第1話 黒き華は非常に遅咲き(遅起き)
今日は記念すべき高校1年生の入学式である。
春になって桜も咲いており朝は少し肌寒くもあるが窓から差し込んで来る朝日がポカポカしていて温かい。
俺は黒華と自分の2人分の朝ご飯を作り、洗濯やら掃除を済ませていく。一通りのやることをやりきったのだが、いつまで経っても黒華が起きてこないので、黒華が寝ている場所、もとい俺の敷き布団が置いてある俺の部屋に向かう。
「おーい黒華、いい加減に起きろ!」
ドアを勢いよく開けるとわざわざ2つの敷き布団を敷いているというのにも関わらず俺が寝ていた布団に入り込んで「すうぅー……すぅー……」と寝息を立てている。
俺は黒華の元に歩いて座って肩を揺すって起こす。
「もう朝ご飯できたぞ!早くしないと冷めるぞ」
「……むにゃぁ……もうちょっと……」
意識が覚醒し始めたがボソボソと言葉を溢しながら再び寝ようとする黒華。
完全に安心しきった表情で、気持ちよさそうな寝顔を浮かべている黒華を見ると、小学生にしか見えないんだよな。
これを言ってしまったら本人は拗ねてしまうので言うことはないが。とはいえこういった年頃らしい無垢な表情を向けてくれるのは見ているこちらとしてもすごく安心できる。
最初の頃なんかは目に光なんて灯ることはなくずっと無表情だったからな、それに比べて今は……って!そんな今の成長を喜んでいる場合じゃない!早く黒華に起きてもらわないと俺が遅刻してしまう。
俺は黒華の上にかかっている掛け布団を取っ払う。いくら春になったとはいえこの時期は寒暖差が激しくまだまだ夜も朝も寒い。
さすれば掛け布団による温もりが消えた今起きるに違いないと俺は考えた。その瞬間黒華は「うぅー」と寝返りをごろごろと打っては腕を色々な所に伸ばしながらはなくなってしまった掛け布団を必死に探していた。
しかし、それでも目を開くことはない。
目を固く閉ざしたままそれでも探し続ける黒華にどんだけ起きたくないんだと思いながら黒華の名前を呼びながら肩を揺らしていると、未だに寝ぼけている黒華が掛け布団を探そうとしているのか必死に伸ばした手が俺の体に触れると、「見つけた」とでも言わんばかりに嬉しそうな顔を浮かべている。
やばい!
この後に起こる出来事を容易く想像できたのでそれが現実にならないように急いで黒華から離れようとしたのだが、俺が立ち上がろうと体勢を変えた同じタイミングで強く黒華に引っ張られたために俺の体は黒華が眠る布団の中に引きずり込まれてしまった。
「おっ!?おい!」
俺が慌てて叫ぶが、その声は黒華の耳に入ることはなく、大切な宝物でも見つけたかのように表情を緩ませては、その存在をもう二度と離さないようにするかごとく俺の体をギュッと抱き締めてくる。
俺の腕を覆う形で抱き締められているため、俺は一切身動きはとれない。
振りほどけよ!幼い子供1人すら振りほどけない高校生って貧弱か?とでも責められそうだが純粋な力関係は俺よりも黒華の方が上である。
「魔導兵装」である彼女は特殊な能力を持たされただけではなく単独でも十分に戦うことができる。
前回黒華が剣になったのは、これ以上被害が拡大しないように魔力を相手に触れないでも打ち消すためだっただけで、普通に戦えば黒華の圧勝である。
そんな俺が魔力を扱って戦う「魔導士」だからといっても黒華に勝てるわけがない。
しかも悲しいことに俺は魔力を自分1人では扱うことができない、魔導士として魔力の扱いに関してはどん底であり、一般人ですら俺より上手く扱える。俺は黒華や使用者の魔力で効果を発揮する「魔装」のように魔力を必要とするものを介してでしか魔力を扱えない。
俺自身が魔力を使って魔法発動させたり、自身の身体強化のバフをすることはできない。
具体例を出すと、俺は魔法で飛行はできないが、魔力で動くスラスター付きのバックパックでも装備することができれば俺は飛ぶことができる。
上手く説明できたか不安だがそういうことだ……って誰に説明してるんだ?俺は。
とにかくようするに黒華の方が色々と強い!だから俺は悪くない!……と心の中で言い訳を述べておく。
俺がこんなバカなことを思考中であっても構うことなく黒華は愛でるかのようにギュッとしてくるので黒華の温もりや柔らかさを感じていた。
いくら黒華のあれが非常に貧しいものであるとはいえ、このまま可愛い女の子に抱き締められ続けるのは心臓に悪すぎる、さらには女の子特有の匂いが鼻を刺激してきており、目の前には綺麗で整った顔が映し出されているのもあり俺の心臓は大きな音を鳴らしていてしかもなんか頭もクラクラしてきた。
しかし今の俺ではどうすることもできないので近くに見える時計の針が入学式での新入生の集合時間が既に5分前になってしまっているのを見て、「もうダメだ」と呟きながら俺は大人しく抱きつかれたままでいるのだった。
結局黒華が起きて体が解放されたのは10時で、とっくに入学式は始まってしまった。
俺は観念して黒華と一緒に遅い朝ご飯を食べて黒華に後片付けと留守番を頼んで学校に向かった。
なんだかんで高校に着いたのは11時で玄関で自分の名前が書かれているクラスを確認した後、自分のクラスへ向かうと既に自己紹介や先生の話なども終わり解散となっているところだった。
「柊か、後で話は聞くから自己紹介をしなさい」
おそらく担任であろう男の先生から呆れや怒りが混じったような目で睨まれる。
クラスの人達はもの珍しそうに俺を見つめていた。
まぁ、初日からこんなバカな遅刻をやらかした奴だそんな風に思われてしまうのも仕方ない。
俺は名前と出身中学や好きな食べ物と簡単な自己紹介を終えてよろしくお願いしますと頭を下げた。
そしてクラスは解散して、俺は教室に取り残されて担任だとわかった先生と話をした。
「つまり、一人暮らしで入学式早々寝坊してしまったために遅刻したということでいいかね?」
今までの俺の話を聞いて端的に先生がまとめてくれたことを俺は「そうです」と同意する。
俺は今わけあって家族とは離れて暮らしており、黒華と一緒に与えられたマンションの一室にて2人で暮らしている。
しかし高校生が少女と一緒に生活しているの問題だし、そもそも魔導兵装である黒華には人間としての戸籍はないから証明にもならない。
他にも色々と明かすことのできない事情が幾つもあるのでそれらを詮索されないように俺は一人暮らしであるということで学校には通してある。
「まぁ、今日は大目に見てやる、次からはないようにな」
「はい、気をつけます」
意外とすんなりと話は終わり、提出しなければならない書類や今後の予定を含めた必要な話を聞いて俺は解放された。
学校を出る頃には時間は既に12時になっていた。家にいる黒華がちゃんと朝ご飯の片付けができたか不安だったため俺は急ぎ足で帰ろうとしたのだが、校門に4,5人程度の謎の人だかりができていた。
着ている服の様子から察するに上級生の運動部員であるに違いない。新入生がいきなり部活に参加するのは普通ありえないしな。
どうやら形成されている輪の中に人がいるようで、周りの人が「君、可愛いねぇ」「どこから来たの?お名前は?」「どうしてこんなところにいるの?」「誰か待ってるの?」などと矢継ぎ早に質問が浴びせられており、問い詰められているであろう人は答える暇すら与えてくれそうになさそうだった。
俺は、その中にいる人がかわいそうだなと心にもないことを思っては輪の横を通り過ぎようとする。
しかし、中の質問されている人が誰かわかり俺の足はその場で止まってしまった。
「「あっ……」」とお互いに間抜けな声を漏らす。
そして反応は向こうも同じだったようでこっちを向いたまま固まっている。そんな時間が数秒経った後、小さくだけど隠しきれない嬉しさが伝わる笑顔で、
「刀哉!遅い!」
輪の中を小さい体で生徒の間をくぐり抜けては手を握って俺を咎めてくる黒華がいたのだった。
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