松と目が合った誓は、軽く微笑んでから小さく頷いた。


七も誓の変化に気付いていたが、隣に松がいるのを理解していたので、話を続けた。


「で、今、この教室内には、ウチを含めて10人おる」


そう言うと、七は腕を組み、目を瞑った。


「これを、多いと取るか、少ないと取るか、やな」


そう言うと、閉じた目を開き、嬉しそうに笑った。


「世界の平和について話そうっていうのに、10人しか集まらんのかい!っていう気持ちもあるんやけど、ウチ的には正直に言うと、10人もおるんか!って気持ちもあんねん」


そう言うと、両手を胸の前で組んで、お祈りするようなポーズをしながら体を左右に揺らせてみせた。


浮かれているような印象を受ける仕草である。


以前から七を知る命と鶴は、どこか感慨深げな表情をしていた。


先ほど少し辛そうにしていた誓は、人差し指で軽く右目に触れた。


涙を拭うような印象を受ける仕草である。


「わからんけど、ホンマは、もしかしたらウチの話を聞きたいけど、事情があって来れん、っていう人もおるかもしれんやん?そういう人たちのために、記録として残しておきたいんよ」


「あ、草井さんと黒井さんから『部活動の見学に行くから放課後残れないけど、面白そうな話だし後でどんなだったか教えて』って言われたよ」


「ホンマか?運子ちゃん」


にっこり、という表現がぴったりな愛想の良い笑顔をしながら運子は頷いた。


「でもよー」


顔面の右半分を机に付けたまま、牢が話し始めた。


「それだったら、録音した音声を、来てない連中に聞かせりゃ済む話じゃねーの?わざわざ匿名にして文字起こしにする理由って何よ」


七にとって、素敵な話の流れを断ち切るような牢の問いであった。


無視しようかと思ったが、質問で返すことにした。


「お前さぁ、ウチが何を話したいか、何となく気付いてるんちゃうか?」


「お前じゃない、祖谷納屋 牢だよ、俺は」


机に突っ伏した体勢はそのまま、顎を机に乗せ、牢は正面に七を観た。


ニヤけた表情ではない。


真顔だ。


どうやら、『お前』と呼ばれたことが気に入らなかったらしい。


「あー、悪かったな、いやなやん。これでええ?」


「うん、悪くない」


七がつけた愛称を気に入ったらしく、牢は笑顔で答えた。


運子に負けず劣らず、愛想の良い笑顔のはずだったが、七は不気味な印象を受けた。


「で、文字起こしにする理由だよな」


牢は、突っ伏していた体を起こして話し始めた。


「秋葉と俺たちの会話を、記録してまで伝えたいのは、今、ここにいない人間が対象ってことだな」


「そうや」


七は牢を強い視線で観ていた。


「このクラスには、さっき道上野が言ってた2人以外にも、秋葉の話を聞きたかったっていう人間がいるかもしれないしな」


七は黙って牢の話を聴いている。


「でも、ここにいない人間って、実際は何人いる?」


牢は、誰とはなしに訊ねた。


「たしか、うちのクラスは38人だったよね」


「じゃあ、来てないのは28人か」


米助の、以前からの友人らしい、小柄な生徒がクラスに在籍するの生徒数を言い、小太りの生徒が牢の問いに回答する形になった。


牢は、くしゃみをする寸前のような顔をした。


その回答は、牢が期待するものではなかったらしい。


「少なくね?」


そう発言したのは、六釣米助だった。


「ここにいない人間ってのは、つまり、俺たち以外の全人類、数十億人ってことか?」


米助の答えを聴いた牢は、いつものニヤけ顔で七を観た。


「そうや。ウチは、全世界、全人類に向けて、情報を発信したいと思っとる」


小太りの生徒、十萬石億獣じゅうまんごく おくじゅうは目を見開き、ギョっとしたような表情をした。


「全世界って…話が大きすぎやしないか?」


「そうでもないやろ」


困惑する億獣をよそに、七は笑ってみせた。


「ネットがあれば、誰だって全世界に情報を発信できる時代やん」


そう言うと、自らを窘めるように軽く右の頬を右手で叩いた。


「問題は、その情報を伝えられる範囲が不特定っちゅうことや」


今度は教壇を軽く叩いた。


「ネット上の掲示板やコメントの書き込みは、言語の違いとか、地域によってコンテンツが表示されないことがあるとか、色々と問題は考えられるけど、基本的には世界のどこからでも閲覧可能やろ」


七の言葉に理解を示した億獣は会話を続けた。


「たしかに、国ぐるみで海外の情報を遮断するような施策をしてなければ、ある程度はそうかもね」


「せやねん。せやから、口コミが大事やねんな。ネットが無くても、口頭でも手紙でも情報は伝えられる。まぁ、その話はいったん置いておいて。今はネットを利用した情報発信の話や。正確に効率よく情報を伝えるためには、環境と情報を取り扱う人間の知識や文化レベルも大切やし、それに情報自体の話題性と、情報発信者の知名度も重要や。そういった点を踏まえたうえで拡散力を確保できれば、今すぐ世界中どの国へも情報を伝えることができるはずやねん」


七の言葉が熱を帯びつつある半面、その言葉を理解できない運子と誓は唖然としていた。


そのことに気付いた七は、また右の頬を叩いた。


今度は「パチン」と音がするくらいの強さだった。


「ごめんごめん、ちょっと調子に乗ってもうた。順番に、1つずつ話すさかい、堪忍な」


「ううん、大丈夫よ、色んな言葉をたくさん聴いたからちょっと驚いちゃったけど、なんとなく、言ってる意味は理解できたわ」


運子はそう答えると、誓の表情を伺った。


誓も、自信なさげではあるが納得はできているようで、運子の目を観て二度三度頷いてみせた。


そして「難しい話はよくわからないけど」と前置きし、七に訊ねた。


「わ、私が喋ったことも、全世界の人に知られちゃうの?」


笑顔で頷いた七は、誓の目を真っすぐ観ながら答えた。


「基本的に、ウチらの正体はバレないようにするつもりや。会話の本質というか伝えたいことは変えんけど、口調とか、使った言葉とかは微妙に変えるし、名前かて誰にもバレへんように全然違う名前にして書くから大丈夫やで」


「そ、そうなんだ。でも、なんで…」


誓が七に何か尋ねようとしたところで、牢が割って入ってきた。


「録音した音声だと、色々とまずいもんな。名前はピー音を入れればバレないとして。声質はエフェクトかけても特殊なツール使われたらバレる可能性あるし、口調で特定される可能性もある。何より、元の音声ファイルが流出したら身バレまったしだ。特定されてヒマな奴に凸される、ってか」


「キミはホンマに嫌な間で話に入ってくるなぁ、いやなや君」


ひと昔前のお笑い芸人のような口調であった。


「音声を文章化したら、音声データは即刻削除する。そこは信頼して欲しい。絶対に流出させへん」


「別に、俺はどっちでもいいよ。なんなら本名でもいいし」


「アホか、そしたらウチらまで特定されてまうやろが」


「あぁ、そうか。お前、頭いいなぁ」


「お前ちゃう、ウチは秋葉七や」


「そうか、俺は祖谷納屋牢だ」


七は面倒臭そうに話していたが、牢は七との会話を楽しんでいるようだった。


「んで、誓ちゃんや」


そう言うと、七は誓を観た。


牢も誓を観て、右手で空中にチョップをし、詫びるようなポーズをした。


意図していなかったものの、結果的に自分が誓の話を遮ってしまったことに気付いていたらしい。


「なんで、そこまでバレることに気を付けなあかんのか、ちゅうことを聴きたいんかな?」


「う、うん」


「えぇ質問や」


自分が聞きたいことを言い当てられて驚く誓に、七は優しく微笑んだ。


「良い質問て、自分で言ってりゃ世話ねーな」


「やかましいわアホンダラボケナス」


小声でツッコミを入れた牢に対し、七は小声で罵倒した。


顔は微笑んだままであった。



「話を、最初に戻そか」


思えば、七が録音をし始めたことから、会話の方向がズレてしまっていたのだ。


「なぜ、世界平和を夢見ちゃあかんのか」


誓が、七に対し、問うたことである。


誓は、七を観ている。


七は誓を一瞥し、目を閉じて喋り始めた。


「なぜならば、世界平和を実現しようとする者は」


七は、少しの間を置いた。


そして、目を閉じたまま言った。


「必ず、殺されるからや」


感情が無いような、淡々とした口調だった。



この物語は、実際に起きた出来事を基に作られたフィクションです。

作中に登場する人物や団体は実際には存在しません。

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