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第19話
天文台へ
「ここから天文台まで電車もバスもありません。各自迷子にならないように注意して歩くように」藤本くんが仕切っている。
「でもみんなで歩くんでしょ。迷子になるならみんなでなるね」と涼子。
「それから、熊、蛇にも気をつけて。山中だから」と優香。
「俺がいるから大丈夫」まつまつが藤本くんより先にと早口で言った。
「わー、頼もしー」涼子がわざとらしく言う。まるで喜劇だなぁ・・・私は悠太の方をちらりと見ながら思った。
みんなで歩くのもいいけれど・・・やっぱり悠太と二人がいいなぁ。
さっきの駅ではラッキーなことに二人きりになれた。ほんのちょっとの間だったけれど。うれしくてつい調子に乗ってしまったのは大丈夫かな・・・。しかもアイス溶けてたし。
駅前の橋を渡って、地元の小学校(校庭は少年野球の子供たちの声で賑わっている)を右手に、もう一つ橋を渡る。まだ山の中ではないが、周りには山が迫っていてちょっとしたハイキング気分。先は長そう。よかった、陸上部で足を鍛えておいて。
「こら、フジモと優香。さりげなく手をつないで歩くな!小学生が見てるぞ!」まつまつが振り返って、一番後ろを歩いている二人を怒鳴りつける。
「旅の恥はかき捨てって言うから」優香がふくれっ面をしたが手は離した。
「松田くん、羨ましいんなら私が手、つなごうか?」そう言ったのは涼子。
「羨ましいわけではない!!」まつまつが真剣に言ったのでみんな笑っていた。
〜〜〜
「しりとりしながら歩かないか?」藤本くんが提案する。
「小学生じゃないんだから」と涼子。
「じゃあ石蹴りは?」と藤本くん。
「そこらの小学生とやっとけ!」まつまつが言う。
「しりとりいいね。恋愛しばりでどう?それなら大人のしりとりじゃない」優香が藤本くんの乗ってくる。
「恋愛しばりって??」悠太が聞いている。
「恋愛を思い起こさせるワードだけでしりとり。学校の屋上、とか、花火大会、とか等間隔とか・・・」
「へえー。頭使って面白そう」私も同意する。
「いいよ」と悠太、松田くん、涼子も賛成する。
「じゃあ、今歩いてる順に前から後ろに行く感じで。涼子からどーぞ」と優香。
涼子:恋愛しりとりだから・・・最初は「恋」で
私:えっと・・・「一夜」
松田:いきなり攻めるなあ
私:松田くんの番はまだでしょ!
悠太:「や」からか・・・難しいな。ええっとー、「焼肉」括弧カップルで
松田:なるほど、最近あるもんな。それじゃあ・・・「クリスマス」
藤本:・・・「杉山優香」
松田:固有名詞ってありなの!?
藤本:気にしない、気にしない
優香:「和樹♡」
藤本:うわー、つながってる。すご!
優香と藤本くんが一大発見に喜んでいる。暑苦しい・・・。
藤本:「キス」
優香:「好き♡」
藤本:「キス」
優香:「好き♡♡」
・・・
「何で二人で無限ループやってるのよ!」私が思わずそう言った。全く、この二人は人目を憚らずに。
涼子:次、私ね。無限ループ前が「和樹」だったから・・・「絆」
私:いいねー、カップルの絆って
次、私か・・・「な」ね。な、な・・・。「なすび?」「夏休み?」あー、思いつかない。恋愛しばりって難しい。
あ、「永本悠太?」だめだめ、それじゃあ和樹ー優香カップルとおんなじことじゃん。完璧なワードを思いついちゃったのに、言えないなんて・・・。それじゃ・・・。
「中庭のベンチ」と私。
「学校にあるやつね」悠太がすぐに反応した。ちょっとうれしい。その言葉で他のみんなも合点がいったようだ。次は悠太か・・・「ち」からか。難しいな。悠太が考え込んでいる。
・・・
「チェス」と悠太。おー、素晴らしい。この前私の部屋でやったチェスは楽しかったなー。チェス盤で向かい合って。つんつんしたり。
あ、みんながぽかんとしている。そっか、チェスって普通、恋愛ワード違うよね。でも、悠太がそれを言ったってことは・・・もしかしてこの前のチェスを意識してる!?
急にどきどきしてきた。
「チェスって恋愛ワード違うじゃん。ナガモらしくてまあいいけど。ナガモはやっぱチェス出来る子じゃないとだめってことよな」松田くんが茶化している。その言葉で悠太がちらりと私の方を見た。こ、これって?
顔が火照ってきたので思わず目をそらしてしまった。しりとりでどきどきするなんて想像もつかなかった。
〜〜〜
「あー、もう思いつかないよ」何周かすると涼子が根をあげた。
「じゃあこれくらいにしよっか。永本って案外恋愛ワード豊富だったな」藤本くんが意外そうに言っている。確かに悠太の引き出しは多かった。しりとりで出た言葉が私に向かってだったらうれしいのにな。ついそんなことを考えてしまう。
「ところで、なんとなく歩いてきたけど、道は合ってるの?」悠太がそう言い、みんな顔を見合わせた。
「・・・」一同沈黙。周りは田んぼと畑ばっかり。一応山の方に向かっているが天文台らしきものは見当たりそうにない。
「地図を見てみよう」藤本くんがスマホを取り出す。
「方角は合ってそうだけど・・・今いるところ地図で道になってない。この辺り真っ白だ」藤本くんが言った。
「ああーん、私たち迷子ねー」優香が藤本くんに上目遣いをしながら嘘泣きをする。なんか楽しそう。
「あそこのおばちゃんに聞いてみようぜ」松田くんが畑の中で草むしりしてるおばさんを指差した。
「すみませーん!」松田くんが叫ぶ。
「播磨天文台ってどっちですかぁー」涼子が叫ぶ。
おばさんが笑いながら顔を上げて、道を指差して何か言っているが聞き取れない。松田くんがあぜ道に入って畑の真ん中まで駆けて行った。
・・・
「何を話し込んでるんだろ」藤本くんが首をかしげる。畑の中で松田くんが楽しそうに話している。
「道を聞くだけだろ?」と悠太。松田くんが何やら遠慮して手を振っている。
「何かゲットしているわね」と涼子。
松田くんがあぜ道を引き返して来た。両手にかぼちゃを5、6個も抱えて。
「何しに行ってたの??」優香が驚いている。
「いやー、この辺の人って親切だね。天文台に行ってバーベキューして、星を見るって言ったら、今時珍しいねって感心されてかぼちゃくれた」松田くんがかぼちゃをもらって喜んでいる。松田くんったらおばさんにモテるんだなぁ。
「で、天文台への道は?」涼子が聞く。
「道はこれで合ってるって。ただ、ものすごく遠いんだって」松田くんが答える。そ、それなのにかぼちゃをあんなにもらって来たの!?
ため息とうめき声。実際、暑い中これまでだいぶ歩いて来たのだ。私はまだ余裕あるけど他のみんなは大丈夫かな。
「じゃあ、かぼちゃは俺とフジモとナガモで持ってな」松田くんが配り出す。
「これ、バーベキューで絶対食べきれないよ」藤本くんがかぼちゃを受け取りながら文句を言う。
「おばちゃんの親切心なんだから、まあ気にするなって」悠太が寛容なところを見せる。
〜〜〜
30分後。
「まだあるのー、というか天文台どこ?」涼子がまずダウンした模様。一同は既に山道に入っている。少し涼しくはなったが、その代わりに登り坂が厳しい。
「疲れたねー。荷物が重くって・・・」優香がリュックを地面に降ろして汗を拭う。
「もうだいぶ近いはず。ちょっと休憩して行こうか」私が提案する。
涼子がアスファルトの地面に寝転がり、続いて優香、藤本くん・・・みんな寝そべってしまった。
「道路で寝ると危ないよー」悠太が寝たまま言う。
「車なんか1台も通ってないじゃない。むしろ通ったらこの行き倒れを見て天文台まで連れてってくれるよ。この辺の人、親切なんでしょ」涼子が言った。
「誰か天文台までのロープウェイ出して」優香が無茶を言う。
「俺がロープウェイになってもいいぜ」と松田くんがにやにやして言う。
「いいけど、絶対途中で降ろさないでね。あと、おんぶじゃなくてお姫様だっこで」と優香。
「それはさすがにもたなさそう」松田くんが真剣に思案しながら言った。
15分後、水をたっぷり飲んで再出発。涼子のリュックは松田くんが持って、優香の荷物は藤本くんが半分持っている。
「あー、かぼちゃの奴。何でいるんだよ」松田くんが(自分がもらったのに)毒づいている。
「荷物持とうか?大丈夫?」悠太が私を気遣ってくれる。私は大丈夫だけど・・・やっぱりこう言う時って頼られた方がうれしいんかな。一瞬迷った。
「えっと・・・ううん、大丈夫。ありがとう」結局、正直に言ってしまった。悠太もザックとかぼちゃあるんだし、お嬢様気取りは優香一人で充分だ。
「そう?横歩いてるから、重くなったらいつでも代わるよ」と悠太。あ、優しいなぁ。いつも以上に。惚れ直してしまいそう。
〜〜〜
さらに30分山を登って・・・。
「あ、見えて来た」先頭の松田くんが叫ぶ。不意に視界が広げ、草原のようなところに出た。向こうに天文台らしき丸屋根をもった茶色い建物が見える。すごい達成感。テンションが上がってくる。
「よく歩いたー。到着だ!」優香も両手を上げて伸びをしている。
「着いたね」悠太に小声で言う。
「うん、雲ひとつないし、星空楽しみだね」悠太が答える。前の4人は入り口に向かって駆け出して行った。悠太は私と歩調を合わせてくれている。
なんだか二人で来たみたい、そんな感じがした。




