三
「それで、やっぱり出たと」
「うん」
「しかも証拠まで掴んだと」
「うん」
「オカルト研究会として最高の成果じゃないですか。良かったですね」
「いや……」
溜息をこぼす彩夏の前で、京香を含めた突撃メンバーが項垂れている。
部室の外は静かで、窓から降り注ぐ太陽の日差しが快い。たまに校舎周辺をランニングしている体育会系の部活の掛け声が聞こえてくるのが、長閑な土曜日らしい。部室の中でも部屋の片隅でメンバー達が新作の映画の話などをしながら思い思いのジュースに手を伸ばしている。
昨日、京香達は宣言通り、御幣島病院跡地に足を踏み入れたという。しっかりと懐中電灯を用意して、デジカメも持参していたというのだから変なところが真面目である。
問題の証拠とは、そのデジカメに録音されていた。ただ、京香達が青ざめているのは自分達自身もその場でその音を聞いていたからである。慌てて廃病院を飛び出した後、近くのコンビニまで逃げてきたメンバー達は、怖さを誤魔化す様に早とちりだ、勝手に逃げ出しただのと言い合っていたが、そこの駐車場で再生したデジカメに、しっかりと自分達が聞いた音が入っていたことで一気に震え出し、全員で塩を買い、互いに振りかけ合ったという。
「コンビニの人にすごく変な目で見られたわ……」
一限終わりの学生達が午後からの時間を楽しもうとはしゃいでいる。ここまで聞こえてくるということは、かなり大声なのだろう。
「いや、本当にお疲れ様でした。では、私も講義があるのでそろそろ……」
扉へ向かおうとした彩夏に、京香が言った。
「この映像、あなたにも見て欲しいの」
「何でですか。怖いのは苦手なんで嫌です」
「いや、あなたにだけじゃないから。ちゃんとオカルト研究会全員で見るから」
その言葉に、部屋の中のメンバー達がぎょっとした表情でこちらを見てきた。
「そういう問題じゃないです」
「今度、過去問貸すから」
「大沢先輩が貸してくれるので、大丈夫です」
余りにも京香がうるさいので、結局彩夏は他のメンバー達を道連れに、デジカメの映像を見ることにした。
「うわ、やっぱり廃墟だね」
「夕方でも怖いな」
「スプレーとか絶対にダメだからね」
「そんなこと出来るわけないじゃないですか」
京香達が廃墟の入口で震えている様子が映っている。まだ日があるとは言え、山の中に建てられた病院を包み込みように草木が生い茂り、ほんのりと薄暗い。しばらくの間似た様なやりとりを続け、一階に足を踏み入れた。
「足元に気を付けてね」
床の上には棚の中身にあったであろう書類や小物などが外から吹き込んできたであろう木の枝と共に散らばっていたが、歩くのに支障は無い様子だった。玄関入ってすぐの左側にはエレベーターがあったが、当然の如く電気は通っていない。真正面は受付らしきスペースがあり、玄関右側はがれきとまでは言わないものの、無傷で歩く為にはかなりの気を遣わなければならない程、大小を問わず物が散乱していた。
「階段があったよ」
「ここ、上るんですか?嫌ですよ」
一行はエレベーター横の階段スペースを見つけていた。廃墟になったせいか階段スペースへのドアは重く、中々開かなかった。
しばらくすると、ガタンという大きな音と何かが転がる音と共にドアがゆっくりと開いた。
「壊してないよね」
「廃墟って時点で壊れてたと思います」
ドアは完全に奥まで開閉できない様子だったが、人一人以上が通れるスペースは充分に出来ていた。
「うわ、危ね」
「どうしたの?」
「何かに引っかかりました。木の枝か、これ」
「それにしても大きいね」
夕暮れ時とはいえ、窓が無い階段スペースは懐中電灯を点けて進まないといけない程に暗かった。
「二階から見て回ろうか」
「え、一番上まで行くんですか?」
「もう、いいんじゃないでしょうか……」
「アルコールくさいよ……」
「病院なんだから消毒液が残ってるんでしょうよ。ほら、とっとと歩いて」
不安げに話しながらも、誰に勧められるともなく全員が二階に上がっていく。
二階にはナースステーションがあり、階段から見て左側には病室が続いている。右手側はロビースペースらしき様子だった。
ナースステーションの中の机の上は煩雑とした様子だった。散らかっている訳ではないが、他の場所に比べて物が多い。お菓子の箱や大きめのビンらしきものも置かれている。
「余り散らかってないですね」
「心霊番組とかで行くスポットって、結構がれきとか多い感じなんですけどね」
映像だと分かりにくいが、廃墟にしては確かにマシな方である。そんなことを考えながら映像を見ていると、京香が目配せをしてきた。そろそろ問題の音が流れるのだろう。
「上もこんな感じですかね?」
「四階までは同じだったはずよ。五階が手術室と重病人用の病室じゃなかったかしら」
「ぇれ……」
「え?今、何か言った?」
「そういうのマジでやめろって」
「怖いよ~」
「いや、聞こえたでしょう」
「聞こえてないって」
「かえれ」
小さいものの、それは紛れもない男性の声だった。
後は、一斉に悲鳴を上げるメンバー達の絶叫と、全速力で走っている為か視界がブレブレの映像ばかりだった。
京香が震える手で再生ボタンを止めた。
部室の中は、恐ろしいくらいに重苦しい空気に支配されている。
「確かに言ってましたね」
そんな中で、彩夏は今日の昼ごはんは和風ハンバーグ定食にするかチキン南蛮定食にするかを悩んでいた。
「ちょっと、何でそんなに冷静なの」
京香が驚いた表情でこちらを見てくる。自分の仮説通りでなかったら確かに怖いが、それでも彩夏からするとテレビでよく目にするフェイクの心霊映像の方が余程怖かった。
「会長、多分大丈夫ですよ。この後、ご飯食べてからちょっと確かめに行きましょう」
まさか乗り気になるとは思っていなかった京香がしどろもどろになる。他のメンバー達も普段の彩夏の幽霊嫌いを知っているだけに皆、驚いた表情だった。
「あ、ちなみに私は和風ハンバーグ定食がいいです」
遠慮なくタダ飯にありつこうとする彩夏の様子に、京香はすっかり目を回していた。
何処かで小鳥が鳴いている。