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第17話


ふたり遊び


必要なもの・・・懐中電灯、バッテリー、紙皿、割り箸、軍手、お菓子、スマホの充電器(予備)

欲しいもの・・・新しいザック、ポータブルのチェスセット


月の台駅のショッピングセンターでメモを見ながら思案する。僕がみんなでキャンプに行くことになるなんて自分でも驚くことだった。一昨日、松田に誘われた時に二つ返事でオッケーしてしまったけど・・・「来週の水曜日に播磨天文台にキャンプ行こうぜ。メンツは俺と2組の藤本和樹とあと女子勢が有瀬莉帆、杉山優香、本間涼子」

「いいよ、行く」


そっかー、莉帆も来るのか・・・。無意識的に(?)行くことを承諾してしまっていた。

そういうわけで、今日は必要なものを買いに来ている。キャンプと言ってもテントに食材、その他必要なものはたいがい揃っている、という話だったが、せっかくなので欲しいものを買っておこうと思ったのだ。


この緑のザック、なかなかいいな・・・手にとって重さを確かめる。けっこう軽いし丈夫そう。これなら今後もずっと使えるだろう。

ザックを開けたり、ひっくり返したりしていると、後ろから肩をぽんと叩かれた。


「それ買うのー?」

莉帆だった。シャワーでも浴びたてのようなシャンプーの香りがする。両手には紙袋をいくつか持っている。

「あ、莉帆も買い物?偶然だね」

「ね。私もキャンプの準備と思って。考えることいっしょだね」そう言って笑う。

「明後日だからなあ。このザックどうかな?」背負ってみる。

「似合ってるよー、悠太に。アウトドアって感じがする」と莉帆。そっかー、アウトドアか。そんなことは思ってもみなかった。

「じゃあこれ買うよ。懐中電灯も買ったし、みんなで遊べるボードゲームも買ったし、これでおしまいかな」メモを見ながら確かめる。

「私もいるもの全部買った」と莉帆。両手の荷物が重そう。

「荷物持とうか?ザック買って中に入れたら手があくよ」尋ねる。

「ありがとう。いろいろ買ったから・・・虫除けスプレーとか、蚊取り線香とか、蚊帳とか・・・」指折って数える。

「蚊帳って!?」買う人初めて会った。

「テントごと覆うといいんだって」

「そうじゃなくって、そんなに蚊が嫌いなの?」

「私、よく咬まれるから」莉帆がさも当たり前のことのように言う。そうか、蚊にまでそんなに好かれるのか。そりゃあ蚊だって好みはあるだろうけど。


「ちなみにこの後ひま?」お会計をしていると莉帆が声をかける。

「別に、予定はないよ」新しいザックに莉帆の紙袋をいくつか押し込む。最後のはふわふわしているからたぶん蚊帳だろう。触ったことないけど。

「じゃあさ、うちで一服していかない?」

「えっ?莉帆のうち?」

「うん。だって荷物持ってくれるんでしょ」それを考えていなかった・・・。


南口から出て、商店街を抜け、前に行ったプールの横を通り、住宅地に入った。

「そこを右に行って、次は左」莉帆が案内する。

「玄関までね」

「上がって行ってよ。今日誰もいないよ」と莉帆が言った。いいのかなー。

「・・・チェス教えてよ」そっか、それがあった。チェスなら没頭できるし、莉帆の家でも落ち着けそうだ。


「ここ?いいところだね」

莉帆の家。大きい。窓がたくさんあって、クリーム色の壁がきれい。塗り替えたばかりのように見える。庭にはひまわりが立派に咲き誇っていてクリーム色の壁によく映える。

「お邪魔します・・・」ああ、どうか万が一にも家の人が帰って来ませんように。

「先、2階上がっといて。階段上がって右の部屋。クーラーつけといてね」莉帆が玄関を閉めながら言う。


莉帆の部屋。まず目に入ったのは大きめのベッド。綺麗にベッドメイキングされている。今日、人が来る予定なんてなかったはずなのに、ちゃんと部屋が片付いている。他に目につくものはベッドにバナナ型の抱き枕が寝転がっているのと、後は机とソファ。机の上には本が2、3冊と高そうなチェス盤(この部屋で一番興味が惹かれた)があるだけで後は何もない。通学鞄とかその他もろもろの小品はきっとクローゼットの中にしまっているのだろう。


「お待たせー、チェスのセット見てるのー?それいいの買ったんだ」莉帆がお盆からお茶をソファ脇の小テーブルに置きながら言った。クーラーが効いて涼しくなってきた。

「駒がずっしりしてるし、触り心地がいいね。荷物そこらに置いといていい?」僕はザックから少ししわになった紙袋を全部取り出した。

「ありがとう。まあソファにでも座ってくつろいで。買い出しでよく歩いたし」莉帆が先に腰掛ける。僕は一瞬ためらったが隣に座った。


「急に松田からキャンプ行かないかって誘われてびっくりしたよ。あいつにしてはすごい乗り気だったし、珍しいこともあるなーって」ソファに並んで座るとなんか動悸がしてきたのでとりあえずしゃべって気を紛らわせる。


「うん、言い出したのは優香だけど。松田くんそんなに行きたそうだった?」莉帆がなぜかちょっと後ろめたさそうに言った。

「そうだなー。松田は急に星に興味が出てきたとか、実はキャンプ飯めっちゃ得意とか、バーベキューだったら絶妙な焼き加減にできるとか言ってたな。それで僕も絶対来いって。まあその前にオッケーしちゃってたけど。松田のバーベキューは置いとくとして、天文台でのんびり星を見るのもいいかなーと思って」

「そうなんだ。松田くんが普段と違ったのは私のせいなの。その・・・ちょっと『夢の力』を借りちゃって・・・」莉帆が言いよどむ。

「なんだ、そういうことか。変だと思った。まあ誘ってくれてありがたいけど」僕は莉帆がどうして松田を動かしてまで僕を誘いたかったのかなと思った。もしかして、莉帆は僕と行きたかったとか・・・!?

いや、まさか。涼子も優香も来るんだし。単に直接誘いにくかっただけだろう。


「星空、楽しみだね。ゆっくり見ることもあんまりないし・・・。悠太が興味あってよかった!」なんかうれしそう。それに少しずつ莉帆の膝が寄ってきているような気がする。ソファが異常に柔らかくて、二人座るとどんどん沈み込んでいくせいだろう。不思議なソファだ。

「このソファ、沈み込んじゃうね」莉帆が心を読んだかのように言って、両足を前に投げ出した。すると、ソファへの荷重がまた変わって、膝がいきなりくっついてしまった。続いて上半身も・・・。

「チェスしようか。床で!」僕が急いで立ち上がって言った。

「そうね」莉帆は完全に落ち着いている。自分の部屋だからとはいえ、すごい心臓だ。こっちは動悸がやばいくらいなのに。


〜〜〜


「そっちに動かすと次の手でクイーンとビショップが両取りになるよ」

「あ、待った!」と莉帆。

「そっちだと今度はルークが」

「あ、待った!こっちだ」と莉帆。待った無制限・・・。莉帆は「待った無制限ルール」にしてゲームを始めたものの、既に23回も使っている。おかげでまだ大差がつかずに楽しい。それに、莉帆は始めた頃に比べると随分いい手が出るようになった。


28回目の待ったで終盤戦に入った。戦力は拮抗しているが、盤面は・・・ふむふむ、少し考えないと・・・。

長考に入る。

次の白番はポーンをg7に動かすのが最善そう。そうなればこっちは早逃げしておいて・・・。


腕がつんつんと突かれたような気がする。えっと、ビショップがe7に行ってポーンで取らせて、次に・・・。


頰が突かれたような気がする。ナイトをf2で王手をかけてd2に逃げればポーンがc1とプロモーション・・・こうなれば勝ちだな。


ひたいとひたいがくっついているような気が・・・。

「うわ!?」飛び上がった。

「あはは、ごめんごめん。さっきから15分も考えてるから。すごい集中力だねー」莉帆が感心している。

「ほんとに気づかなかった!」あたふたとする。

「前に聞いたんだけど、男の子は一つのことにすごい集中するのが得意なんだってね。大昔に狩をしてた名残で。で、女の子は料理とか赤ちゃんの世話とかを同時にしてたから、あちこちに同時に気を配れるって・・・」うん、分かるけど恥ずかしいから性差を強調しなくていい。

「読み切った」僕はチェス盤を指差して言った。

「チェスは悠太の勝ちね。またキャンプの時にしましょ。考えすぎて頭が割れそう」莉帆がそう言って床に寝そべった。伸びをする。身体のラインがくっきりと見える。なんて無防備な・・・まあ自分の家だから当然か。


「悠太ー?」急に声をかけられる。

「は、はい?」慌てて目をそらす。ついうっかりと視線が泳いでしまっていた。

「しんみりした話しよっか。悠太が変な気起こす前に」莉帆がいたずらっぽく笑う。

「別に何にも考えていないって!・・・それよりしんみりした話って?」


(つづく)



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