第8話 黒き華はご立腹
無事、始業前に高校に着くことができた俺は安堵しながら下駄箱で約3年ぶりに見る真っ白な上履きに履き替えて自分が所属する1年……何組だっけ?あっ、7組だったな。
学校というシステムから3年間離れていた俺は高校の雰囲気に戸惑いつつもどこか懐かしい雰囲気に身を浸らせていた。そんなことを思いながらも階段を上り自分の教室に入り席に着いた。
黒華と家でごたごたとやっていたが思いのほか時間はそこまで経過しておらず意外と時間に余裕があったようでまだ、人はチラホラとしか集まってなかった。
これならもうちょっと黒華といても問題なかったな。始業までまだ20分はある。これくらいなら後15分程なら家にいられただろう。
「よお」
とそんなことを考えていると俺の席の後ろから突然声をかけられた。俺は後ろを振り返ると一人の男子生徒が爽やかな笑顔を浮かべながら顔の横で手を振っていた。
「おう」
俺はいきなり声をかけられたのとそもそも久し振りに同年代の人と話すことになったために怖じ気づいてしまい返した言葉も気弱で小さくなってしまった。
「ははっ!そんな緊張することはないぞ!ただの挨拶だ、気にすんな!」
そんな俺の様子を見抜きながらも声を大にして明るく笑い飛ばしている。
「俺の名前は藤下 透だ。お前と同じこの1年7組のクラスメイトだ。よろしくな!」
「そうか、俺は……
「柊 刀哉だろ?」
俺の言葉を遮るようにして俺の名前を代わりに言ってくる目の前の男、いや藤下透。こいつは男子の中では珍しく茶色い髪に透き通った瞳で、顔立ちもよくこれがイケメンというやつなのだろうか。
椅子に座っているため正確な身長はわからないが、俺と同じ目線で話していることからほぼ俺と同じ背の高さであろう。そんなことを思いながらも先程疑問に思ったことを率直にぶつけてみる。
「なんで、俺の名前知ってるんだ?」
少なくともこいつと話したのは今日が初めてだと思うんだが。
「そりゃあ、初日から大遅刻してきた奴は印象に残るに決まってるだろ」
「あっ、そっか」
「んで、なんで君は遅刻したんだ?」
「別にただの寝坊だよ。一人暮らしを始めたら自分では起きられずに見事に遅刻した」
ほんとは黒華が起きるのを邪魔してきたからなんだけど。しかしそんなことを口が裂けても言うわけにはいかないので先生に言ったときと同じことを述べた。
ていうか、何?俺ってそんなに印象残ってるの?マジかよ……できれば高校生活はひっそりと過ごしたかったな。決して人付き合いが苦手なことを自覚したいわけではない……はずだ。
「にしてもなんで、君はこのN高校に来たんだ?俺は一番家に近かったからだけど」
「俺もだいたい同じ理由だよ。公立高校の中で一番この高校が近かったからだよ」
俺がこのN高校を選んだ理由は公立だからと距離が近いからである。黒華のことも考えると今の家から近いところがベストだろうと判断した。
「まぁ、これからよろしくな柊」
「こちらもよろしく藤下」
その後も他愛のない話をしてるとチャイムが鳴ったので俺は前を向いて座り直した。
一日の高校の授業も終わり、下校時間になったので早速帰宅した。藤下に「どこかよっていかない?」と誘われたが早く帰らないと黒華に怒られてしまうだろうからせっかくの所申し訳ないが用事があるからと言って断らせてもらった。
そして急ぎ足で家に帰ったのだが、
「何か、言うこと」
「すみませんでした」
小さな女の子の前に青少年が床にて正座させられているこの絵図……家に入るや否やすぐさま黒華がやって来た。
俺はてっきり寂しがってベタベタしてくる黒華を想像していたのだが、その予想は大外れで玄関にやって来た黒華は俺が靴を脱ぐ前に『正座』とものすごい圧力が働きかけられて俺は促されるまま地に膝をつけて背をピンと伸ばし正座をしたのであった。
「私、怒ってる」
「はい、そのことは重々承知しております」
正座している俺ではあるが黒華は小学生1年生ほどの身長で如何せん小さいので俺が正座しても高さがそこまで変わらない。
それでも怒っていることを示したいのか白く小さい腕を組みながら足をつま先立ちにしてバランス悪そうにフラフラさせてでも俺と同じ目線が今は嫌らしく見下そうとしている。
「なんで怒ってるか、わかる?」
「はい、私めが黒華様を一人置いてきぼりにして、高校に向かったことでございます」
俺が思う黒華が怒っているであろう理由をめちゃくちゃ丁寧に自分でも気持ち悪いと思うくらいの綺麗な言葉を並べていく。黒華のご機嫌がどうなっているか気になり、顔を上げたのだが、
(プンプン)
めちゃくちゃ怒ってた……ていうかさっきよりも怒ってた。というか怖いよ黒華ちゃん。
黒華が俺を見る目が完全にゴミを見る目をしており、その凍てつく視線は身も心も凍り付く。やべぇ、何か間違ったこと言ったか?さきほど自分が言ったことを振り返ったが特に間違ったことは言っていないと思うのだが、強いて言うなら言い方が気持ち悪かったぐらい…………ってまさか!?
「何その喋り方、嫌だ。気持ち悪い」
「ごめん、黒華」
まさかのビンゴで俺はすぐさま呼び方を訂正する。すると黒華の口元が少しだけ緩みちょっとは許されたのが自分でもわかった。とはいえ黒華も自分自身がどうなっているか気づいたのか顔の表情をキリッと怒り顔に変えて問い詰めを再会した。
「んで、半分正解。だけど、半分不正解、わかる?」
問い返されたのだが、半分しか合ってないってどういうこと?えっ、自分でも完璧な回答だと思っていたのに!
いくら考え直しても俺の知能では理解することができなかったため俺は素直に諦めて黒華に頭を下げた。小さな女の子に頭を下げている俺……屈辱的では全くないが如何せん恥ずかしい。
「すみません、わかりません。ご教授お願いします」
そんな情けない俺の様子に黒華は「はぁー」と深い溜息をつきながら「刀哉だから、しょうがない」と呟いた後、俺の顔を両手で摘まみ上げられて目線を合わせられる。
「刀哉、嘘ついたから」
「嘘?」
「うん、嘘」
「えっ、でも俺黒華に嘘なんか……いだっ!」
『嘘なんかついてない』と言おうとしたところで俺の両頬が強く摘ままれその先は言わせんとしてくる。
黒く透き通った瞳はとても綺麗で、今も間抜けな表情をしている俺の残念な顔が黒華の瞳に映り込んでいる。黒華の表情はとても真剣で本気で怒っているのがわかった。だけどどこか寂しそうな目で俺を見つめていた。
「朝、学校に電話するって言ったのに、一葉さんに電話した」
「あっ……」
俺はここでやっと黒華の言いたかったことが理解できた。だけど、あの場ではそれを言うしかなかっただろう?素直に一葉さんに電話するって言ったら黒華は離してくれたのか?むしろスマホを取られて余計拗らせると思ったのだが。
そう思った俺は素直な疑問を口にする。
「じゃあ、あの時素直な理由を言ったら離してくれた?それを言ったら余計に黒華と拗らせることになると思ったから言わなかったのだけど」
「うぐっ……」
「だいたい、高校受験するときにもちゃんと言ったよな。俺は黒華の了承が得られたと思ったから受験することにしたんだけど。むしろ黒華は俺に嘘ついてたの?」
「そ、それは……」
言葉が詰まっていく黒華。先程までの勢いは既になく、言葉をまくし立てていた俺もふと気づくと今にも泣き出しそうな黒華がいた。そんな様子に、やべぇ、言い過ぎた。と反省していると、黒華がいきなり抱きついてきて甘えるような声で、
「私と学校、どっちが大事?」
いつもだったら迷わず「黒華」と即答するのだが、確かにそれが本当であってもここで正直に答えるわけにはいかない。また同じことが起きても面倒くさいだけなので俺は心を鬼にしてこう答えた。
「時と場合による。いつもは黒華……だけど、今朝は学校の方が大事だった」
嘘です、めちゃくちゃヒヨりました。ここで「学校」と言い切れない俺、うんしょうがないだってほら……。
俺は逸らしていた視線を黒華の方に戻すと顔を真っ赤にして拳を固めていた。そして、
「刀哉のバカ!」
そこで顔に激しい痛みを感じては俺の意識はそこで途絶えた。
目を覚ますと俺は黒華と一緒に布団で寝ていた。俺は黒華を起こさないようにそっと起きて辺りを見渡す。
「起きた?」
「うわっ!?」
驚いて隣を見ると一葉さんが座って微笑ましそうな様子で眺めていた。
「すみません、面倒みてもらったのに」
と頭を下げようとしたのだが、一葉さんに下げようとする頭を抑えられて、
「いいの、これも上司の役目だから。素直に感謝しておきなさい」
「すみません、ありがとうございます」
「にしても黒華ちゃんもだいぶ甘えん坊さんね」
寝ている黒華の髪を優しく撫でながら我が子のように愛でている。
「そうですね、かなり困ることもありますが。やっと最近自分の気持ちを少しずつ出してくれるようになって俺としては嬉しい限りです」
「そうね、黒華ちゃんもやっと年頃の女の子らしくなってきたわ。立派にヤキモチも妬いちゃうくらいだしね」
そう言ってクスクス微笑む一葉さんに「まぁ、学校に妬いてますけど」と苦笑いをして返した。
「とはいえ、俺としてもできることなら黒華とは一緒にいたいんですよ。一人にするにはまだ正直怖いと思っていて」
「あら、刀哉君もなんだかんだ黒華ちゃんにご執心なのね」
意地悪な笑みを浮かべてからかってくる。余裕あるとても綺麗な女性からからかわれるのは心臓に悪すぎる。特に意味はないとはわかってはいるものの、妙に色ぽっく聞こえてしまう。
俺が無言でいると、一葉さんが、
「今度、黒華ちゃんも一緒に行けるように、燃費がよくなるようにカメレオンの改良版でも作ることにするわ。今日刀哉君がいない間面倒見てたけど本当に心細そうだったから」
今あるカメレオンでは隠密行動専用のため、姿を隠して学校には行けるだろうが、その分魔力をバカ食いするため、元々魔力の保有量が多い黒華とはいえカメレオンを常に用いていたら半日保たないだろう。
「わざわざすみません」
「いいのよ、これくらい。また後でつけたい機能を聞くからまとめておいて。作るのに時間かかるからそれまでは黒華ちゃんには悪いけど我慢してもらうしかないけども」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
俺は今度は頭を下げた。上司であるとはいえここまでサポートしてくれる人はそう多くはないだろう。感謝の気持ちを言葉にして伝える。
一葉さんは少し照れくさそうに「どういたしまして」と言って、その後も今日一日の黒華の様子や俺の高校生活について夜遅くまで話し合うのであった。
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