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第6話
アイスクリーム
通学鞄を肩にかけ、いつものように、中庭を突っ切って、「月の台高校」の銘が入った校門を出る。いつもより遅い時間だがまだ日差しが暑い。
そして、隣には有瀬莉帆がいる。こんなことが現実に起きるなんてさっきまでは到底信じられないことだった。今でも夢かと疑いたくなる。
有瀬さんはゆったりとした歩調で歩いている。帰宅部の僕はいつもなら放課後になった途端、さっそうと早足で駅(月の台駅)まで向かうのでついいつもの習慣で早足になるのをぐっとこらえた。
足並みを合わせないと・・・有瀬さんは校舎周りを何周も走った後なのだし。
ただ通学路を歩いているだけなのに、ファッションショーのランウェイを歩いているかのように目立つ目立つ。何しろ、普段速攻で帰っている僕がこともあろうか、学年一の美少女と肩を並べて歩いているのだ。部活を終えて帰宅途中の連中がじろじろと見てくる。
一体全体どうなっているのだろう。そして、どうすればいいんだ・・・。
「有瀬さんは家まで徒歩だっけ?」とりあえず沈黙を破る。有瀬さんはいつもはどちらかというとよくしゃべっているのに、今日に限って何も言わないからだ。
「うん、駅の少し先。永本くんは電車だよね。どうして今の高校にしたの?」
「そうだなー、別にどうってほどの理由もないけれど、新鮮さを求めてかな。ほら、中学までとは場所も違うし、来ている人たちも違うし」
「高校デビューしたかったわけね」有瀬さんが合点したように言う。鋭いなあ。まあ図星だけれど。
「そうとも言えるかな。もっとも人間、変わるのは難しいもんだと思うけどね」
「私もそうねー。でも何事もきっかけしだいじゃないかしら。こうだったらいいなとか思うことがちょっとでも本当になったら後はすいすい行くんじゃない?」有瀬さんが言う。意味深だな・・・。どういうことだろう。何かそういう体験があったとか?突っ込んで聞いてみてもいいだろうか。
考えあぐねているうちに機会を逃してしまった。
「おなか空いたなー」有瀬さんが言う。
「僕も。ずっと掃除してたから腹ペコだ」有瀬さんはふふっと笑う。
「じゃ、駅でなんか食べて行こうか。夕ご飯までまだまだ時間があるし。悠太がいいならだけど」えっ、この展開はもしや・・・。
「・・・もちろん悠太のおごりで」なるほど、そういう狙いか。
そういえば、今思い出したが、今日は有瀬さんの誕生日だっけ。まだ何とも言ってなかったな。
「そういえば、今日誕生日だよね。プレゼント代わりにどこでも好きなところでいいよ」
「ありがとう。じゃあ駅前のChateau de Morisonで。もちろん、フルコース、ワイン付きでね」うわっ、高そう。絶対半年分の小遣いでも払いきれないから。それにワインって・・・高校生はいけないだろ!?
「・・・って冗談冗談。アイス食べよっか。駅ナカで」
「あ・・うん」落ち着くところに落ち着いた・・・のか?
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アイスクリーム店にて。
「僕はクッキー&クリームにしようかな。有瀬さんは?」店の前で注文を聞く。
「私はこれお願いね」そう言ってくすくす笑いながら看板のメニューを指す。指先のメニューは・・・
『ラブインベリー&ストロベリーキス』
うわ、また頼みにくいものを。ちょっと待って、本当にこれから二人で店に入って僕が注文するのか。これじゃ、どう控えめに見てもカップル同士にしか見えないんじゃ・・・。本気なのかと有瀬さんの顔を見たが完全に真顔である。悪ふざけなのかそうでないのか、それとも一体・・・?
といっても「好きなところでいいよ」と言ってしまった以上仕方がない。それに誕生日なんだし。
勇気を振り絞って店に入る。
「いらっしゃいませ」若くて美人のバイトさん。どうして、こういう店っておっさんおばさんが出てこないのだろう。ゲームなら同じ敵しか出てこなくてすぐ飽きるやつだ。
「えっと・・・クッキー&クリームと・・・ラブ・・インベリー&ストロベリー・・キスお願いします」何とか言い放った。横で有瀬さんが「舌かみすぎー」と言いながら笑っている。
「はい、クッキー&クリームとラブインベリー&ストロベリーキスですね。全部で1080円です」店員さんににっこりと微笑まれる。わざわざ一語一句繰り返さなくてもいいものを。それに当然のように僕が2人分払うことにしてくる。そりゃそうだろうな、この状況でカップルに見えない方がおかしい。
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席に座っても落ち着かないし、アイスの味も全然わからない。前にここの店に松田たちと来たときは、ここのアイスほんとに美味しいなーと思いながら食べたものだった。この違いは何だろう。
「ねえ、今日いっしょに帰ろうって言ったのは、ちょっと相談したいことがあってなんだけど・・・」有瀬さんが唐突に問いかけた。僕に相談って!?
「僕に乗れる相談だったらいいけど・・・」
「寝てるときに夢ってよく見たりする?」
「えっ?」聞き返すが、有瀬さんの顔は最後の「?」マークのまま。
「見ないこともないけど・・・どうして?」
「そりゃあ、悠太が授業中しょっちゅう寝てるからよ。それは別として、昨日こんな夢を見たんだけど・・・」なんだ、夢相談か。なんというか、有瀬さんらしからぬというか、かわいいなあ。
「そういう相談は女子にした方がいいんじゃないか」
「それはできないわ。恨まれるから」
「というと?」
「言いにくいんだけど・・・誕生日プレゼントをくれた男子が明日こぞって言い寄ってくる夢」有瀬さんがちょっとうつむく。
「ええっと・・・それって困ることなのかな?僕が逆の立場だったらちょっとうれしいけどな」
「困るのよ。朝から放課後まで大変なの」そりゃ確かに困るだろうけど。まるで文化祭の後のような告白合戦になりそう。ターゲットが一人というのが違うが。とはいえ、有瀬さんのような美少女だったらそういうのにも慣れてるのでは?
「まあ、夢なんて気にするな。誕生日プレゼントをくれたからってそんな風になるとは限らないよ。明日になったらみんな忘れてるよ」
「だめだめ、絶対そうなるわ」強く否定される。いやいやそんなはずはないだろ。夢が現実になるなんて僕のような変わった能力をもった人でもない限り。
「・・・正夢ってよくあるのよ。だから相談してるの」と有瀬さんが言う。そんなに言うのなら・・・。
「じゃ、僕が何とかしておくよ。任せといて。とっておきの『秘策』があるから。それで、プレゼントをくれた男子陣は誰だい」
「山田くんと、東くんと、井上くん、村上くん、富田くんと・・・」とリストアップが始まった。うわーすごいな。クラスの男子のおよそ半数じゃないか・・・。人気があるってこんなことになるんだ。モテモテじゃないか。それで今日は鞄があんなに膨れているんだな。
「・・・と松田くん」やっと終わった。てか、松田の野郎もか。
「で、全員おじゃんにしてしまっていいのか?一人か二人くらい気になってたりする子はいないの?」言ってから、聞いてはいけないセンシティブなことだった気がした。デリカシーに欠けることを言ってしまったか。
「いないわ」しかし、あっさり即答された。
「あ、そうなんだ」なぜか今日一番ほっとした瞬間だった。
ようやくアイスクリームの味が分かってきた。もう数口しか残っていなかったけれど。
〜〜〜
店を出て、改札口を通り過ぎ、数歩だけ外に出て有瀬さんを見送る。西の空が紅く染まっている。間も無く日暮れだろう。こんな時間まで出歩いているのも我ながら珍しい。
「ねえ、悠太ー」
「何?有瀬さん」
「ねえ、悠太ー」
「どうしたの?有瀬さん」
「ねえ、悠太ー」
「だからなんだってば!?」
「分からない??」
「分かるわけがない!」
「悠太も私のこと、ファーストネームで呼んでよ」
「えっ?」心臓がどきどきしてくる。
「よろしくね、それから今日はありがとう」
そう言い残して有瀬莉帆は南出口から駅を出て去って行った。