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第3話


休み時間


どうして滅多にないチャンスを断ってしまったのかわからない。これだから、いつまでたっても高校デビューできないのだ。確かに自分でも陸上部に向いてるとは思えないが、踏み出してみる価値はあったかもしれない。


それに・・・。今朝は有瀬莉帆に、陸上部に誘われるという信じられない出来事があった。今から思えば、かなり積極的だったと思う。先週のチェス倶楽部の一件以来なんだか気まずくて話してもいなかったのに・・・。

もしかして、有瀬さんは僕のことを・・・いや、そんなはずはあるまい。ただ部活が決まっていない僕のことで親切心を出してくれただけだろう。彼女は誰に対しても優しいし。


そうだとすると・・・話に乗らなくてよかったわけだ。朝練に遅刻したり、練習がこなせなかったりで有瀬莉帆の目前で先輩からボコボコにされた挙句、叩き出されるという運命は避けられそうだ。

そう、大人しく帰宅部にするか、ゆるそうなチェス倶楽部に入ろう。


〜〜〜


「おはよう、永本くん」きらきらした声がかかる。有瀬莉帆だ。相変わらずかわいい。なんだか最近よく話しかけられるように思うのは気のせいか・・・。

「おはよう、有瀬さん」次に今日もぎりぎり間に合ったねと行ってくるだろう。ここ1週間ずっとそうだったから。いつの間にか、挨拶代わりの日課になっていた。


だが、今日の有瀬さんは挨拶だけで、席に着くとやや沈んだ面持ちで教科書を取り出し始めた。太陽にちょっと雲がかかったかのように、心なしか教室に影がさしたように感じた。


その時はちょっと気にかかったくらいだったが、1時間目が始まっても、2時間目が始まっても浮かない顔をしているのでだんだん心配になってきた。それに、授業中いつもはどちらかというと積極的に発言するのに今日は一度もない。黙りこくったまま黒板ではなく、教科書を眺めている。ノートをとる手先にもいつもほど力がないように思う。たまに手が止まってじっとしている。寝てるなら安心だがそうでもなかった。


体調でも悪いのかな・・・それか嫌なことがあったとか。快活で傍目には何もかも上手く行っているように見えても、そうでない何かがあるのかもしれない。


考え出すと授業に身が入らなくなった。この際仕方があるまい。僕は潔く?授業を聞くのを放棄してしまった。


何か悩みごとでもあるのだろうか・・・。宿題を忘れたとか先生に叱られたとか、有瀬さんに限ってそんなことはなさそうだ。だとするともっと深刻なのだろうか・・・余命宣告とか!?まさか、それはシリアスすぎるだろ。

そんなところまで勝手に思考を進めてしまった。授業を聞いていないのに授業中こんなに頭を使うのは初めてだ。


古今東西、慣れないことをすると人は疲労するもので、僕も例に漏れず、しばらくするとスリープモードに入ってしまった。


そうだ、これでシミュレーションが出来るではないか。早速夢スイッチをONにして思考を巡らす。

簡単なことだ、休み時間に単刀直入に聞けばいいのだから。こうしよう。次の時間は体育だから、先に他の生徒はグラウンドに出させる。教室には僕と有瀬さんだけが残っているという算段だ。そして近づいてさりげなく尋ねる。

「有瀬さん、今日はしんどそうだね。大丈夫?」

「気がついた?実はね・・・」ここで夢はストップさせる。悩みごとまで勝手に語らせたりしたら、「夢の力」でその通りになってしまって大変だからだ。


夢の中で、これくらいの芸当をするのはわけないことだった。いわゆる明晰夢というやつだ。夢だと認識しながら夢を見ているので簡単に誘導できる。

訓練のおかげかここまですらすらとこなすことが出来た。


〜〜〜


ベルが鳴る。休み時間。


生徒たちががやがやと教室を出て行く。いつものように松田が「行こうぜ」と声をかけてくるが断る。

冷静に待つ。後10人、9人・・・。残っているのは体育が嫌いな連中と有瀬莉帆だけだ。


8人、7人・・・。体育の苦手な女子が数人しぶしぶと行った感じで腰をあげる。有瀬さんに声をかけるが有瀬さんは「先に行っといて」と返す。いいぞ、その調子。


6人、5人・・・。もうちょっとだ。もうちょっとで有瀬莉帆と二人きりになれる。心配事がなければテンションが上がるシチュエーションってところだ。


あと3人・・・。あれ、有瀬莉帆が席を立った。体操着の入った手提げを持って教室の扉に向かう。おかしいな。有瀬さんは席に座ってないといけないのに(いけないっていうのも我ながら勝手な話だが)。

「ちょっと待って」思わず声が出た。こんなことは完全に計画外でしかない。

「どうしたの?」有瀬さんが振り返る。悪いことに教室に残っていた3人 ー 全員女子だった ー も何事かと一斉に振り向く。

しまった!これじゃあまるで僕が打ち明けごとでもあるかのように見えてしまうだろう。みんなが居なくなるのを虎視眈々と狙っていたかのように。ピンチだ。この状況、どうすればいい!?


「えっと、あの・・・いや別に何でもない」僕はあたふたと答え返す。3人の女子がクスクスと笑った。

「私たち、先に行っといたほうがいいかしら」3人のうち、1人が気を遣ったように、いや、明らかに出来事を楽しみながら言う。

「いや、いいよいいよ。僕も今出るところだから」慌てて体操着を手に取る。あー、最悪だ。3人の女子も後でどんなうわさ話を撒かれるか怖いが有瀬さんが何と思っことだろう。僕の「夢の力」もそれをフルに楽しむ前に枯渇してしまったのか・・・。


ところが驚いたことに・・・。


「先行っといていいよ」有瀬さんが声をかける。野次馬が揃って教室を出て行ってしまった。

これは喜んでいいのか、いやむしろもっと悪い気が・・・。

「それで・・・どうかしたの?悠太?」さらりとした口調。なんでこう言う時に限ってファーストネームなんだよ!余計に気まずいじゃないか。からかって楽しもうと言うのだろうか。


「ごめん、なんでもないよ。ただ今朝からちょっと元気がなさそうだなって・・・思っただけ。ほんとそれだけだから。失礼しました!」思わず早口になった。

「ありがとう・・・。気づいたんだ。大丈夫、朝からちょっと頭痛がしてただけだから。昨夜は睡眠不足で」そんなにひどそうにも見えなかった。

「じゃあ体育は見学したほうがいいんじゃない?」

「大丈夫よ。ちゃんと参加するわ。じゃあ先に着替えてくるね!」明るい声だ。わずかに頬を赤らめている。教室の扉で振り返る。

「・・・今のですっかり回復したわ」有瀬さんがそう付け足して足早に出て行った。


僕は首をかしげた。今のでって、いったいどういうことだろう・・・。まあいいか、心配が杞憂に終わってよかった。


〜〜〜


でも、気がかりなことがある。どうして「夢の力」が有瀬さんに効かなかったのだろう。これまで一度もそんなことはなかった。ちょうど、チェスの駒のように、クラスの生徒も先生もみんな夢でシミュレーションした通りに動いていたのに。夢では確実に、全員を動かした。みんな教室から出て行き、有瀬さんはそのまま席に座っているはずだった。

有瀬さん以外のクラス全員には効いたのに、有瀬さんはバリアを張っているかのように効果を受けなかった。


さっきの出来事がはっきり示している。「夢の力」は有瀬莉帆にだけは効かないのだ。


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