第1話
「なんだよー発売日に発売延期って!」
叫んだのは翔太という青年だ。
今日は新型VRゲーム機『Virtual Online Machine Ban』略して『VOMB』、通称『ヴォム』と、その専用ゲーム『New Network Narrative』略して『NNN』の発売日だ。
そのはずだった。
今日突然NNNの発売延期が発表され、遊ぶゲームのないヴォムだけが発売されたのだった。
家電屋でその発表を聞いた翔太は周りがみんな何も買わずに帰って行く中、ヴォムを購入して帰ってきた。
翔太にとって不思議だったのはみんな店頭でNNNの発売延期を聞くと店に入ることなく帰って行ったことだ。
「ヴォムの特長はこれに登録したアバターがあとから発表されるゲームでも使い回せるようにしてあるってことだから、先にアバター登録くらい出来るだろ」
ヴォムを開封し、まずは取説を読む。
「なになに?本機を使用する際は必ず横になって使用してください?え?これフルダイブ式だったっけ?」
フルダイブ式とは、意識ごとVR空間へ飛ばしてプレイするタイプで、以前に開発されていたが、多数の死者を出すトラブルを起こし世間を騒がす大ニュースとなり、市場に出ることなく全世界で開発が禁止になった曰く付きの方式だ。
翔太がそう思ったのは、フルダイブ式はプレイ中は体は意識を失っている状態になるので立ったり座った状態ではプレイ不可能だからだ。
開発が禁止になる以前、翔太は大学時代所属していた研究室の教授に誘われ、それのテストプレイに参加していたのだが、そのときもやはり横になった状態でプレイしていた。
そして、禁止になる原因となったトラブルの内容は翔太も把握しており、多額の慰謝料を貰い解放されていた。
そして、ヴォムだが、これはフルダイブ式の禁止後に主流となった、ゴーグル型の視覚情報にのみ影響するヴァーチャルマシンの新型という触れ込みだった。
なので、操作はコントローラーで行うはずだが、箱にはそれらしいものが入っていない。
「もしかして欠品か?まぁ、どうせやるゲームもないし本体が動くかとりあえず電源入れてみるか」
フルダイブ式の経験のある翔太はそのままヴォムを起動してしまった。
「ネット接続はこのボタンか、よしスタート!」
Welcome to VOMB
そんなメッセージが脳に過ぎる。
「やっぱりフルダイブ式じゃないか!」
真っ白な仮想空間に降り立った翔太が叫ぶ。
「これ、いつの間にスキャンしたんだ?」
アバターは先程までの翔太の姿そのままだった。
違いはヴォムを装着していないことだけだ。
以前のフルダイブ式は脳に干渉し、その記憶を元にアバターが作られるが、初期設定の段階でスキャンが必要だったのだが、それを行った様子がない。
「もしかしてーーー」
一瞬にしてアバターの服装が魔法使いのようなローブ姿に変わる。
「まさかと思ったけど、これ、リアルタイムで記憶にも接続されてるな」
その姿は以前にテストプレイしたゲームで装備していたものだった。
「止め止め、ヤバイって。さすがにゲームで死にたくねーよ」
フルダイブが禁止された理由、それは脳へのダメージだ。
直接脳へアクセスしている為、アバターの受けた影響をモロに受けるのだ。
肉体的なダメージの感覚だけはある程度遮断できていたが、恐怖や苦痛はどうにもならず、テスト中に発狂死する者が多発したのだ。
身体中を切られ殴られ焼かれ、わずかだが痛みもあり、それでも死ぬことはないなんてことをされたらそりゃあ発狂するだろう。
ゲームの難易度にもよるだろうが、むしろそのゲーム感覚でプレイできる者がどれだけいるか。
それでコントローラーで操作するタイプならゲーム感覚でプレイできると実証されゴーグル型がVRの主流となった。
当時のマシンは記憶部分には初期スキャン以外は干渉していなかったのだが、ヴォムは違うようだ。
翔太はこれは危険だと判断し、ログアウトしようとしたのだが、その方法がわからない。
いや、正確には分かっているのだが、その方法通りにやってもできないのだ。
「メニューは出るのになんでログアウトボタンがないんだ!?」
本来あるべき場所にログアウトボタンがない。
仕方なく翔太は一縷の望みをかけて、GM callを試してみる。
「本体しかないのにGMもくそもないよな・・・」
「ハイ、コチラハVOMBデス」
「やっぱりシステムメッセージか」
聞こえてきた機械音声に落胆する翔太。
「新網翔太サマノ接続ヲ確認。転送シマス」
「えっ?」
目の前にウィンドウが現れる。
「やぁ、翔太君。君なら起動すると思ったよ」
「郷原教授?!」
ウィンドウに表示された人物に思わず叫ぶ翔太。
「ごめんね。君はあのテストプレイの成績が優秀だったから監視させてもらっていたんだ。これは君へのプレゼントなんだけど、普通に渡しても絶対起動してくれないだろ?だから新型VR機を装って君に買ってもらったんだ」
「もしかしてヴォムやNNNの発売って・・・」
「うん、偽情報だ。そんな物が発売されるなんて思っていたのは君だけさ。君の得る情報だけを弄らせてもらったんだ」
「じゃあ、あの時店に並んでたのは・・・」
「もちろん、僕の用意したサクラだよ。君がいつもあそこでゲームを買っているのは当然調査済みさ」
その言葉にガックリと肩を落とす翔太。
「フルダイブなんて恐ろしい物まだ作ってたんだな」
「僕も研究者だからね。とは言え、前回失敗した1番の原因はPKとPVPだったと思う。だから今回はソロ専用だ。君の為のゲーム。君だけの物語だ」
「まさか、NNNって」
「気付いてくれたかい?新網、つまりNew Networkの物語、Narrativeさ」
まさか自分の名前が由来だとは思いもしていなかった翔太。
「で、俺はここから出られるのか?」
「出したら二度と来てくれないだろう?大丈夫、クリアしたらログアウト制限は解除されるよ。それに君の体の方は・・・言わなくてもわかっていると思うけど、既に回収させてもらったよ」
「マジか。てか、それどんだけかかるんだよ。クソ難易度だったら諦めるからな!」
「ちょっと難しめにしてあるからちゃんと準備して進むんだよ。それとNPCもテストプレイ参加者を参考にAIを搭載しているから一緒に行動することもできるはずだよ」
「いや、アンタのことだからそれは罠だな。俺はソロでプレイする」
「よくわかってるじゃないか。まぁ、Rコードなんてないからイロイロできるよ。そっちで童貞捨ててきたら?」
「どうせそれも罠だろうが。だいたい俺が童貞じゃないことも知ってるんだろう?ストーカーめ」
「アハハ、バレたか。同じ生還者の彼女には手を出していないから安心してね。僕の興味は君だけだから。君がどうNNNをクリアするのか楽しみにしてるよ」
「ゲーム内も常に監視する気かよ。途中で難易度弄ったりしないだろうな!?」
「そんなことはしないよ。見ているだけさ。誓ってもいい。万が一、君に有利なバグがあっても修正しない」
「つまり致命的なバグも修正しないんだろ?」
「そういうことになるね。まぁ、ないとは思うけど、君がこのゲームの初プレイヤーだから何か予想外のことが起きるかもしれない」
「で、このゲームの最終目的は?何をすればクリアなんだ?」
「単純さ、ラスボスを倒すんだ」
「それは何だ?魔王か?」
「そこまでネタバレしたらつまらないでしょ。ゲーム内で敵を見極めて探し出すんだ」
「ちゃんとチュートリアルくらいあるんだろうな?いきなり送り込まれても何もできずに終わるぞ」
「ああ、基本操作なんかはテストプレイと同じだよ。だから今回はいきなり始まるから気を付けてね。変更点は気付いてると思うけど、マシンが違うってことだね。今覚えてること、これから覚えること、全部ヴォムとリアルタイムで連動できる。リアルタイムだから死んだらそこまで。だから死なないでね」
「さらっととんでもないこと言ったな」
テストプレイでは死んだらセーブポイントから再開できた。
だが、今回はその機能はないらしい。
「それじゃ、始まるよ。君の物語が」
郷原教授がそう言うと、ウィンドウが閉じ、周りが光り出す。
翔太はその眩しさに目を閉じ、顔を押さえる。
「ここは・・・俺の部屋?」
目を開けると、ヴォムを起動したときのままの自分の部屋だった。
服も元に戻っている。
違いはヴォムがないこと。
ヴォムを買った帰りにコンビニで買ってきたものはあるが、箱などのヴォムの形跡だけがすっかりなくなっている。
「これがゲーム内なのか?」
空中を指でなぞるというメニュー呼び出し動作を行うと、確かにメニューが表示された。
「ゲームって、あのときみたいなファンタジーじゃないのかよ!外はどうなってるんだ?!」
部屋を飛び出し、街を歩く。
元の世界と変わらない街並みに普通に通行人がいる。
店には店員と客がいる。
なにも現実と変わらない。
ただ、すれ違う通行人がやたらと自分を訝しげに見ていく。
実はヴォムを装着したまま歩いているんじゃないかと何度も顔を触るが、あるのは皮膚と髪の感触だった。
(あの悪趣味な教授らしい。あいつなら俺からヴォムの認識だけ奪うこともできるだろう。これがゲーム内なのか現実なのかで迷う姿を見て楽しんでいるんだろうな)
(全く、何が原因はPKとPVPだ。あいつの作った世界はリアルすぎるんだよ。だから発狂するんだって気付けよ)
(そして、ゲーム内と判断して行動するのは危険だ。あいつの思い通りになるのはシャクだが、あいつなら両方ともあり得るだけに現実で罪に問われる行動は避けるべきだ)
郷原教授は体は回収した、と言っていたが、それが嘘の可能性もあるし、それ自体もやりかねない。
つまり家には入ったのは間違いない。
今が現実ならヴォムの形跡を回収しているだろうし、ゲーム内なら体を回収されている。
確定しているのは、自分の頭にはヴォムが装着されていること。
ここが現実なら自分はその認識ができなくされている。
ヴォムがリアルタイムで記憶にも干渉できるのなら有り得ないことではない。
そして、ヴォムは元々得ていた情報の通りゴーグル型でフルダイブではない、ということになる。
先程は前に体験したフルダイブの経験からフルダイブだと思ったのだが、よくよく考えればゴーグル型に教授の趣味が加われば今の状況も可能だ。
横になって使用、というのがミスリードだったのかもしれない。
(ラスボスと決めてかかるのは危険だが、教授を探そう。大学にはいないだろうけど、行ってみる価値はあるか)
そうと決めると、一旦家に戻って準備と確認をすることにした。