第4話
ある学園の、あるクラスに、同じ夢を抱く少年たちと少女たちが偶然集っていた。
彼らの夢は「世界平和」。
夢を実現するために、彼らの戦いが始まる。
自己紹介が始まる前に、話は戻る。
入学式が終わり、生徒が教室に入ると、それぞれの机の上には、一枚のプリントが置いてあった。
プリントには、クラスに在籍するすべての生徒の名前と、読み方が記載されていた。
上から下に向かって、五十音順に生徒の名前が並んでいる。
担任の教師が自己紹介をするよう促した後に、「あ」で始まる秋葉七から、自己紹介が始まった。
「あ」行の生徒たちの自己紹介が終わり、次の生徒が起立した。
女子生徒、である。
身長はお団子頭の誓よりも少し高いが、七、牢、松といった高身長の生徒と比べると、明らかに小さい。
しかし、身長のことなど気にならないような特徴が彼女の顔にはあった。
ギョロっとした大きな目。
異様なほど深く黒いクマ。
目は充血しており、慢性的な寝不足であることが誰の目にも明らかだった。
おかっぱボブと呼ばれるような髪型をしているが、不揃いで、整っていない。
理髪店や美容院で調髪されたわけではなく、自分でカットしているようであった。
女性らしからぬ雑なヘアスタイルであるが、不思議と彼女にはそれが似合っているように見えた。
殺伐とした、浮世離れした雰囲気が、目に見えるオーラのように彼女の周囲にはあった。
「私の名前は、舵浜命です」
落ち着いた、毅然とした口調だった。
「さっきから騒いでる秋葉さんとは以前からの知り合いでして、うるさかったんで後で叱っておきます」
七がミコちゃんと呼んだ生徒が、命だった。
知り合い、と他人行儀な言われ方をされた七は、口を大きく開けて、驚いたような、ショックを受けたような素振りをしたが、命は無視した。
「私も、秋葉さんや桃園さんのように、世界は平和になるべきだと思っています」
何一つ間違ったことは言っていない、という自信と確信に満ちた喋り方だった。
プリントを見て、あらかじめ誓の苗字が桃園であることを理解していたようである。
「ただ、自分の夢となると、少し違っていて」
そう言うと、命はひとつ、鼻息を吹いた。
「私の夢は、この世から『自殺』を撲滅することです」
力強い物言いだった。
凄味があった。
迫力があった。
声のトーンは少し低くなっていたが、そのことが逆に発言を強く印象付けた。
明らかに、怒りが込められていた。
明らかに、憎しみが込められていた。
明らかに、恨みが込められていた。
僅かに、悲しみが込められていた。
大きな目は、虚空を睨んでいるようであった。
両の手は、指先が手のひらにめり込むほど握り込まれていた。
仁王立ち、である。
直立不動、である。
何らかの『化身』ではないかと思えるほどの存在感であった。
命の夢を聞いた七は、自慢げなドヤ顔をしていた。
どうやら、以前からそれを知っていたようである。
「お前に何ができるのか、と言われたら、正直なところ返答に困りますが、とりあえず自殺しそうな人を見つけたら、ブン殴っていこうと思うので、よろしくお願いします」
そう言って頭をペコリと下げて一礼すると、命は席に座った。
妙なことを言う命に対し、多くの生徒は「何がよろしくなのか」と心の中で突っ込んだ。
「ぷっ・・・ハハハ」
笑うのを堪えていたものの、我慢できずに声を発した生徒がいた。
色白で真っ黒い髪の毛をした男子生徒である。
祖谷納屋 牢であった。
牢は席に座ったまま後ろを振り向き、少し離れた席に座る命に対し、身を乗り出して右手を差し出した。
握手を要求しているようである。
命は表情を変えず、握手に応じた。
お互いが相手の目を見ながら、強く手を握り合う。
「カッコいいね、あんた」
牢はそう言ってから笑顔を見せると、命の手を放し正面を向いた。
ニヤけ顔でもない、作り笑いでもない、さわやかな笑顔だった。
「どうも」
命は、牢に聞こえるかどうかという小さな声でつぶやいた。
少し、照れているようであった。
そのやり取りを見ていた七が何か言いたげな表情でこちらを見ていたので、命は七を一瞥すると、人差し指を正面に突き出し「前を向け」という仕草をした。
七は嬉しそうに前を向いた。
命はため息をつき、肩の力を抜いてから座りなおした。
その時、七のものでもない、牢のものでもない、視線を感じた命は、自分を見つめている生徒に目を向けた。
そこには、愛おしそうに命を見つめる、整った顔立ちの女子生徒がいた。
彼女と目が合うと、命は口をへの字にし、一度だけウンと頷いた。
それに合わせて、命を見つめていた女子生徒も頷いた。
美しい顔をしていた。
白髪であった。
白目が真っ赤であった。
首には包帯が巻かれていた。
七と命とその女子生徒、半田鶴は、中学時代からの友人だった。
この物語は、実際に起きた出来事を基に作られたフィクションです。
作中に登場する人物や団体は実際には存在しません。