第3話 黒き華は普通の少女
『今、暇?』
「はい、確かに暇ですが……」
『できれば、今から本部に来て欲しいんだけど来れる?』
「行けますけど、緊急ですか?」
『うん』
たった2文字の言葉だけでもかなりの重みが伝わってきた。
「わかりました、黒華と一緒に行きます。それでは失礼します」
そこで俺は電話を切る。
「黒華、仕事だ。いけるか?」
「ん、任せて」
買ったジュースを飲み終えた俺達は公園を出て本部に向かうのであった。
「遅くなりました、一葉さん」
「いいえ、急に呼び立ててごめんなさいね。黒華ちゃんもごめんね。せっかくのお休みだったのに」
そう言って黒華の頭を撫でるのは、葛城 一葉さんだ。
一葉さんは日本の軍事組織「ヤマト」の特種異能対抗隊、略して「特異隊」の長官であり俺の直属の上司に当たる人物である。俺がこの仕事を引き受けているのは一葉さんにスカウトされたからである。
昔は組織のなかでも実力はトップクラスだったそうだが、今は長官という立場で俺達に指示を出したりしている。とはいえ実力は未だ健在で今でも俺は模擬戦を行うことがあるのだが、一葉さんにはこれまで勝てたことがない。黒華と一緒ならなんとか勝てるかもしれないというレベルだ。
俺は毎回いいように教育を施されておしまいである。その時ほどの一葉さんほど怖いものはない……わりとマジで。
戦地に行くよりも怖いかもしれない。互いの命を賭けているわけでもないというのに。
今は黒華のことをまるで母親のように黒華のことを大切に思ってくれているのが伝わるほど黒華の頭を撫で繰り回しては小さな体を抱き締めている。
当の抱き締められている本人は鬱陶しいのか嫌そうな顔をして抵抗しているのだが一葉さんの素の身体能力には流石の黒華にも敵うことができないようだった。
黒華はやがて無理だと判断した顔になって話題を変えることにする。
「私は大丈夫です。それよりも本題を」
「そうね」と場の雰囲気を切り替えるかのようにコホンとついた後、真剣な目つきに変わって言葉にする。
ていうか黒華のことは離してあげないんですね。ドンマイ黒華、予想と外れたな。と心の中で思っていると、考えていることがバレたのか黒華にじっと睨まれる。
俺はその視線に気づいてはすぐに背けて気づかなかったふりをし一葉さんの方を見つめる。
「実は今日掴んだばかりの情報なのだけど、テロリストが日本にやってきたの。今日わかったことだったからどのくらいの規模なのかは一切不明。人数も何が目的なのか構成員の情報も掴めてない状態なの」
「現状はわかりました。しかしそれではこちらからは対策のしようが……」
「そこは不幸中の幸いなのだけど、最初の襲撃地に関しては既に特定できているからその現場を今回は2人に押えてもらいたの、やってくれる?」
「わかりました、黒華行けそうか?」
俺は肯定の意を示す。黒華にもきちんと確認する。
俺達はペアで行動しているので互いの同意が得られなければ参加することはできない。
「大丈夫、刀哉こそ私の足、引っ張らないでね」
「善処するよ」
一葉さんはそんな俺達の様子を微笑ましそうに眺めては手をパチンと叩き、
「それじゃあ、日時や場所、現在わかっている情報をもとに作戦事項や任務内容について説明するわね。着いてきてね」
そして俺達は、今深夜2時海外沿いの廃工場に身を潜めている。
どうやらテロリストグループがここで集合するらしい。それぞれ別々の時期に日本に入ってきたため何人のグループなのかまでは掴めてないらしい。
とはいえここで全員集合するとのことなので全員集合したところで全員を制圧、生け捕りにして情報を聞き出すとのことだ。俺のやることは至って単純全員が集まったと判断したらそいつらを気絶させて身柄を押えることだ。
うん、やること明快。出るタイミングさえ気をつければ問題なさそうだ。
隣では黒華眠そうなのかウトウトしている。流石に今寝られたら困るので黒華をはたき起こす。
「あだっ!?」
黒華は俺が叩いた頭を痛そうに押えながらこっち恨み見てくる。
「なにするの!?」
「起きたか?」
「起きてたけども!」
「ならいいな、頼むから寝ないでくれよ」
「ちっ、違うし!さっきまで決して寝てたわけじゃないから。なのに刀哉がひどいことしてくるのがいけないんだよ!女の子には優しくするの!」
「はっ!?何言ってるんだ黒華は、それじゃあさっき起こす前に撮った寝顔でも見せてあげようかなぁ」
そう言って俺はスマホを取り出してアルバムのアプリから写真を探す振りをする。
すると驚いた後顔を真っ赤に染めて「わあわあ……」と叫びながら、俺のスマホを盗ろうとしてくる。
俺は盗られまいとスマホをあっちこっちに移動させたりして黒華の手が空を切る。しかし、すぐに俺の動きを読み始めた黒華が一瞬で俺の手からスマホを奪い去る。
「やったぁ!とったぞぉ!」と嬉しそうに俺のスマホのパスワードを躊躇うことなく解除して俺の写真を漁っていく。
なんで俺のスマホのパスワードを知られているのかに関しては、聞かないでくれ。定期的にパスワードを変えているのだがすぐにバレてしまうので3回ほど変えたところで俺はもう諦めた。
隣で俺のスマホを見ていた黒華が俺を頬を膨らませてジッと見てくるのがわかった。
「どうしたんだ?」
なんで黒華が睨んでくるのかがわかっているため俺はニヤつきながら問いかけると、
「いじわる……刀哉のバカ……」
真っ赤な顔を隠すように顔を俯かせて俺にスマホを押しつけてきた。俺はスマホを回収してカバンにしまった。
「少しは気が楽になったか?」
「えっ……」
黒華は俺の発言に驚いた様子をしている。
「緊張してるんだろ、だから無駄に体力も消耗するんだよ。大丈夫、黒華が考えるような事態は起こさせないし、仮に防げなかったとしても黒華が責任を感じる必要はない。仮にも責めてくるようなやつがいても俺がちゃんと守るし一葉さんも動いてくれるから気楽にいこう」
「でも……」
「それに今回は、黒華の手が汚れる仕事じゃない。痛い目を見てもらうだけだ。誰かが死ぬわけじゃないから」
「そうじゃなくて……」
「俺も黒華も死なない……これでいいか」
「ほんとに?」
「ああ」
震える黒華の体を優しく抱き締めて背中をさすってやる。黒華の不安がなくなるように。
こんな戦いにいくら魔導兵装であるとはいえ本来は小学生でこんな世界に踏み込むことなく友達がいて、家族がいて毎日温かくて楽しい日々を過ごしているはずだった黒華にはきついものがある。
黒華と出会って約3年が経つがこういうことは日常茶飯事だ。
その度に俺は黒華に安心してもらえるように心のケアを努めている。
本音としてはそもそも黒華にはこういったことに関与してほしくない。しかし、黒華の魔導兵装としての立場が、俺のヤマトの特異隊としての立場が、何よりも黒華自身がそれを許さない。
「落ち着けたか?」
「ん、ありがとう」
「そうか」と少し安心していると、耳につけていた無線から、
『そろそろ時間よ、始めてちょうだい』
無線機から聞こえる一葉さんの声に俺は気を引き締めて、黒華と目を合わせてアイコンタクトをとる。
俺は自分と黒華が装着する隠密装備である魔装「カメレオン」を起動する。
黒華の魔力の打ち消しは任意で発動できるので阻害される心配はない。
「カメレオン」は由来の通りステルス能力だ。
魔力を流し込んでいる間はたとえ感覚を魔法で強化しても見つけることは困難を極める。
よほどの感覚知覚に関するプロじゃない限りよっぽど感知されることはない。
この装備の唯一の欠点は魔力をバカ食いすることだが、幸いにも俺の魔力は測定不能なほどたくさんある。
これまで魔力をバカみたいに消費しても魔力切れになったことはなかった。
というわけで魔法は使えないが魔力量は無駄にあり余っているということだ。これで魔法を使えたらさぞかし楽だったろうになぁとありもしない仮定を思い浮かべる。
……昔は使えたんだけどな。
俺は緊張でまた体を固まらせている黒華の手を握った。
黒華の不安を少しでも緩和するためであるが一番はカメレオンを使用する黒華に俺の魔力を送り続けるためである。話すことはできないので互いに無言で繋がれた手から互いの体温を感じる。
こうしてしばらくしていると、奥の方に人がやってきた。
来たな……
俺は心の中で戦いの鐘を鳴らして、ひたすら観察と魔力を使用し続けるのであった。
今回も読んでいただきありがとうございます。
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黒華が可愛い!と思った方も是非!
やっと戦いが始まる……