第6話 花と蝶
『ほらほら!おねえちゃん! きてきて!こっちだよ!』
『もう!"ちょう"ったら!そんなにはやく、はしらないでよぉ』
『へっへーん!おねえちゃんおそーい!』
『ちょう!まえむいてはしるの!』
『はーい!』
目の前には元気いっぱいに走り回る可愛らしく"ちょう"と呼ばれている女の子とそのお姉ちゃん前を走る子に追いつこうとしているのだが、ちょうの方が足が速かったらしく全く追いつけていなかった。
そんなお姉ちゃんに早く来てくれるのを待つかのように後ろを向いて走りながら、お姉ちゃんに早く来るように促していた。
そんな彼女のお姉ちゃんは妹のことが心配なのか後ろ走りをする妹を注意していた。
ちょうと呼ばれている太陽のように眩しい笑顔を浮かべている天真爛漫な女の子であるちょうはショートヘアで走りやすそうな半袖半ズボンを履いている。
そしてそんな彼女を追いかけているお姉ちゃんは妹とは対照的なロングヘアで肩より少し下ほどまできれいに伸びている。
下はスカートを履いていて元からの足の遅さも相まってかなり走りづらそうだ。
性格も妹ほど明るくはないが妹のことを心から心配できるとても妹想いのしっかりとしたお姉ちゃんだ。
とはいえこの姉妹、まるで双子かってくらいに目が真ん丸でくりくりとしており、小さい口に鼻、穢れも知らない純白な肌などの可愛らしい顔立ち。
誰が見ても認めるであろう可愛い女の子達だった。
『もう!ぜったい、きいてないでしょ!』
全く走る姿勢を変えないちょうのお姉ちゃんは先程より大きな声で叫んだ。
ちょうは特にそれを気にすることなく『はやく!はやくー!』と輝かしい笑顔を浮かべている。
そんな彼女のお姉ちゃんは肩で息をしながらゆっくりと追いかけている。
どうやらちょうの方が足が速いだけでなく体力も勝っているらしい。
そんな2人の微笑ましい姉妹を楽しそうに眺めている1人の男の子がいる…………というよりその男の子の視点から今の物事が見えている……とはいっても体は自由に動かせるわけでもなく目線も口も勝手に動く。
『うわぁ!』
突然の慌てた声に何だ?と思って声が聞こえたほうに顔を向けると先程まで元気に後ろ走りだったちょうが躓かせて転んでしまったようだった。
『ちょう!だいじょうぶ!?…………ってうわぁ!』
そしてちょうが転んでしまったのを見て慌てた様子で彼女のもとへ駆け寄っていこうとしたが、ちょうが転んでしまったことに動揺していたのか、本来の自分のペースとは違うスピードで走ろうとしたからか、ちょうのもとへ辿り着く前に石に足を引っかけて同じく転んでしまった。
『うぐっ……ああぁ……うわああぁああーん……』
お姉ちゃんの方が泣き出してしまった。
『だいじょうぶ?"はなちゃん"?』
男の子の体はいつの間にか転んでしまった彼女……"はなちゃん"のもとへ動いており心から心配しているのがわかるぐらいに男の子の声は不安そうでとても優しい声音だった。
『……ひっぐ、"とーくん"!……痛いよぉ』
『はなちゃん、だいじょうぶ。おれがいるからもうあんしんしていいよ』
"とーくん"と呼ばれるこの男の子は泣いてしまっているちょうのお姉ちゃんである"はなちゃん"と呼ばれる女の子を安心させて慰めようとして頭に手を置いている。
はなちゃんは男の子に頭を撫でられているとやがて落ち着いてきたのか涙も止まり、嬉しそうに頭を撫でられていた。
『もう!おねえちゃんったらなきむしなんだから!ねぇ、"とーにい"!』
しばらくしていると転んでいたちょうがいつの間にか自力でこっちに来ていた。
そして男の子のことはちょうは"とーにい"と呼ぶらしい。
『わたしはなきむしじゃないもん!ちょうのことがしんぱいだったんだもん!』
そう言うはなちゃんの目にはさっきまで泣いていたためにすっかり赤くなってしまっており本人の説得力が欠片もなかった。
しかし妹を想う気持ちは本物のようで擦りむいてしまっているちょうの肘を見るやすぐに『だいじょうぶ!ちょう!?』と心配していた。
そんな彼女に心配させかけまいとしたのか明るい声で、
『……だいじょうぶだよ!あたしはおねえちゃんと……ちがってこのぐらいはいたく……ないもん!』
しかしその言葉とは裏腹にちょうの顔はとても苦しそうな表情で今にも涙が溢れてしまいそうだで必死に我慢しているのがわかった。よく見れば足も立つには痛いのかぷるぷると震えていた。
男の子は座り込むはなちゃんと必死に立つちょうをなんとかベンチまで連れて行き座らせて『ちょっとだけ待ってて』とだけ言うと姉妹の側を離れてポケットに入っているハンカチを水で濡らしてぎゅっと絞ってすぐに2人のもとへ戻る。
『ちょう、うでだして、すこしじっとしてて』
そう言って男の子は土で汚れてしまったしまったちょうの腕を掴んで引き寄せようとしたのだが、
『わっ、あたしはだいじょうぶだよ!それよりもおねえちゃんを……』
ちょうは『あたしはいたくないから』と引きつらせた顔で腕を引っ込めようとした。しかしその腕は隣から伸びた手に掴まれてしまった。
『だめ、ちゃんとてあてしてもらって!たしかにわたしはなきむしだけど、ちょうもほんとは、いたいんでしょ……けがもちょうのほうがひどいんだから』
そう言って花ちゃんは優しい声音で震えるちょうの腕をそっと包み男の子の方へそっと持っていく。
『いたいのに、がまんしてえらいよちょう……だけどむりはしなくてもいいよ』
男の子にちょうの腕を握らせると手を離してお母さんのように頭を撫でる。そのことがきっかけとなり、必死の耐えてきたちょうの涙が決壊した。
『うっ、うぅう……うわぁああぁー……いたいよおぉ。おねえちゃん!とーにい!』
今までこらえてきた分思いっきり泣くちょう。はなちゃんは『よしよし、ちょうはよくがんばったよ』とひたすら撫でて励まし続けた。
男の子は、ちょうの肘の土汚れを綺麗に拭いた。時間が経過したことで血も既に固まっていたため再び血を流さないように優しく拭き取った。
『……ぐすっ……ありがとう。とーにい……』
『どういたしまして、えらいぞちょう』
『へへへ』
ちょうは少しは落ち着きを取り戻し先程までの我慢した笑顔ではなく晴れやかに笑顔を浮かべていた。
男の子は優しく笑みを浮かべながらちょうの頭を撫でた。
ちょうはとても嬉しそうにしており間抜けな声を漏らしている。なんとも可愛らしい限りだ。
『つぎは、はなちゃんだね。すぐもどるからね』
『……うん』
そう言うと男の子は汚れたハンカチを持って再び水場に行って汚れを落として湿らせた。水道を閉めるとすぐにベンチのもとへ走り出す。
『おまたせ、それじゃあ拭いていくね』
『うん、ありがとう。とーくん』
そう言うとはなちゃんは足を出して膝を向ける。男の子はちょうと同じように優しく汚れを拭き取っていく。
拭き終えると男の子は立ち上がってはなちゃんの頭を撫でた。
『よくがんばったよ。はなちゃんもいたかったのにがまんしてちょうにゆずってえらいよ』
するとはなちゃんは顔を俯かせて小さく嗚咽の声が聞こえる。そして次第にその嗚咽は大きくなっていき……
『うぅっ……いたかったよぉ……うわぁああぁああ』
再び声を上げて泣き出してしまった。するとさっきまで泣き止んでいたちょうも触発されたのか一緒に泣き出してしまった。
『うわぁああぁああ……ぐすっ……おねえちゃぁん……ありがとぉ……』
『ちょうもぉ……ぐすっ』
姉妹仲良く泣いてハグし合っているのを見ながらも男の子は両手を伸ばし右手ではなちゃんを左手でちょうをそっと撫でたのだった。
そして帰り道。
あの後泣き止んだ2人と一緒に家に帰っていた。怪我をしてしまったため遊ぶよりもちゃんと手当したほうがいいと思ったからだ。
男の子の右側ではちょうが左側にははなちゃんがそれぞれの手を握っている。
足を動かしたりすると襲ってくる痛みに必死に耐えながらも男の子の手を力強くぎゅっとしながらもゆっくりと歩いている。
男の子もそんな2人のペースに合わせるようにゆっくりと歩いたり、すぐ近くに車や自転車が通っていないか周囲に気を配っていた。
そしてやっと家に着いた3人は、別れの挨拶をする。
『きょうはありがとう!』
『とーくんのおかげでわたしもちょうもたすかったよ』
『ちゃんとママにみてもらってね』
『うん!』
『それじゃあ、バイバイまたあしたな!』
『またね、とーにい!だいすきー!』
『だいすきだよ、とーくん!』
夕陽に照らされる2人の輝かしい笑顔を最後にそこで視界が真っ暗になってしまい何も見えなくなってしまった。
………………
…………
……
…
「はっ!」
俺は布団から飛び起きた。時計を確認するとまだ6時だった。どうやら1時間しかまだ寝ていないらしい。隣では黒華がすやすやと寝息を立てている。俺の右手を枕にしているようだが。
……『とーくん!』……花ちゃん……。
……『とーにい!』……蝶……。
もう9年前、俺と花ちゃんが小学校1年生で花ちゃんの妹の蝶がまだ幼稚園年長さんだった頃だ……。
俺はこれ以上余計なことを考え出す前に思考を中断して再び布団に潜り目を閉じた。
頬に伝う一筋の涙に気づくことなく。
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黒華が可愛い!と思った方も是非!
今回は黒華は出てきませんでした。
2人のうち片方は今後登場します!