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オカルト研究会の有閑な日常  作者: 賀来文彰
幻燈の中の抱擁~オカルト研究会元会員の備忘録より~
8/73

 見送りを済ませると、会長はまるで私の事を忘れてしまったかのように長い時間黙想に耽っていたが、おもむろに目を開けると何かを呟いた。


「え?」


 思わず聞き返した私の声など届いていないのか、急に立ち上がると部屋の奥にある大きな書類棚を開いた。

 部屋の雰囲気に似合わず綺麗に整理整頓された書類棚から目当てのものを引き出すと、会長はそれにしばらく目を通してから私に差し出した。


「ねえ、和葉。これを読んであなたはどう思うかしら?」


 そこに記されていたのは、さっき聞いたばかりの子どもの幽霊の話を纏めた調査記録だった。


「そうですね。遥さんの話通りという印象ですけど」

「ただ単に見るのではなくて、しっかりと観察しなさい。ほら、ここを見て」


 会長が指し示す先に目を向けると、誰かが付け加えたのだろうか、枠外に「移ろい雪?」と走り書きされていた。


「移ろい雪、ですか?何ですか、それ」

「ああ、そっちを見たのね。私が見て欲しかったのはこっちなんだけど」


 よく見るとその指先は書き込みの隣にある日付の部分を示していた。


「日付ですか?」

「そうよ。でもまあ、先に移ろい雪伝説について話しましょうか。確かあなたはこの辺りの出身では無かったわよね。移ろい雪伝説は近くにある胡麻富岳に古くから伝えられている伝説のことなの。胡麻富岳では真冬になるとある程度の積雪があるんだけど、それが一夜で姿を消すことがあるそうなの。翌日にはまた元通りになっているからその光景を見たという人は非常に限られているのだけれど、伝説が残るほどには人々に強い印象を与える出来事だったのでしょうね。因みに雪が姿を消すその時はこの世とあの世が繋がっているから山に立ち入ってはいけないと伝えられているの」

「それと子どもの幽霊の話がどう関係しているんですか?」

「この伝説には続きがあってね。真冬に一夜だけ姿を消した積雪が晩春の頃に同じく一夜だけ姿を現すそうなの。その時もまた、この世とあの世が繋がっているとされる。まあ、「誰そ彼」と「彼は誰」の延長線上みたいな話よ」

「因みに、この世とあの世が繋がっているからって何で山に立ち入ってはいけないんですか?」

「立ち入った者にとって良くないことが起きるからみたいな話なんじゃない?」

「急に適当になりましたね」

「私もそこまでは知らないのよ。言い伝えってだいたい気になる部分はよく分からないものでしょう?そういうものなのよ」

「そういうものですか?」


 会長は私の言葉を無視すると、日付の部分を指先でトントンと叩いた。


「さて、その記録をもう一度見直してみて。子どもの幽霊の話が広まりだした時期はいつのことかしら?」

「えっと……。あ、どれも冬ですね」

「それらを更に時系列に並び替えてみると興味深いことが分かるわ。バリエーションの中では一番多い、つまり一番噂として囁かれたのは家のチャイムを鳴らすというものだけど、そもそもの始まりは夜に外を走り回っている話なのよ。この話をベースに様々なバリエーションが生まれ、広まっていったようなの」

「じゃあ、遥さんが言っていた人探しの子どもの幽霊話も信憑性が高いということですよね」

「そうよ。移ろい雪伝説と関連性があるとすれば、この話が出てきた時期とも符号するものがあることが頷けるわ」

「でも、噂って結局のところどれも眉唾なんですよね?それなら始まりが分かったとしてもどうせ嘘なんですから意味がないと思うんですけど」

「そうとも言えないわ。確かにファミレスの話なんてのは誰もが知ってる典型的な作り話だけれど、全てがそうとは限らないわ。それに、意図的に噂を広めたいと思わない限り、全ての始まりとなる話は真実そのものか、それを経験した人が真実だと信じて疑わないかなのよ」


 そこでいきなり私をじっと見つめて、会長は思いも拠らないことを口にした。


「ところで、あなたは幽霊の存在を信じているの?」

「え?まあ、信じていなかったらここにはいないと思いますけど」

「何故信じているの?」

「それっぽいのを見たからですよ。新歓の時に話したじゃないですか」

「ねえ、和葉。それっぽいものを見ることと、それそのものを見ることには大きな違いがあるのよ。あなたが見たものは本当に幽霊だったのかしら?」


 会長のこの唐突な問い掛けは、それまで幽霊を見たと信じて疑わなかった私に重い一撃を与えるには充分だった。今日に至るまでのオカルト研究会での活動の中でこの問い掛けは幾度となく胸中でせめぎ合ってきたが、この時は単に自身の経験談を信じてもらえていなかったことに対するショックが大きかったのを記憶している。その不意打ちは私の中に突如として溢れ出すものを巻き起こし、感情的な言葉を口にさせた。


「やっぱり会長も信じてくれないんですね。そりゃそうですよね。心霊関係の話を扱わないくらいですもんね」


 それ以外にも様々なことを言い連ねたような気がするが、感情が先走っていたせいかいまいち判然としない部分がある。だが、私の激昂に対してじっと耳を傾けていた会長が放った一言はしっかりと覚えている。


「私は信じているわよ。あなたの話ではなくて、あなた自身を」


 この一言が私の理性を呼び起こしたのだった。


「ちょっと、それってどういうことですか?」

「真実そのものか、それを経験した人が真実だと信じて疑わないか。あなたが見たものは幽霊かもしれないし、虫や野生の動物だったかもしれない。でも、それが何にせよ、自分が幽霊を見たと信じるに足る経験をしたという事実は決して変わらない。見たものを疑うのはまだ分かるけど、見た人自身を疑うのは愚かなことよ」


 その瞬間、会長の表情に浮かんだものを見て、私は会長の言いたいことを真に理解したのである。そして会長がオカルト研究会とは切っても切り離せないはずの心霊関係の話に何故余り良い顔をしないかもおぼろげながらに推察することが出来たのである。


「和葉。今回の遥さんからの依頼だけど、正直に言って幽霊を見たと信じているあなたにとっては嬉しくない結果に終わるかもしれない。これはあくまで私が個人的に引き受けたものだから何もあなたが無理に調査に加わる必要は無いのよ」

「お心遣いはありがたいんですけど、そこまで念を押されると逆に気になっちゃいます。それに、普段扱うことのない幽霊の話を調査出来るせっかくの機会を逃すわけにはいきませんし」


 今にして思えば、この時に私はオカルト研究会の真のメンバーとなったのだろう。反証されたり全否定されたりすると分かっているものを相手にするには、何よりも好奇心が重要となってくる。その好奇心こそが自身のオカルティックな経験とそれに付随する周りからの心無い評価から自分自身を守ってくれる壁となるのだ。

 私の答えを聞いて会長は一つ頷くと手元の調査記録に目を落として、こう言った。


「じゃあ、早速だけど調査を始めましょう。まず、この辺りで起きた子どもに纏わる事件・事故を取り上げたものを調べていくわよ。調べる時期は遥さんが調査していた頃とここ最近の二つよ」

「噂が生じるきっかけとなった出来事があるかどうかを見ていくんですね」

「そうよ」

「分かりました。でも調べる前に一つ聞いても良いですか?」

「何かしら?」

「この記録に付け加えられている移ろい雪ですけど、これを書いたのは遥さんでしょうか?確かにこの伝説と幽霊の話の時期は重なりますけど、それならそうとさっき会った時に話してくれれば良かったのになって」

「ああ、きっとそれは遥さんが書いたものじゃないのよ。だから話に出なかっただけでしょう。或いは単に忘れていただけかも」

「そんなものなんですかね?」

「そんなものよ」

「ところで、個人的な関心って何ですか?」

「え?」

「さっき依頼を受ける時に、遥さんに言ってたじゃないですか」

「ああ、あれには意味なんてないの。ただ単に依頼を引き受ける動機付けをしただけよ」


 会長はそう言って微笑んだが、何となくどうもそれだけではない別の何かがそこにはあるような気がしてならなかった。


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