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第21話
受け継がれる夢
電球の光が灯ったテントの中。みんな館内でお風呂を上がって来たところなので、シャンプーの香りがたちこめている。
3人用のテントに6人が詰めかけているからぎゅうぎゅうだ。
「はい、上がり!」僕は残ったトランプを2枚を床に放り出す。
「永本くん強いなぁ。これで3連続大富豪ね」涼子が言う。
「こら!優香、フジモの膝に乗るな!」まつまつが注意する。
「えー、テント狭いんだよ」優香がしぶしぶ膝から降りてテントの壁際にくっついた。
「はい、大貧民はさっさとトランプ配って」涼子が優香にトランプの山を押しつける。
・・・
7回戦。
「優香と和樹は何で手札見あってるの?」涼子が指摘する。
「チームプレーよ」と優香。
「その割にはずっと貧民だろうが」とまつまつ。
「はい、上がり」
「えーっ、またナガモかよ!」
「ふふん」ちょっと得意になる。
優香が床のカードを集めていると、隣で莉帆が腕をつっついた。
「全然負けないけど・・・もしかして『夢の力』使った?」囁かれる。
「いや、使ってないよ。それじゃ面白くないし。今日は運がいいだけ」実際、驚くほど手札運がよかった。
「二人は何をこそこそしゃべってるんだ?」と藤本くん。
「いや・・・別に。テント窮屈だから外、出ようかなって」とっさに思いついた言い訳。
「大富豪飽きたなら星でも見て来たら?」優香がなぜか莉帆の方を見ながらさらりと言った。
「うん、そうしようか。じゃあまた後で」僕はそう言って莉帆と外に出た。
急に暗闇に入って、目が慣れるまで少しかかる。夜風が心地いい。
「みんな星にも飽きたみたいね。トランプの次はきっと恋バナが始まるよ」と莉帆。
「それだったらちょうどよかった。出て来て」僕が言った。
自然に丘の方に足が向かっていた。
蚊帳を開き、テントのパネルも開いて、中に潜り込む。
「急に静かになった感じね」莉帆がテントの中で仰向けに寝そべって言う。
「星が綺麗だ」
仰向けになると、星空の海に沈んでいるような気がしてきた。そして、果てしない夜空の中に溶け込んでいくような感じ・・・。
しばらく、二人とも無言だった。まるでお互い何かを待っているように。
星空が二人を包みこむ。生暖かい一陣の風が吹き込んできて、テントを揺らめかせた。澄んだ山の空気が清々しく胸に入る。
「ねえ、悠太ー」莉帆が尋ねる。
「どうしたの?莉帆」
「・・・なんでもない。呼んだだけ」いつもと違う雰囲気のような気がする。テントに星空、莉帆という非日常な状況がそういう気にさせただけだろうか。
もしも、仮に・・・。僕は考える。
空想上の話ではあるが、もし仮に今ここで、これまで喉元にも上がらなかったことを言ったらどうなるだろう。もし、「莉帆、好きだよ」と言ったら・・・?
この大宇宙の片隅で、その言葉は水面に浮かぶ泡のように消えていくだろうか?それとも、ひとつの運命の琴線を引くことになるだろうか。
「莉帆、」
「なあに?」目が合うと、急に現実味が増してきて、どきどきしてきた。まるで、絶壁の淵に立って、これから飛び降りようと決心するところのような感じだ。
「えっと・・・いや、なんでもない。呼んだだけ」
・・・
頭で思っていることをいざ行動に移そうとすると、こんなにも落差があるものなのか。片足を踏み出しかけたものの、とても飛び降りることはできそうになかった。
「ねえ、悠太ー」再び莉帆。
「うん?」
「今何時?」
「10時半」手を伸ばしてスマホをつけると光がまぶしい。
「暗いところにいると眠くなってくるね。いつもなら全然起きてる時間なのに」
「そうだね、一日歩いたこともあるし」心地よい疲れが全身を巡っている。
「このまま寝ちゃおうか。蚊に刺されないし、広いし」と莉帆。これは・・・僕は帰った方がいいだろうか。
「・・・悠太もね。護衛として」莉帆がテントの隅に備え付けてあるブランケットを引っ張り出す。
「う、うん」いいのか・・・。寝ることなら誰にも負けない僕でもさすがにこのテントでは寝付けなさそう・・・。
「じゃ、おやすみ。電気消すね」
外と変わらない暗さになった。テントの外の非常用照明だけが光を放っている。
星空がいっそう輝きを増したように思った。美しいなあ。そして静寂だ。
テントの中で莉帆と二人きりというのに、これほど落ち着いた気分でいられるのが自分でも不思議だった。さっき頭の中で描いたことがまるで嘘のようだ。
規則的な呼吸音が聞こえてくる。ちらりと顔を見ると、寝ているようだ。
そして、莉帆がかすかに身動きしたかと思うと、莉帆の左手が僕の右手に重なってきた。
ほ、ほんとに寝てるんだよな。狸寝入りだとするとプロ級だ。
手のひらをひっくり返してみた。手がきれいに合わさって、心地よい感じになった。懐かしい感じが戻ってくる。前に神社に行った時以来だ。
・・・いいのだろうか。目を覚ました途端訴えられるとかって、ないよな!?
莉帆の手の温もりを感じていると、いつしか瞼が重たくなっていた。
〜〜〜
日付が変わる頃。夜空の星々が最も輝く時分・・・。
永本悠太と有瀬莉帆の夢。
テントの外が白い光で包まれている。なんだろう、と思って、僕は起き出して蚊帳を開いた。
どこかの高校の制服を着た男女が光の中から現れて、こちらを見ている。その男女も淡い光を帯びていた。
後ろから莉帆も外に出てきた。
いったい、誰だろう。その面持ちには不思議と見覚えがあった。
どこかで見たことがあるような・・・。
莉帆と顔を見合せる・・・。わかった、あの銅像の二人だ。学校の中庭のベンチの。
何十年も前にいた生徒が復活して目前に現れている・・・。
「こんばんは」銅像の二人が穏やかな声で行った。幾十年もの過去から声が聞こえてくるかのようだった。
「こんばんは」僕と莉帆も返す。
「悠太と莉帆だね。高校に入学して、一番初めに私たちに触れてくれてありがとう」銅像の女子生徒の方が声を発した。
「い、いいえ。おかげ様で、素晴らしい『夢の力』をいただきました」莉帆が言う。
「『夢の力』の前の所有者から話を聞いているようだね。お礼を言うべきはこちらだよ。『夢の力』を脈々と受け継いでいってくれて」今度は男子生徒の方が言う。
「上手に使ってる??」女子生徒が尋ねる。
少し間があった。莉帆と顔を見合わせる。いろいろなことに使ったな・・・。次の日の出来事を早得で知ったり、お互いを動かそうとしたり、テストで無双しようとしたり、アイスクリーム2回食べたりとか・・・。思い返せばいろいろとくだらないことをしたものだ。
どれも楽しかったし、心に残る思い出になっているけれど。
「はい!そう思います」莉帆といっしょに答える。
「それはよかった」と男子生徒。
「あんまりいけないことに使っちゃだめよ」女子生徒が冗談めかして言う。
「・・・別に、きみたちに説教しに来たわけではなくて、私たちはメッセージを伝えようと思って来たんだよ」男子生徒の方が優しく言う。
なんだろう・・・メッセージって。
「『夢の力』を使うと、不確実な未来が少し確実になるよね。もちろん運命はそれをはるかに上回るほど複雑だから、思った通りにいくばかりではないけれど。『夢の力』を使うと、どこか安心感が生まれるだろう」
そうそう、僕もそう思う。そして、夢に見たとおりになるだろうかというどきどき感に期待感。いつも素晴らしいものだ。使うたびに痛感する。
「その安心感はね、本来『夢の力』の有無に限らず、私たちの人生において究極的なものなの。これからいろいろなことがあると思うけれど、どんな状況でもこれを忘れないでほしい。心配したり、絶望したりする必要はないんだってことを」
「その証拠の一つが今、きみたちが目の前に見ている僕たちの姿だよ。僕たちは自分でいうのもなんだけれど、大変な人生を過ごしてきた。戦争があったり、貧困があったり。何よりも僕は砲弾を食らって先に死んでしまったからね」男子生徒が平然と言う。
「でも、私たちはこうして結ばれている。その時になって、本当は何も思い煩うことはなかったんだということが分かったわ。そして、永遠に比べれば流れ星のように短い人生も決して無駄ではなかったということも。でも、きみたちにはこれをあらかじめ知っていてほしい。ちょうど、『夢の力』で明日を知っておくようにね」
僕たちは銅像の二人の言葉をかみしめた。そうか、安心して毎日を生きていればいいんだな。今ならその事実を、抵抗なく受け入れることができるような気がした。
「あの、ここに来てくれて、ありがとうございます」莉帆が言った。
「これからもお世話になります」僕も後に続いた。
「うん、じゃあせっかく来たんだし、最後にお土産の一つでも残しておこうか」男子生徒が言う。そして、女子生徒の方をちょっと見た。
「といっても、私たちは言葉しか残せないけれどね・・・。ねえ、悠太と莉帆。お二人さんは必ず『一緒になれる』わ。・・・それも、ラッキーなことにそんなに遠くないうちにね」
「では、これで私たちは帰るよ。また会う時まで・・・」
銅像の二人が手を取り合う。そして、ふわりと浮き上がり、星空の中へと消えていった。
白い光が消え、あたりは再び暗闇に包まれた。
・・・
「奇跡を見たね」莉帆に言う。
「うん・・・」
僕たちはテントに戻った。自然と手を取り合って。
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星空が淡くなっていき、東の彼方がかすかに白みを帯びてくる頃・・・。僕と莉帆はテントの中で目を覚ました。
「おはよう」僕が言う。
「おはよう」と莉帆。
寝ぼけ顔を合わせると、なんだか気恥ずかしくて、それきり黙ってしまった。
「ねえ、悠太ー。私が寝てるからって、こっそり手、つないでたでしょー」莉帆が髪を直しながら尋ねる。
「ち、ちがうって。あれはたまたま・・・」ん?気づいているってことは起きていたのか?そういうことならあれはわざと??
「ま、いいけどね。いい夢見れたから」莉帆が晴れやかな声で言う。
「うん。銅像の生徒たちが現れて・・・」
「おんなじ夢見れるなんてね・・・。やっぱり、『夢の力』が呼応したんじゃないかな。悠太が手をつないでくるから」莉帆がちょっぴりいたずらっぽく言う。
そうか、お互いの「夢の力」が呼応したのか。前に聞いた時はまさかと思ったけれど、ありうるかもしれない。
「みんなが起きだす前に下のテントに戻っとこうか」莉帆が言う。
「うん。それがいい。もうひと眠りくらいできるな」
そこで、二人は蚊帳から出て、丘を下り始めた。星々は姿をひそめ、東の空からまばゆい太陽が顔を出すところだった。
日の出を見るのもどれほど久しぶりなことだろう。
「そういえばさ、悠太」
「なに?」
「寝る前になんか言おうとしてたよね。それ、聞きたいな」莉帆がにっこりして言う。心臓が高鳴る。
「えっと・・・そうだっけ。なんのことかなー」とてつもなく、言いにくい・・・。
「・・・まあ、いいや。私が言おうとしてたこととおんなじだったらいいなぁ」莉帆がそう言い残して、テントに入っていった。
僕はふうっとため息をついた。一人になって急に寂しくなったような感じがする。
でも、まあいいか。一寝入りしたらまた明日がやってくるんだから。そして、また莉帆と一緒になれて・・・。
明日も素晴らしい一日になるだろう。
- 第一部 おわり -




