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第7話
早寝と夜更かし
「おやすみ」
「もう寝るの?まだ9時だよ」夕食後のリビングにて。
「今日は遅くまで図書館で勉強してたから」
「嘘おっしゃい。いつも速攻で帰ってるのに。何かしでかして罰掃除でもさせられたんじゃないの?」と母さんが言う。
「ぐ、なぜバレた」
「何年いっしょに暮らしてると思ってるの。まあ何であれ疲れたんならさっさと寝なさい」母さんが可笑しそうに言う。
〜〜〜
早く寝なくちゃならないのは、明日こそ授業中に寝ないためというわけではなくて、たくさん夢を見ないといけないからだ。有瀬莉帆に接近を試みる奴ら一人一人の意思を、「夢の力」で変えなくてはいけない。一人か二人ならまだしも、あれだけたくさんとなると果たして上手くいくか・・・。
しばらく、今日の出来事を思い起こしながら眠りにつく。どうか収拾がつかなくなるような夢になりませんように。そう祈りながら。
〜〜〜
夢の中・・・。
次の日の教室だ。えっと、まずは井上くん。相変わらずテンションが高い。あいつがいると教室中がうるさく感じる。しょうもないことばかり言って、それでみんなが笑わないと勝手に機嫌が悪くなる。今日も元気だが・・・そうだな、突如として腹が痛んで早退っていうので行こう。大食いで、いつもこっそりお菓子を食べているから不自然はなかろう。
次は村上くん。彼はクールでキザ。そしてプライドが高い。嫌なやつだ。うわっ、机の中に何か隠したぞ。封書のようだ。淡い桃色の封書。ラブレターとは、村上くんらしい、とも言える・・・。それならと、2時間目の国語の授業中に辞書を取り出した時に誤って封書を落とす。クラスの女子の目に触れて・・・。うん、これだけ恥をかいたらプライドの高い村上くんなら当分大人しくなるだろう。
お次は東くん。彼は悪い奴ではないが、有瀬さんには不似合いだなあ。筋トレばっかりしてわざとらしくタンクトップで学校を歩き回っている。有瀬さんはスリムだから後がひどそう・・・。そうだな・・・千原先生に呼び出される。「そんな格好で歩いてモテるとでも思っているのか!次見つけたら校舎中の掃除だ!」ちょっと厳しすぎたかな。いや、構わないだろう。遅かれ早かれいずれ怒られることだろうし。
続いては松田の野郎。彼のことはよく知っているから大丈夫だろう。別に有瀬さんのことも本気ではあるまい。誕生日プレゼントをあげたし、あわよくばくらいだろう。明日こう言うくらいでいいだろう。「今日の有瀬さんは機嫌が悪そうだから近づくなら別の日にした方が無難だぞ」とかなんとか。
こんな調子で一人一人、有瀬さんに接近しないようにシミュレーションをしていった。我ながらひどいものだなあ。近づこうとしていた奴らが僕の「夢の力」を知ったら袋叩きに合いそうだ・・・。まあ僕が何もしなかったら有瀬さんが明日から迷惑するだけだし、それをあらかじめ防いだと思うと悪くはないかもしれない。
〜〜〜
永本悠太が必死に夢をコントロールしている頃、有瀬莉帆はようやくベッドに入った。今日、16歳の誕生日は素晴らしい日だった。学校でもらったプレゼントは全部弟の拓海にやってしまったが。私は悠太のアイスクリームだけで充分だ。
さて、本当ならこれから明日に備えて大量のシミュレーションをしなくてはいけないところだけど、悠太が何とかしてくれると言うし(「秘策がある」と言っていたし、きっと今頃「夢の力」で頑張ってくれているだろう)、おかげで夜更かしして、心も体もすっかりリラックスすることができた。
明日上手い具合に誰にも言い寄られなかったら悠太にはお礼をしないと。今日もアイスクリームを奢ってくれたんだし。
どうしたら、悠太喜ぶかなあ・・・。思い切って告白してみるとか?いや、だめだめ。それはまだ早い。悠太の気持ちも掴んでないのに。逆に嫌われてしまったらこれから生きていけないわ。二人っきりでアイスクリームを奢ってくれたくらいで気が大きくなってはいけない。
今日は明日のシミュレーションをする必要がないし、久しぶりに夢も見ないでゆっくり寝られそうだ。
とは思ったものの、今日の出来事に脳内はずっと興奮していたようだ。
朝方、こんな夢を見た。
今日は雨で部活(陸上部・女子)がお休み。珍しく、悠太と同じ時間に帰れるんだけど、今日もいっしょに帰れたりしないかな・・・。
そんなことを思いながら、今日の宿題に必要な教科書、問題集、ノートを通学鞄に詰め込んでいく。
化学のテキストを詰め込むとき、おや、と思った。教科書の表面に、見覚えのない黄色い付箋が貼ってある。そこには・・・。
放課後@予備教室1
丁寧な筆跡だ。これって、誰かが私を呼んでたりする?例えば、悠太とかが・・・??
筆跡からは誰だかわからなかった。もう少しちゃんと悠太の筆跡を知っておけばよかった、と悔やむ。
しかし、その後悔は斜め後ろの席をちらりと振り返ったときに払拭された。悠太がまだ席にいる。いつもなら、とっくに荷物をまとめて、もう校門を出てるくらいの時だ。それどころか、まだ帰る用意もしていない!
さらに・・・私と目が合うと、どぎまぎしたように目を逸らされた。絶対にそうだ。悠太が私を予備教室に誘って・・・。
鞄を机に置いたまま、さりげなく教室を出る。トイレに行ってハイスピードかつ念入りに身支度を整えた後、4階まで階段を上がり、南の端の予備教室1に向かった。ほかの教室より小さくて、あまり使われることがないので他の教室とちょっと匂いが違う。
教室に入って、からっぽの机の端に腰かけてどきどきしながら待つ。悠太が私を誘い出すなんて・・・。やっぱり昨日、二人きりでアイスクリームを食べに行ったのが功を奏したのかな。ああ、緊張するなあ。
扉の向こうに人影がした・・・と思うとがらりと扉が開いて、悠太が入ってきた。私のところまで歩いてくる。
「莉帆ちゃん、急に呼び出したりしてごめん・・・。その・・・」悠太がいつになく紅くなっている。それを見て私も頬がほてってくるのを感じた。自分の心臓の音まで聞こえてきそうだ。
「な、なあに?悠太?」
「あの・・莉帆のことが好きだ。よかったら、僕と付き合ってくれないか?」
来たー!歓喜に圧倒される。なんてすばらしい瞬間なの!?
「うん、もちろん。私も悠太くんのこと、好きだったんだ。ありがとう、言い出してくれて」どきどきしすぎて目が合わせられない。すると・・・悠太の両手が私の肩の後ろに回ってきて・・・そして、顔が接近してきて・・・。
ちょっと、待って、まだ準備が・・・。でも停止ボタンはどこにもなくて・・・。
ピロリン・・・ピロリン・・・
世界を引き裂く音。スマホのアラームだ。どうして!?ここで!?ベッドの中で身もだえする。もう5分遅く設定していれば・・・。
スマホの画面をぱしりと叩く。朝だった。曇り空から薄く光が差している。