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プロローグ

「私は幽霊なんていないと思っています」

 隣では涼音が泡を食った表情でこちらを見ている。さっきまで軽口を叩いていた先輩達も何とも言えない表情を浮かべていた。



 その日は朝から小さな嫌事が続いていた。設定していたはずの目覚ましアラームは鳴らず、怒り狂ってスマホを見ると充電ケーブルが外れていた。当然電源は入らない。急いでモバイルバッテリーの方のケーブルを差し込み、出来る範囲の身支度を整えて下宿先を飛び出した時には、三十分以上の遅刻が確定していた。

 

 幸い、出欠を取らない講義だったので表立っての注意などは無かったものの、代わりに友人達からの好奇の視線には晒されることとなった。


 その後、気分転換に大好きなコロッケ定食を食べに食堂へ行く途中、涼音に捕まって連れて来られたのが、ここオカルト研究会の部室であった。


「面白そうでしょ?一緒に覗いてみようよ」


 と、涼音は話していたが、扉をくぐるなり何人かの男女に声を掛けられていたから、友達繋がりというやつだろう。


 「つるむ」ということが好きでない私とは対照的に、涼音は男女問わず友達が多かった。それもあってか涼音はサークルをいくつか掛け持ちしていた。その節操の無さに少し辟易としていたが、あれよあれよという間に入会の話になっていた時には流石に苛立ちが募っていた。


 頼んでもいないのになし崩し的に始まった新入生の顔合わせという名の雑談にうんざりしていた私は話を振られた瞬間、朝からのイライラをぶつける様に、きっぱりと宣言した。



「私は幽霊なんていないと思っています」



 外では学生達の談笑が広がっている。穏やかな午後のひとときだ。


「なのでオカルト研究会には向いていないと思います。お時間取らせてごめんなさい」


 そうやって席を立とうとした私に向かって、部屋の隅から声が掛けられた。


「そのつんけんとした態度、気に入ったわ。是非、ここに来てくれない?」


 思わずそちらを見やると、ふわふわした優しそうな雰囲気の女子が面白そうにこちらを見つめていた。


「え?」


 少し冷静になった私の耳に、先輩達が面白そうに小声で話す様子が聞こえてくる。


「へえ、アイツが誰かに関心持つなんて久々だよな」

「それ自体がオカルトだよなあ」

「うるさい」


 彼らを少し睨んでから、彼女は再びこちらを見て――


「私も信じていないの。会長やってる癖にね」


 そうやってニッコリと微笑んだ姿は何処か儚げで。

 そしてその後に続いた言葉が私の好奇心を刺激した。


「良かったら、続きはコロッケ定食を食べながら話さない?あなたの大好物なんでしょ?ご馳走するわ」

「え・・・あ、有難うございます・・・」


 どうして初対面なのに分かったのだろうか。

 その理由が知りたくなった私は彼女の顔を見ると――


「ああ、自己紹介がまだだったわね。一条彩夏よ。宜しくね」


 何故か目線を逸らしながら自己紹介をする彼女の横で、他の先輩達が声を殺して笑っている。

 


 それが彼女と出逢った初めての日のことで。


 

 若葉の香りが立ち込め始める季節になると、いつもこの日のことを思い出す。


 そのまま目を閉じれば、きらきらとして、少し眩しく映るオカルト研究会での日常が昨日のことの様に浮かんできて。

 一緒に思い出すのは会長が好きだったローズマリーの香り。


 そう、あの日も確か部室にはローズマリーの香りが漂っていた。

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