拾ってきた迷子は
湊が足軽大将を気絶させた後、彼は後ろに控えていた兵たちに担ぎあげられ、運ばれていった。その様子を見た他の兵たちは、湊を見る目を少し変化させていた。腫れ物を見るような目にだ。その反面、香織はいつものように済ました顔をしながら湊を見ていた。
香織「申し訳ありません。私の部下が失礼をいたしましたね...」
湊「ん?別にいいよ。そんなことよりもう挨拶終わりでしょ?もう帰っていい?」
香織「え?いえ.......これから少し我が隊の方針やあなた方の配置等を決めたいところなのですが?」
それを聞いた湊は、途端に眠そうな顔をして海に言った。
湊「海〜、香織さんの話聞いといて。俺帰って寝るから〜、んじゃ!」
海「あ、ちょっとお兄ちゃん!?」
そんな海の制止も虚しく、湊はその場を後にして行った。その様子にまたも兵たちの視線が鋭くなった。
香織「......なんなのですか彼は?」
海「ごめんなさいあんな兄で......。ただお兄ちゃんは他のことにあんまり興味なくて、こう言ったことには疎いんです......」
香織「なるほど...ですが、彼の先ほどの身のこなし......彼はかなりの達人のようですね」
海「はい......普段はあんな感じですけど、いざとなったらまるで人が変わったみたいになるんですよ。さっきの時みたいに...」
さっきの時と聞いた時、香織は先ほどの湊が足軽大将と対峙していた時の姿を思い浮かべていた。あのときの湊の姿はいつもの腑抜けててだらけている表情ではなく、ひとりの武士のような引き締まった表情をしていた。とは言ってもそれも一瞬で、相手を気絶させた時には既に湊は元の顔に戻っていたのだが。
香織「海さんも大変ですね。あのような方が兄上でいらっしゃるとは......」
海「はは...全くですね......」
結局その後は、海が代わりに自分たちの配置や隊の方針などを聞かせてもらい、今日はそのままお開きとなったのだった。
海「ねえお兄ちゃん?」
湊「どうした〜?」
家に戻った海は居間でくつろいでいた湊に今日聞いたことを話した。主に隊のことについてなのだが、もう一つ海にはどうしても言いたいことがあった。
海「香織さんに聞いたんだけど、今は【永禄3年】の6月、つまり1560年の6月なんだって」
湊「へ〜、やっぱ俺らタイムスリップしてたのな」
海「はぁ〜〜相変わらず呑気なこと...。でさ、ここからが本題なんだけど、1560年の6月ってあの戦いがあった年じゃない?」
湊「あの戦い?あぁ〜、【桶狭間の戦い】な。確かにそうだな〜。で?」
そんな大きな戦いがこれから起こるかもしれない時だというのに湊は相変わらずだった。
海「で?じゃなくて!桶狭間の戦いって確かこの時期のはずだったよね?それに今川に人たちもこっちに攻めてきてるって言ってるし!そんな大変な時なのによくそんなのんびりしてられるよね!?」
湊「むしろなんでそんなに慌ててんだよ?海、俺たち、その戦いの勝敗知ってるじゃんか?」
海「あ......そういえば」
海は本当に単純なことを忘れていた。それは自分たちが未来人であって自分たちがこの国の歴史を知っているということだ。幸いにも2人は勉強の方にも力が入れられており、歴史に関しても詳しい。そんな自分たちにとってはこの【桶狭間の戦い】など有名な戦!程度にしか思っていなかった。
史実では今川が桶狭間で休憩をしているところを織田が奇襲し、今川義元の首をはね、勝敗が決した。端的にいえばそうである。そして今2人がいるのは織田。つまりーーー
海「別に無理しなくても勝てるってこと?」
湊「そーゆーこと。ってなわけで、おやすみ〜」
海「待って待って〜!まだ隊の話が残ってるんだってば〜!!」
夜もふけてきた夜中に、海の盛大な大声が家中に響き渡るのだった。
翌日ーーー
海「ねえ......お兄ちゃん?」
湊「なんだ〜?」
海「何だじゃなくて!なにこの子!?」
翌日、特に予定が無かった海が昼の調達から帰ってきて見たもの.......それは、ひとりの子供だった。
湊「何って...迷子?」
海「迷子だからって連れてきちゃダメでしょ!?これって立派な誘拐になるよ!?そもそもどこで見つけたの!?」
湊「山の中?」
海「何で山の中なの!?そもそもなんでお兄ちゃんがそこにーーー」
子供「あの〜?ちょっといい?」
2人の会話に突然その話の話題になってる子供が割って入ってきた。
子供「助けてくれてありがと!芽衣、お母さんとはぐれちゃって、迷ってたんだけど、お兄ちゃんが助けてくれたから大丈夫だった!ありがとねお兄ちゃん!」
芽衣といったその女の子は、どうやらお母さんと一緒だったらしい。湊の話によれば、今朝、散歩がてらに近くの山に入ったのだが、その道中あたりをキョロキョロとしている小さな女の子を発見したのだとか。湊が話しかけたところ、お母さんと逸れてしまったという。その子はいわゆる迷子だったのだ。そのまま放置するのもどうかと思ったのか、湊はとりあえず自分の家まで来てもらったのだ。
海「迷子か〜、ねえ、芽衣ちゃん?って言ったっけ?あなたはどこからきたのかわかる?もしかしたらお母さん探せるかもしれないから」
芽衣「芽衣は駿府からきたんだよ!今はお母さんとかと一緒にこの近くに来てたんだけどね?なんか可愛いうさぎさんが山に入ってくのが見えて、それを追っかけてたらいつの間にか全然知らないとこに来ちゃってたの!」
海「なるほどね〜駿府......ん?駿府?」
その単語に海は妙に引っ掛かった。なぜならーーー
海「お兄ちゃん......駿府って......」
湊「確か今川が治めてる国だっけか?」
駿府は東海地方に位置する国のことだ。この時は今川家が治めていて、他にも武田家や北条家とも同盟を結んでいたのだとか。そんな大国の駿府から来たということはーーー
海「芽衣ちゃん......お母さんの名前、教えてくれる?」
芽衣「うん!”今川治部大輔義元”だよ!」
海「あ〜やっぱりそうだよね......ってことは芽衣が?」
芽衣「今川治部大輔氏真だよ!真名は芽衣!よろしくね!」
海「う、うん。よろしくね。私は椎名海。こっちは兄の湊ね」
海は......いや今回は湊も少し困惑の色を見せていた。それはそうだろう。これから戦うであろう今川義元の娘が今この場にいるのだから。
海「どうするお兄ちゃん?」
湊「バレたら手打ちにされるかもな〜。とりあえず......お母さんのとこ行く?」
海「いやいや!相手はあの今川義元だよ!?そんな何にもなしで行くのは危険だって!」
湊「芽衣はお母さんのとこ帰りたいでしょ?」
芽衣「うん!お母さん心配してるかもしれないし!」
湊「......こう言ってるぞ〜?」
そう言いながら湊は海の方を向いた。こうなった場合、海にはもう断るという選択肢は無くなっている。海は内心ため息を吐きながら言った。
海「わかった。送り届けるだけだからね?あんまり変に刺激しないでよ?」
こうして2人は芽衣を送り届けるべく、今川義元のもとへ向かうのだった。