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第18話
ローカル列車
「昨日、部活の練習試合があって、卒業した先輩たちも見にきてたんだけど・・・前に言ってた『夢の力』を持ってた先輩に会ったんだよ」そう言えば、前に八幡神社で話した時にそんな先輩がいるって言ってたな。
「その先輩が話してくれたんだけどね。学校の中庭の銅像は実際に在学してた1期生だって。二人はカップルで、高校3年間ずっとお互い一途に愛していたらしい」莉帆が言葉を切ってこっちを見てくる。えっと・・・これがしんみりする話なのかな。なんだか熱々の展開が待ってそうだけど。
「・・・けれどね、時代がその後二人を引き裂いたんだって。卒業して間もない頃、男子生徒の方は帰らぬ人となった。ほら、戦争で」
「ふうん、それは辛いな」
「で、女子生徒の方はその恋人の面影をかかえながらも戦後に生き延び、ある事業家と結婚したんだけれど、その後も苦労が多くてね。高校生活がどんなに幸せだったかと折にふれては思い出していたらしい。戦争で大変だったけど愛に溢れた日々で・・・。それである時、その楽しかった高校生活への感謝を込めて寄付をしたらしいの。当時の校長先生がまだいらして、たいそう感激したらしいわ。その二人は印象に残る生徒だったみたい」なるほど、校内至る所でいちゃいちゃしてたんだろうな・・・とは思ったが口に出しては言わなかった。
「・・・校長先生は当時のことを思い出して、あの二人がいかに幸せな青春時代を過ごしたかを思って、これから入学してくる生徒たちがみんなそうであってほしいと願って像をつくったみたい」莉帆が静かな口調で言った。なるほど、そんないきさつがあったのか。
「卒業した先輩は二人のことをもっと知ってるみたいだったけど、それ以上は教えられないって。ただ、『夢の力』を持つものはいずれ分かるだろうって、そんなふうに言ってたわ」
「へえ、そうなんだ。なんだかすごい話だなあ」
「ね、そうでしょ。私、今の高校に入学してほんとによかっなーって思う」と莉帆。
「僕もそう思う」心からそう思った。入学式に遅刻して、「夢の力」を手に入れて、いろいろと使っているうちに莉帆が同じ力を持っていることを知って・・・。いっしょに遊んだり、アイスクリーム食べたり、チェスしたりして・・・。今こんなふうに莉帆の部屋にいる、素晴らしいことじゃないか。邪念なくそう思える瞬間だった。
明後日のキャンプが楽しみだ。
〜〜〜
キャンプ当日。今日も快晴。暑い。
午前10時過ぎに月の台駅に集合した。松田、藤本、莉帆、優香、涼子、僕の6名。めいめいザックや手提げかばんを持って、今日から2泊3日の小旅行。
月の台駅から通勤列車で県を越え、終着駅まで・・・。4人席を二つ占有して、僕は窓側に座る。
「山の方は涼しいかなー」涼子が意気込んでいる。
「早くお昼食べたいね」優香も楽しそう。僕は周りがはしゃいでいるほど落ち着いてしまうあまのじゃくタイプなので黙っている。
「ナガモ、何線に乗り換えるんだっけ?」隣に座っている松田が聞いてきたので車窓から目を離した。
「えっと・・・姫新線だね。それで上月駅まで行ってお昼」スマホで乗り換え案内を見ながら言う。
列車に揺られてずっと外を眺めているとだんだん眠くなってきた。松田は前の席の藤本とずっと野球の話をしているし、隣の4人席では女子たちがトランプを始めている。
これは少し寝てても問題なさそう。窓からの日差しが心地よくていっそう眠気を誘う。
うとうととしていると、昼ごはんの夢を見た。
駅舎内の特産物直売所。外に木のカウンター席があり、中で買ったものだけでなく、出来立てのうどんも食べられる。メニューは・・・味噌煮込みうどんと山菜そば。
2択だけ!?まあいいや、味噌煮込みうどんにしてみよう。
地元の牛乳を使ったカップアイスも売っている。ラインアップは・・・バニラとチョコ。これも2択だけ!?とはいえどっちも好きだから迷うなあ。ま、チョコの方にしてみるか。
「ナガモ、着いたぜ」起こされる。チョコアイス美味しかったー。夢の中だけど。後でバニラも食べられるな。
「よく寝てたねー」電車を降りながら莉帆が話しかけてくる。トランプしてたのによく見てるな・・・。
「乗り換える電車はあれか」藤本くんが優香とくっついて歩いている。
ホームの端っこに二輌だけの電車が止まっている。朱色の綺麗な電車。近づくとディーゼルエンジンの音がうなりを上げている。かすかにガソリンの匂いもする。
「急に田舎って感じになったね」優香が言っている。
「前の車両に乗ろう。誰も乗ってないよ」涼子が指差した。
しばらく経ってから急に発車した。田畑の広がる中を走り、ところどころに大きな民家が目に入る。トンネルを抜け、川沿いを走ってだんだん山が近くなってきた。
30分ばかりで播磨新宮駅に到着。
「ナガモ、何線に乗り換えるんだっけ?」とまつまつ。
「次も姫新線だよ」
「空気が美味しいねー」と涼子。
「お昼も早く食べたーい」優香が食い意地を張っている。
乗り換えた姫新線は一輌。いっそう都会を離れたことが分かる。のんびりするなあ。
ガタゴトと一駅ずつ単線を走る。
「見て!あそこに三日月があるよ」莉帆が運転席の窓の外を指差す。
「どこ?」僕が尋ねる。
「あの山」と莉帆。確かに莉帆の指差す山に巨大な三日月があった。山肌が三日月の形に切り抜かれている。
「次、三日月ー三日月駅です」車内放送。
「すごーい。珍しい駅だね」涼子が楽しそう。
「なんかロマンチック。降りて見たいなぁ」優香が藤本くんに言っている。
「いいけど。降りたら次の電車2時間後な。フジモと優香は後から来ていいよ」まつまつが笑いながらそう言った。
上月駅到着。お昼ご飯の時間だ。
「何が食べられるのかな」電車を降りながら優香が言った。
「味噌煮込みうどんと山菜そば」思わず答えてしまった。
「何で知ってるの!?」優香が驚いている。
「歩くガイドブックだな」まつまつがガイドブック扱いしてくる。
「あと、産地直送のバニラアイス、チョコアイスもあるよ」僕もテンションが上がってきてそれに乗る。
〜〜〜
切符を回収ボックスに入れてから直売所に入った。順番にカウンターで注文する。
「俺はうどんで」と藤本くん。
「じゃあ私もいっしょので」優香が即答で続く。合わせてるなあ。
「合わせてるの?」思ってたことをまつまつが聞く。
「うん、もちろん」と優香がうれしそう。
「じゃあ私も味噌煮込みうどん」と涼子まで合わせてくる。
「僕は山菜そば」と僕が言う。うどんはもうさっき食べて味を知ってるから。両方試せるっていいよな。こういう時にも「夢の力」って素晴らしい。
「じゃあ私も山菜そば」と莉帆が最後に注文した。
「合わせてるの?」とまつまつ。
「たまたまだろ!いちいち突っ込まなくてよろしい」僕がまつまつを突いて言う。
〜〜〜
「ごちそうさまでした」軒先のテーブルでみんな昼食を食べてから、店内に食器を返しに行く。
「もうちょっと食べたいな。アイスとか」優香が冷凍庫を指差している。
「いいね。これが永本くんの言ってた産地直送のアイスね」涼子が冷凍庫を開いて言う。
結局全員がアイスを買ってしまった。チョコアイスが人気で、バニラを選んだのはチョコ経験済みの僕と・・・莉帆もだ。
「やっぱ合わせてるの?」まつまつがまたしても茶々を入れる。
「たまたまだろ!!もうそれ飽きた」僕が言い返す。
「でも6人もいて、2人がバニラアイス、そしてそれがナガモと有瀬っていう確率は1万分の1くらいじゃないか」松田よ、いつの間に数学が出来るようになった?
「64分の1ね。正しくは」莉帆が即答する。
「うわー、さすが有瀬さんだ。優秀」まつまつが感心している。ふーん、64分の1なんだ。って偶然と言うには結構低くないか?
駅のホームのベンチにみんな並んで腰掛け、アイスを食べている。
・・・食べさせている者もいるが。
「あーん」
「うーん、美味しい。最高」
「こら、フジモと優香。駅でいちゃいちゃするな!まだ高校生だろ!!」まつまつが怒鳴る。お前も高校生だが。
「松田くんにも食べさせてあげようか?永本くんも」そう言ったのは涼子。いっつもこうやって男子を釣っている。
「涼子、そういうのいいって」珍しく莉帆が強めに言った。そりゃあ高校生の集団が揃ってそんなことしてたら通行人に何と思われるやら。まあ、この駅に他の人が来る気配はなさそうだけど。
〜〜〜
「これから天文台まで長く歩くからみんなトイレ行く人は済ましてねー」涼子が言った。みんなホームの向こうに立ち去った。
残ったのは僕と莉帆だけ。閑散としたホームをそよ風が抜けている。
「ねえ、前にアイスクリーム店に行ったの思い出さない?」莉帆が聞く。
「そうだね。あそこもいいけど、ホームで食べるアイスもいいね。何だか自由な感じがする」僕が答える。
「あーん」莉帆がスプーンを差し出す。
「え??」心臓が動悸を打つ。この展開はどういうこと?
「自由な感じってこういうこと?」莉帆がえくぼをつくる。
・・・
「アイス溶けてるよ!完全に!」ああー。勢いに押されて莉帆のスプーンからアイスを食べてしまった。
「あははー、最後の一口だから」莉帆が屈託なく笑う。
溶けていたけれど、とても美味しい一口だった。




