突撃!今川軍!
2人はその後、一旦香織の元に行き、少し出かける旨を伝え夕刻までにもどるという条件で許可して貰った。もちろん内容などは伏せておいてだ。そして、改めて今川氏真もとい芽衣を今川義元の元に送るべく、馬を走らせた。芽衣は海の前に座らせている。
海「芽衣ちゃん、大体でいいからどっちからきたとかわからない?」
芽衣「多分みんな桶狭間に居ると思うの。みんな織田に攻め込むためにここまでお休みもしてこなかったから」
湊「桶狭間だと、もう少し東だな。ただ具体的にはそこは丘陵地だって話つってたけか〜?」
桶狭間と言っても具体的な場所が把握できているわけではない。そこが山間部であったりどんなところかは2人には予想できてなかった。つまり現状桶狭間のどこに今川が陣をとっているのかわからないのだ。2人がわかっているのはここが現代で言う愛知県にあたると言うことぐらいだろう。
海「とりあえず、そこの周りを探してみよ?そうすればもしかしたら見つかるかもしれないし」
湊「萎えるやつだな〜。ま、やるけどさ」
芽衣「湊、海!ありがと!」
まだ10歳にも満たないだろう女の子にそうお礼を言われ、いえいえ〜と照れる2人だった。
一方その頃、今川陣内ではーーー
?「......まだ芽衣は見つからないの?」
兵「はっ、現在我が軍の兵を総導入して捜索中でございます。義元様」
義元「そう......引き続き捜索を続けなさい」
兵「はっ!」
1人の兵が陣幕の中を出ていった。残されたのはこの軍の総大将にして、現今川家当主今川義元。彼女が自分の娘がいなくなっていることに気づいたのはつい先ほど、自分が織田を攻める算段を重臣達と考えてほんの少し目を離した隙に、忽然と姿を消してしまっていたのだ。
義元「芽衣......どこにいってしまったの......」
海「あったー!あれでしょ?今川の本隊って?」
芽衣「うん、そう!芽衣、戻って来れたんだね!」
湊「ふぃ〜〜、意外と早く見つかってよかったなー。さっさと返してやろーぜ」
今川の本隊を探し始めて数刻後、思いの外早く本体を発見することに成功した2人はそのまま本隊の元に向かった。湊が気のない声で海と芽衣に言い、うんそうだね!と海がそう言って本隊の方に向かおうとした時だった。一矢の矢が湊に向かって放たれてきた。
湊「おっと......」
湊は身体を少しだけずらし、難なくその矢を躱した。そしてそのまま矢が放たれた方向を見た。そこには数人の兵とおぼしき者達が矢を構えて立っていた。
今川兵「その者!今すぐ氏真様を解放するのだ!そうすれば楽に死なせてやろうぞ!」
海「ちょ、ちょっと待って!私たちは敵じゃ......」
今川兵「問答無用!見るからに怪しい者たちよ!者共かかれ〜〜!!氏真様をお助けするのだ!!」
海のその声も虚しく、今川の兵たちは芽衣を奪還するべく向かってきた。当然目的は芽衣のため、同乗している海に攻撃が集中していた。海に向かって槍の嵐が襲いかかっていた。矢で攻撃しないのは芽衣がいるためであろう。海は芽衣を庇いながら必死に竹刀で攻撃を捌いていた。
海「くっ......お願い!話を......」
芽衣「みんなやめて!2人は悪い人じゃないよ!」
今川兵「氏真様!お待ちを!すぐにお助けいたします!」
芽衣の声もどうやら届いてないようだった。その様子に湊は、あることを芽衣に確認した。
湊「芽衣。多分今何言ってもこいつらには届かない。ここはもう強行突破するしかないよ。殺しはしないから良い?」
芽衣「うん......ごめんね。お母さんのとこまでは案内するから、2人とも無茶はしないでね?」
湊「芽衣は謝んなくて良いよ。じゃあ海、準備はいいか?」
海「はぁ〜、やっぱりこうなっちゃうよね......。わかった。じゃあお兄ちゃんが先導して芽衣ちゃんを守って!私はその後を追うから!」
湊「ああ、いくぜ!」
戦闘モードに切り替えた湊は瞬時に周りの今川兵の数を確認した。ざっと数十人はいる。さすがに全員を相手にするほど馬鹿ではない。必要最低限の兵のみを倒して今川本隊に到達する。それが今回のノルマだ。ある程度突破できるエリアを把握した湊は、そこに向かって勢いよく馬を走らせた。湊に対しては槍だけでなく矢の攻撃も飛んできた。だが、それも湊の突進を止めるには至らなかった。矢も槍も関係なしに、湊はそのまま兵を馬で吹き飛ばした。そしてそのまま今川本隊に向けて突撃していった。もちろんその後を海と芽衣が追いかけてきている。
義元「何事です?」
今川兵「申し上げます!ただ今、敵と思わしき2騎の若武者がこちらに向かってきています!そして、そこに氏真様の姿も!」
義元「若武者が芽衣を?......敵だったらそんな危険を犯すかしら?普通敵国の者を捕らえたならば、人質にして戦局を有利にしている筈......なのに何故......」
義元は今こちらに向かってきているとされている、2人の若武者に疑問を感じぜぬにはいられなかった。義元も言ったように、戦国の世では戦局を有利にするために敵国の重要な人物を人質にすることも少なくなかった。卑怯ととられようがそんなのは関係なく、勝てば良いという理念でこの世界は成り立っていた。だからこそ不思議なのだろう。自らを危険にさらしてまで自分の娘を連れてこんな敵陣に突っ込んでくる若者が。
義元はしばらく何かを考えていたが、そのうち、すくっと立ち上がって近くの兵に他の兵たちに伝令を伝えるよう言った。それはーーー
義元「その者らをここに連れてまえれ」
だった。
海「なに?急に敵が襲ってこなくなってきたんだけど?」
湊「それなら好都合だろ?さっさと行って用件を済ますぞ!」
史実通りの山に囲まれた広場のようなところにいた今川の本隊だったが、義元の伝令が伝わったのか、2人への攻撃を中止し、皆本体に帰還していった。その様子に2人は疑問を感じたが、今はそんな暇はないらしく、そのまま突き進んだ。そして徐々に今川の本隊の中心、義元がいるであろう陣幕が近づいてきた。
芽衣「あそこ!あそこにお母さんがいるよ!2人とももうちょっと!頑張って!」
湊「やっとか〜。全く、ほんとに疲れたんだけど。今川義元に愚痴の一つも言いたいもんだな〜」
海「ちょっと?変に煽ったりとかしないでよ?」
そう言いながらその陣幕はやがて100m、50m、30m、10m、5m......と近づいていき。
(バサッ!)
2人は陣幕の中に到着した。中にいたのは2人が思い描いていた今川義元とは全く別人ともいえる程の人がそこにはいた。
義元「よく来ましたね。若き武士」
少し微笑みながら、”女”の義元は2人を迎え入れた。