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第20話
星空のもとで
「テントはこちらになります」天文台の人が案内してくれる。広くはないけれど、床はやわらかめの素材でなかなか快適そう。
「二つ目がこちら」隣のテントに案内される。こちらも同じ構造。
「三つめは恐れ入りますが少し離れたところになります」丘を少し登ったところに案内される。ん?3つも?私は首を傾げた。男子部屋一つと女子部屋一つに、もう一つは?
「3つも必要だったんかな。予約したの誰?」松田くんが聞く。
「はーい、私でーす。荷物用にいいかなと思って。テントって狭いから」優香が手を挙げる。なるほど、そういうことか。そこまでしなくてもいい気がするけれど。一瞬、3つ目のテントは和樹、優香専用のためかと思った・・・。
「ねえ、莉帆」みんなが荷物用テントにザックやかぼちゃを入れているときに、優香が耳打ちした。
「私、いいシーンつくるからって約束したよね。これいいアイデアじゃない?わざわざ一番離れたテント取ったの」優香が得意顔でいう。
「ん?荷物用テントがどうかしたの??」
「荷物用テントだなんて!これはりっちゃんと悠太用に決まってるじゃない。うらやましいなぁ。ほんとは和樹とお泊りしたいけれど今日は莉帆に譲るよ。後はがんばってね!」と優香が耳元で囁いた。私は真っ赤になる。優香が言ってた「いいシーン」ってこれのこと!?「がんばって」って言われても・・・。こんなところに絶対誘えないからっ。
「これから向こうでバーベキューして、そのあと7時から星空鑑賞だって」悠太がそう言ったので我に返った。
今は4時だから、たっぷり3時間あるね。
「テントの方が準備できたら早速行こう!右のテントが女子部屋で左が男子部屋でいい?」と藤本くん。
「いいよー」
「異議なしー」
私はテント(女子部屋)に入って寝そべってみる。続いて優香、涼子も入って来た。確かに3人寝るとちょっと狭い。
「後でトランプしようねー」と涼子。
「恋バナも」と優香。
「優香の恋バナ分かってるから聞かなくていい。どうせ和樹と・・・」涼子が言う。
「分かってるって何よ。二人の秘密知りたくない??」優香が口をとがらせる。
「別に知りたくない。教えたら秘密じゃないし」涼子が真顔で答える。私も恋バナは困るなぁ。好きな人は?とか聞かれたらどうしよう。
〜〜〜
バーベキュー場。既に炭と薪が揃えられている。
「お肉とかはあっちで買って、飲み物はそっち。あと自分で持ってきたものも焼いてOKだって」悠太がお米を計りながら言った。炭の香りがして、テンション上がってくるなー。「お米はナガモが炊くの上手いらしいから任せて、俺は肉係、後の人は好きなように」と松田くん。
「じゃあ俺はかぼちゃ切る。ここまで散々苦しめてきたかぼちゃを」藤本くんが言う。
「きっと美味しいよー」と私。
「ところで、優香いないけど??」藤本くんがテーブルを見渡して言った。さっきテントにはいたけれど。
「迷ってはいないと思うけど。その辺見に行ってくるね」私がそう言って、テントの方に向かった。
女子部屋にはいない。一応男子部屋も見たけれどいない。天文台の方には行ってなさそうだし、荷物用テントかな。
丘を登って第三のテントに行くと、果たして優香がいた。私が持ってきた蚊帳を広げて念入りにテントに掛けている。
「優香、何やってるの?蚊帳なんか掛けて」
「あら、りっちゃん。蚊によく咬まれるんでしょ。かゆいとお楽しみが台無しになるから、掛けといたげるよ」優香が当然のように言う。いつの間にか私と悠太がここに泊まるのが当然になってる!?どうしよう・・・。
「みんな何で荷物用テントに蚊帳掛けるのかっていぶかしむよ」
「気にしない、気にしない。みんなそんな見てないから。バーベキューに天体観測。蚊帳なんか見てる余裕ないよ」と優香。そんなこと言われても・・・。
「はい、完成!バーベキュー行こっか!」優香は聞くそぶりも見せず、蚊帳をかぶせてしまった。
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僕はバーベキュー場で火加減を見ている。テーブルのまな板には藤本くんが切った栗かぼちゃが山のように積み重なっている。
「肉の3倍くらいかぼちゃがあるな」まつまつがうんざりしたように言う。
「まだあと4個あるんだけど」莉帆が包丁を手に言う。
「さすがに全部は食べきれないな。残りは切らずに持って帰ろう」とまつまつ。かぼちゃを抱えた行軍が帰りにも待ってるのか・・・。
ご飯が炊けてきて飯盒から湯気が漏れている。炊きあがる直前のいい香り。お米はつけおきしたし、水加減も火加減も問題ないはず。僕はご飯にはこだわるほうだと思う。米ってシンプルながら、ちょっとした炊き方の違いで味がいくらでも変わる。実に繊細で奥深いやつだ。そういう持論がある。
「松田くん、そっちのお肉、焦げてるよ」と涼子。
「ありゃー」まつまつが急いで肉を引き上げる。
優香は既に焼けた先からつまみ食いをしている。莉帆は・・・黙々と野菜を焼き続けている。
「よく歩いたし、おなかすいたね」水をかけて火を消してから莉帆に声をかけると、まな板から顔を上げた。
「うん」どこか上の空のよう。
ぱしん、莉帆の腕を軽くたたく。
「蚊がとまってるよ。腕に」
「あ、ありがとう。野菜もできたから取り分けるわ」
「いただきまーす」みんな紙皿と紙のお椀に肉、野菜(主に栗かぼちゃ)、ご飯を盛り付けて食べ始める。西の空は少しずつ紅く染まり始めている。天頂は濃紺色を醸し出している。もうすぐ一番星が光るだろう。
その前に楽しい夕食のひと時だ。
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満天の星空。芝生の上のシートにみんな寝そべって星を見る。
「今日はオリオン大星雲が見頃です。館内の大型望遠鏡で自由にご覧になれますのでどうぞ」天文台の人が案内する。
「すごーい、プラネタリウムみたい」涼子が感動している。
「星ってこんなにあったんだね」優香がしんみりとした口調で言った。
莉帆は・・・服にとまった蚊を叩いていた。
「先に中の望遠鏡見に行こ。今の方が人少なそうだし」莉帆を誘う。
「うん」
そこで、莉帆と二人で館内へ向かう。
丸い天井が一部分空いており、大きな青い?望遠鏡が星を追尾している。
白衣を着た青年の係員がやってきた。賢そうで感じがよさそうな人。
「コンピューターでも映像を表示していますが、せっかくなので直接覗いてみますか?」
「はい!お願いします」莉帆がうれしそう。
案内に従って僕は莉帆といっしょに階段を上り(大きな望遠鏡なのでレンズのところまで登らないといけないのだ)、レンズを覗いた。
漆黒の宇宙。その中に霞のように、かすかに緑がかった星雲が広がっている。とてつもなく広い宇宙・・・僕たちはこの小さな地球の中でほとんど何も知らずに生きているのだろう。
「星雲は星じゃなくて星が死を迎えた後に残ったガスなんですよ」係員が説明した。
「へえ、星だと思ってた」と莉帆。僕はレンズから離れて、莉帆と交代した。
「宇宙が膨張しているのは知っていますよね。この目の前の空間も今この瞬間何千倍もの大きさに広がっていってるんですよ。でも地球や私たちはばらばらにならない。それは重力がつなぎとめてくれているからです」
「そうなんだ。重力ってすごいですね」感心する。
「でも重力って本当はとっても弱いんですよ。地球のように大きな質量になってようやく力を発揮するんです。それでも距離が離れるとぐんぐん力が弱まるんです。外でご覧になった満天の星空もお互い離れすぎていて、どんどん宇宙に散らばってしまっているんです。宇宙の膨張に逆らえきれずに」
なんだか、壮大な話だ。そうか、指先の空間だってどんどん広がっていってるのに、僕たちがここにいて、こうしていられるのって本当に奇跡なんだな。
莉帆が望遠鏡から離れてそばに来た。神妙な面持ちをしている。今の話のせいだろうか、急に、今二人でいられることがどんなに貴重な瞬間かと思った。そして、莉帆がたまらなく愛おしく感じた。
「星雲きれいだったね。いい話も聞いたし。ずっと見ていたい・・・」莉帆が出口のところで呟いた。
「そうだね・・・。せっかくだから、後でゆっくり星空見ようか。・・・蚊帳つきのテントでね」莉帆に優しく言う。
「どうして知ってるの?」莉帆が驚く。
「さっき荷物取りに行ったから。あのテント、荷物用じゃないみたいだね」
「あ、あれは優香が勝手にかぶせただけだから・・・」見ると莉帆が真っ赤になっている。かわいい・・・。びっくりするくらいに。
「そうなんだ、ま、莉帆蚊が苦手だからちょうどいいんじゃない?」何事もないかのように言う。
「う、うん。蚊帳の中だったらゆっくり星空見れそう」うれしそうな様子だった。
望遠鏡が星を追って、蚊の鳴くような音を立てながらゆっくりと回っている。




