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オカルト研究会の有閑な日常  作者: 賀来文彰
幻燈の中の抱擁~オカルト研究会元会員の備忘録より~
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 私が属していたオカルト研究会だが、不思議なことに当時の会長は心霊関係の事柄を扱うことに寛大ではなかった。部室で開かれる怪談の集いにさえ余り良い顔をしなかったものである。とはいえ、非常に数少ないながらもそのような案件が調査対象となることもあった。


 そしてその大半が、日頃幽霊という存在に対して抱いているイメージを覆すものであった。


 その中でも、胡麻富岳に言い伝えられている移ろい雪伝説に起因する子どもの幽霊の目撃情報に関する調査は、私がオカルト研究会に所属し始めてから日もまだ浅く、当時の目標を達成するばかりか、人生の折り返し地点も随分と過ぎたところまで歩むことなど夢にも思っていなかった頃に行われたものになる。


 あれは確か、大学の授業にも慣れ始めて目前に迫ったゴールデンウイークが待ち遠しくなる時期のことであった。その日の授業を終えて部室に向かうと、会長の一条彩夏が難しい顔をして別の誰かと話し込んでいた。来客がいることなど滅多になかったので私は驚き、どうすれば良いのか分からず二人を見続けることしか出来なかった。


「あら、和葉。今日は早かったのね。来たばかりで悪いんだけど、少しの間席を外してもらっても良いかしら?」

「あ、はい。分かりました」


 踵を返そうとする私をもう一人が呼び止めた。


「あなたもオカルト研究会の方なんですよね?彩夏、どうせなら彼女にも聞いてもらいたいんだけど。良かったら一緒に話を聞いてもらえませんか?」

「本当に宜しいんでしょうか?」

「遥さんが良いって仰ってるんだからお言葉に甘えさせてもらいなさい。あ、そうそう。和葉、悪いんだけどこっちに来る前に、ドアにメッセージボードを掛けといてもらえるかしら?ボードとペンはそこにあるわ。内容は「今日は休み」とだけ書いといてくれればそれで良いから」


 指示をこなし室内に戻ると、会長が私を紹介した。


「彼女は宮島和葉です。文学部心理学科の新入生です」

「宮島です。宜しくお願いします」


 お辞儀をすると先客が立ち上がった。

「私とは一字違いね。御幣島遥です。こちらこそ宜しくお願いします」


 遥さんは堂々とした佇まいで、こちらに軽く会釈した。


「遥さんはオカルト研究会の先輩なの」


 会長がそう言うと、遥さんはにっこりと微笑んだ。


「先輩と言っても、随分と昔のことなんだけれどね。今ではすっかりアラフォーよ」


 くすりと笑うと遥さんは再び椅子に腰掛けたので、私達も同じく腰を下ろした。


「さてと、話を戻しましょうか。今、彩夏に話していた内容なんだけど、あなたは子どもの幽霊の話を知ってる?」

「それって理工学部棟に出るっている幽霊の話ですか?」


 不思議なことにこの大学には幽霊に纏わる噂話が多く、部活やサークル問わず、七不思議めいたものが代々語り継がれていくのが恒例となっている程だった。しかし数多い怪談の中でも子どもに纏わる話は理工学部棟のものしか思い浮かばなかった。


「いえ、大学の話じゃなくて、この辺りの話なんだけどね」

「え?怖い話って大学だけじゃないんですか?」

「そうよ。この辺りってね、心霊スポットとまではいかないけど色んな噂話が至るところに転がっている不思議な場所なのよ」


 下宿を始めたばかりの身としてはありがたくない話だが、それ以上に子どもの幽霊の話が気になって仕方なかった。


「で、その子どもの幽霊なんだけど、私がオカルト研究会にいた頃はすごく有名な話で、実際、何度も調査したんだけど結局のところ何も分からずじまいで終わっちゃったのよ」

「遥さんの時は心霊関係も扱っていたんですか?」

「そうよ。オカルト研究会なんだから当たり前じゃない」


 遥さんが小首を傾げた。会長が私の右足を軽く爪先で小突くと、軽く咳払いして続きを促した。


「因みにその話がどんな内容だったのかを和葉に聞かせてあげてもらっても良いですか?私自身、もう一度確認しておきたい点が二、三ありますので」

「ああ、そうね。この話には色々なバリエーションがあるんだけど、一番多かったのは子どもの幽霊が家のチャイムを鳴らすというものなの。その次に多かったのが、夜になっても外を走り回っている子どもがいるから、心配して声を掛けたらそのまま姿を消したって話でね。後は、夜中に子どもの泣き叫ぶ声が聞こえた話とか、ファミレスに行くと人数分よりも一つ多く水が出て来るから、いらないと店員に伝えるとお子様の分ですがと怪訝な顔をされたなんて話とかばかりなんだけど、とにかく子どもに纏わる話が多くてね。でも、それもしばらくしたら皆の話題に上がらなくなってきて、結局調査は打ち切りになったの」

「え?どうしてですか?」

「遥さんたちが眉唾だと判断したからよ」


 言葉を継げずにいると、会長が説明をしてくれた。


「こういう話で多いのは、誰かが流した噂や創作の怪談に尾ひれがついていって、それが予想以上に広まっていったというパターンよ。爆発的に広まった話は実体がない分、収まるのも早いものなの。だから、新たな情報もないままに同じ話が繰り返されていくと、大抵の人はその話を「聞いたことがある」として段々話題にすら上げなくなっていくの。「人の噂も七十五日」って言うけれど、実際はもっと短いものよ。そういうものは眉唾として処理されるのが常なの」

「なるほど」


 そう聞くと確かに思い当たる節があった。オカルト問わず最近まで流行っていた噂が途端に話題に上がらなくなることがよくあった。それ故に、普段耳にする噂話の大半が眉唾に値するのかと思うと、何だかマジックの種明かしを受けたみたいでどこか冷めてしまうものがあった。


「そういうことだから私もすっかり忘れていたんだけど、仕事の都合で久し振りにこっちに戻って来たら、また子どもの幽霊の話が話題になっていたから何だか懐かしくなっちゃってね。それで自分が纏めた調査記録を読み返したくなって、こうしてかつて自分が属していた研究会の扉を叩いたという訳なの」

「調査記録があったなんて知りませんでした」

「まあ、他の研究会もそうでしょうけど、調査とかには余り熱心じゃなかったから」

「私が読んだものには、近隣のチェーン居酒屋のハイボールと値段のバランスについて纏めた調査記録がありましたね。確かタイトルは「同じハイボールが薄く感じられるオカルト的原因について」だったと思うのですが」

「言っとくけど、それを纏めたのは私じゃないからね。あくまで調査に協力してお店を回っただけだから」

「私も一緒に巡ってみたかったです」


 言葉とは裏腹に感情は込められていなかった。会長はまるで急かすかのように話を続けるように促した。


「そうだったわ。子どもの幽霊の話ね。で、今回の噂なんだけど、不思議なことに子どもの幽霊の特徴が少し変わっているの」

「特徴ですか?」

「ええ。さっき話した、夜になっても走り回っているって話だけど、どうやら今回は誰かを探しているようなの」


 夜に子どもが走り回っているだけでも不気味だというのに、それが幽霊となるとどうしても寒気を覚えずにいられなかった。誰かを探し求めて練り歩く光景が容易に目に浮かんで、思わず会長の方を見やると会則の都合上か既に聞いていたせいか、そもそも心霊関係には関心がないのか目をつぶったまましかめっ面をして黙り込んでいた。


「どうして分かるんですか?」


 恐る恐る聞いてみると、遥さんは一言、


「実際にその様子を見たという人から話を聞いたからよ」


 とだけ答えた。


「でね、もう察しは付いてると思うけど、この噂をあなた達に是非とも検証して欲しいの。以前に流行った噂が何故今になって復活したのか。ただ復活するだけじゃなくて内容に変化が生じた理由は何なのか。そもそもこれは噂だったのか。それとも本当の心霊現象なのか。この件はオカルト研究会としては決して見過ごすことの出来ないネタだと思うのだけれど、良かったら調べてみてもらえないかしら?」


 遥さんからもたらされた情報には正直ゾッとするものがある反面、是非調べてみたいと思わせる何とも抗いがたい魅力があった。しかし、会則の順守を徹底している会長のことだから、いかに先輩から持ち込まれた話とはいえ首を縦に振ることは無いだろうと考えていた。

 会長は長く口を閉ざしていたが、おもむろに立ち上がってこう告げた。


「現在の会則では心霊関係の調査は基本的に行わないことになっています。ですが、この一件には個人的に関心があります。なのでオカルト研究会としてではなく個人的に調べてみようと思います」

「ありがとう。あなたが引き受けてくれて嬉しいわ。じゃあ、何か分かったら連絡を頂戴ね」


 遥さんは私たちに連絡先を渡すと、仕事があるからと言って帰っていった。


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